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BBS―魔物に取り憑かれました。魔力全部喰われました。でも使役しました―  作者: 木村アキエル
一章最終節 この日。こうなる事を誰が予想していたのか?
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無限の生と無限の死


ディアナは穏やかな笑顔で首を横に振った。ディアナは理屈ではなく、感覚として理解していた。ここが私の終着点だと、私はこの絶望を後世に語り継ぐために生かされていたのだと。

相手が無条件の死を司るのならば、対として無条件の生を司る存在が対抗しなければならない。


「なあ、オルランド」


壁面を破壊され、風通しの良くなった部屋でオルランドへと声をかけた。


「……はい」オルランドの声は微かに震えていた。


「生きるってのは、死ぬことよりも難しいのか?――」


オルランドはその問いに明確な答えを掴むことが出来ないのだろう。しかし、それでも絞り出すようにゆっくりと言った。だが耳を澄まさないと聞き取れないくらいに彼の声は、くどいほどにゆっくりと、そして震えていた。


「恐らく、生きる事は難しいかと思います……私の価値観の中での考えを申すことしか出来ませんが、生きると言うことは……大なり小なり必ず何かに立ち向かうと言う事ですから……だがそれでも生きると言うことは素晴らしい事です。ですから……」


廃人同然の少女――シグレ、ユユ、クロシェ――の頭を順に撫でながら、彼女はオルランドの続きの言葉を遮る鋭角な太刀のように「そうか」と切り込みを入れて、明朗な声で継いでいった。


「――私はこの身を神として生きてきた。いや、生かされてきた。神ってのは否応なしに私の中で無限の生(・・・・)として鼓動し続けている。永い時間で様々なものを見てきた。初めは時代の流れに心躍る時もあった――」


ディアナは、テーブルの果実を摘んで食べた。果汁が唇を濡らして、滴り落ちた。ディアナはこの果物が好きだった。小さくて食べやすい。そして何より甘味と酸味が同時に口を刺激して、生きているという事を自覚させてくれた。


「――新しい技術、新しい食べ物、新しい出会い、中には肌を合わせ愛し合ったものもいた。そのわくわくとした感情はある時、虚しさを包み隠すためのものだと気付いた。我々の心のあるべき本来の姿は虚無。どうしようもない空白なんだって事にな……私は神王としての役目というヤツを早く遂行したかった。それがいつ、どのタイミングで起きるかも分からない状況で、心の底から遂行した後に訪れる眠りを渇望していたんだよ」


散らかった書物を拾い上げた。

書物は手から広がる炎に包まれて灰になっていく。

ディアナは炎を両手に灯して、穴が空いた部屋の淵へ立った。


「……一体何をおっしゃっておいでで?」


分かってるくせに。何となく理解しているくせに何を今更とぼけているのか。


「私は悠久の中で同じ人間に三度出会った。一度目はゼロ、二度目はマリウス、そして三度目がヨハン。彼は私の前に現れる度に銀の髪と真紅の瞳をもって、過酷な人生を歩んでいった。辿る結果はそれぞれ違っていたが、それが私を惹きつけた。無様で滑稽なほどにがむしゃらだったが、でもどうしようもなく、美しかった」


ディアナは炎を灯した手を、眼下へと振り払った。いくつもの火炎弾が一面を焼き尽くす。それは巨人をぐるりと円形状に囲った。誰も寄せ付けないよう。


「人は性懲りも無く生まれ変わる。悠久を生きる魂も幾度となく繰り返される輪廻が、そいつの命を輝かせた。魂は流れないといけない。過去からそして清らかな未来へと。あの日盟約により縛られ停滞した私の魂は多分、糞のように垂れ流す時間を浴び続けて腐ってしまった。つまり、神になった時から私の時間は止まっていたんだろうよ」


人々の死が聞こえる。人々の絶望が見える。多分一刻も早く打開せねばならぬと言うのに……もう少しだけと、ディアナは心の中で必死で謝っていた。


そして、動けなくなったオルランドを背中からゆっくりと覆いかぶさるように抱きめた。


その瞬間。二人は光に包まれた。オルランドは若かりし頃の飛翼(ひよく)と呼ばれていた時代の彼へと戻っていた。

白髪は消え、黒い髪の端正な顔立ち。凛々しい眉に誠実さを匂わせる無骨で不器用な男であった頃の彼に。

ディアナ・オルケアトスの気まぐれで共に過ごした若かりし頃の彼へと。


「オルランド。なあ、オルランド。私は多分お前にとって酷い仕打ちをしてしまってたな。でも謝らないぞ。私にはお前と出会った時、とうに人間としての感情というものが欠如し、身体は最果ての砂漠のように乾ききっていたのだから」


ディアナは、オルランドの手を握った。出会った頃の彼はそう。これくらい逞しかったなと思う。


「だからなんだと言うのですか? 私は私の心が従うままに貴方と時間を共に過ごした。それが例え小さな繋がりでも私は切れてしまわないように必死でした」


「それを知って、お前の思いに答えなかった私は、ただ気楽な居心地のよい場所として甘んじていた私は(ずる)い女だと思うか?」


更に強く彼を抱きしめる。

彼の震えが全身に伝わる。


「……狡くて、とんでもない悪女です。私の人生のほぼ全てを返してくれと言いたい。貴方に」


「すまない。これが私なんだ。こんな狡猾で、利己的な女なんだよ」


そう言って、ディアナはオルランドから離れた。壊れた部屋の淵に立って、巨人を睨みつけた。大きく腕を振り、木々をなぎ倒している。

ディアナはわざとらしく鼻で笑ってみせた。


「さあ、もう行け。オルランド。感情でのみ動く時期はとうに過ぎ去ったろう? お前は大人として、先駆者として下を導き(しるべ)となる必要があるのだ。それは、誰しもができる事じゃない。無論私にも出来ない。私が出来ることと言えば精々、神としてお前等の尻拭いをする事だけだし、これが多分私の神王として生かされてきた理由なんだろうよ」


「次代を彼等に担わせるために……?」


水晶に映し出されていたのは生存者を起き上がらせているヨハン。

彼の元へ走るマハ。


「さあな。それはあいつらが決める事だろ」


「ディアナ様……」名を呼ばれて振り返る。


オルランドが頭を深く下げていた。跪き頭を垂らし、血が出るほどに強く握りこぶしを作って、肩を震えさせて、声には嗚咽(おえつ)が混ざっていた。


「この爺。貴方様と出会い約半世紀。ずっと、ずっと……お(した)い申しておりました……!」


ディアナはゆっくりと唇を吊り上げて笑った。

どこかで鎖が引きちぎれる音が聞こえた気がした。澄み切った綺麗な音だった。

ああ、私は。今――


「うん。知ってたよ。ありがとね」


身体がゆっくりと浮かび上がった。

ディアナは巨人に吸い寄せられるように空を漂うような緩やかさで飛翔した。


人々がこちらを見上げている。指をさす者、跪き祈りを捧げる者、巨人に身体を触れられた白銀の少年。脇目も振らずそれに駆け寄る黄金の少女。


「千年生きてなお、胸に焦がれる程度の後悔はあるんだな……」


でも、まあ。


「悪くない」


ディアナは瞳をとじて、ゆっくりと巨人に触れた。



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