今
火花といえば過小な表現になってしまうんだろうけど、その時強烈な衝撃が走った。ディアナ様は巨人と過去類を見ないほどに静かな命の取り合いをしていた。
でも、その時の私はそれどころじゃなかった。
心臓が大きく弾け飛ぶような痛みを覚えたから。突然襲いくる痛みに私は立ち上がる事を忘れてその場でもんどりを打ってしまった。
多分その時の私の顔は見るに堪えないものだったと思う。涎と共に薄まった血が出ているのは分かったし、眼球が乾燥していても、瞬きが出来ないほどに転げ回っていたから。
それは貴方の命が失われる痛み。蛇が供物を求めて私のどこかにある穴のようなものに入り込む痛み。
私は這いずりながらも貴方へ近づいた。貴方は助けようとした人と共に既に絶命していたけれど、顔すら覚えていないそれは、些細なもののように写った。
命なんて所詮、主観で簡単に優劣が付けられるものなんだってその時思った。
貴方は静かに眠っていた。ただ夜の帳に息を潜めて眠るように。
このままでは貴方の命が消えてしまう。それでは私の思いも不完全燃焼で潰えてしまうことになる。それは、それだけは嫌だった。
だから、私は魔導書を広げて何枚も魔法陣を書いた。成功する何て分からないし、失敗するのが当然だったと思う。でも、貴方に出来て私に出来ない何て無いと、思った。紙を血で濡らそうとも、痛みでペンが鈍ろうとも、一つの術式を完成させた。
土壇場で魔法を作るなんて馬鹿げた賭博に身を投じる人生の堕落者みたいな気持ちだったけれど、貴方が一人で暴走するのを止めるのが私の役目だったから。ほら、少し前に貴方も言ってたでしょ?
私達が、闘技大会に出る前の日辺りで、
「何かあったら、止めてくれるだろ?」って。多分言葉自体は違っていただろうけど、まあ同じ意味だと思うし、私はそう受け取っていたから。
貴方に何かあれば私がフォローして、もちろん私に何かあった時は貴方がフォローしてくれた。それこそ文字通り命をかけてね。だから、貴方に貰った命をまた半分返して借りを返す事にしたの。
生命に関する記述を数式にして、媒体を私にして、二人を繋ぐ蛇の構造を式分解して、それを繋ぎ合わせて、何枚も魔法陣を書き連ねた。
そして、私と貴方を繋ぐ蛇を管にして、命を分け与えた。小さく芽吹くように貴方の鼓動が戻った時、私は全身の力が抜けて貴方の胸を枕にして横たわった。
それから巨人はディアナ様と共に虚空の彼方に消えた。
空が割れて、そこから雨が降り出した。まるで世界を覆っていた偽りの膜が破けて、正しいものが顔を出すように。
痛いくらいに打ち付ける雨だった。私はその肌を叩く痛みに生きているという事を実感した。別に私が死にかけたわけじゃないのにおかしな話だけれど、それでも白く煙る雨に私はそう感じたの。
しばらくして、クロシェがやって来た。薄紫色の髪をサイドテールに束ねた、あの時学園の地下で見たままの可愛らしい姿だった。
え、マリア先生の姿? ううん。あれはクロシェそのものだったよ。
彼女、いっぱい貴方に謝ってた。ごめんなさい、ごめんなさいって。だから、ヨハンは死んでないからって今までの事を話したら、今度は彼女ありがとうって。
そして、学園地下の事も彼女覚えていてね、その時の話もしたの。やっと話する事が出来たから、私言いたかった事を彼女に言ったの。
友達になろうねって。
爪痕はいっぱい残ったし、まだまだこれからやらないといけない事もいっぱいある。
それに多分。私と貴方は、本当に二十そこらで死んでしまうかもしれない。残り時間で言ったらあと十年生きられるかってところかな。寿命が半分の半分になっちゃったからね。
死ぬ時とても後悔するかもしれない。けれど、それでも少なくとも今、
私は後悔なんてしていない。
だってほら、今生きてるもん。
Black Brave Story
1章〜完〜