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BBS―魔物に取り憑かれました。魔力全部喰われました。でも使役しました―  作者: 木村アキエル
一章最終節 この日。こうなる事を誰が予想していたのか?
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命をかける


生えだした蛇はそのまま左手に巻きついて、その先――空間の穴蔵とでも言うような場所――に頭部を突っ込んでいた。この空間の先に繋がっている人物は恐らくと言わずとも、命を分け合った少年だ。


そして彼と離れていた期間が、自分をこんなにも弱らせたのだと感じた。この蛇が生え出している場所に私の心がある。決して抗えない微睡みの余韻にその身を浸している。


「おや、お姫様のお目覚めだぜ」


明朗な声が聞こえた。声の主は褐色の肌に紅蓮の髪をたなびかせて、大破した壁の際からこちらを見ていた。眼前に広がる空は赤黒く、奇しくもそれは夜の海(マク・サブル)で見た光景と全く同じであった。


「姫様ですか……なんだか嫌味に聞こえてしまいますね」


朧気な視界の中でディアナが笑って、肩をすくめるのが見えた。

大して冴えきらない頭を抱えて身体を持ち上げる。ソファーには気を失っているシグレと、床に崩れ落ちたユユ。抜け殻のクロシェがいた。


「ま、マハァー?」


そして、彼女の隣で座り込んでいたユユがこちらに気付いた。その定まらぬ視線はどこか狂気じみており、普段の愛くるしい彼女からは想像もつかない表情であった。


「ユユ?」確認するように名前を呼ぶ。


ユユはマハの右手を取り、祈るように両手で包み込んだ。それはどちらかと言うと、逃がさないように拘束しているようでもあった。


「マハは何者ですか?」開口一番の問いかけにマハは出鼻をくじかれたような気持ちになった。

ユユはまくし立てるように継いだ。


「マハは十三年前何してましたぁ? ユユの知ってるマハは、本当のマハなんですかぁ?」


マハは思わず、彼女の手を振り払おうとしたが、爪がくい込むほどに強い力で握られており、びくともしなかった。


「っ!? 何を言ってるの?」


「答えれないんですかぁ? それとも答えたくないんですかぁ? マハは、じゃあ知ってて私に近づいたって言うんですか!?」


「ユユ、落ち着いて! 意味がわからない、どうしたの!?」


「落ち着いてますよ、だからこうして聞いてるんじゃないですかぁ。どうしちゃったんですかマハ。ユユ、おかしい事言ってますかぁ?」


「ユユ……っ!」いよいよ耐えきれなくなり、本気で彼女の手を振り払おうとした瞬間。遠くでディアナが指を鳴らした。


その音が響いた途端、ユユはまるで糸が切れたように崩れ落ち、マハの膝の上に頭を下ろして眠った。

ディアナがこちらに近付き痛ましい顔で、無垢な子供のように眠るユユの髪を撫でた。


「ディアナ様……?」


「とりあえず眠らせただけだ。この嬢ちゃん、帰ってきてから、うわ言のようにずっと呟いてんだ。蛇が、蛇がってな。向こうで何があった?」


そう問いかけるディアナに、マハはかぶりを振って答えた。


「ユユ……この子とは別行動していましたから」


「そうか。まあ、十中八九その手の事だろう?」


ディアナの視線が左手に注がれるのを感じた。


「恐らく。ですが、ユユをここまで追い詰める理由までは……」


分からないのだ。これは、数週間前に自分がヨハンと出会った頃のものだ。その事実をユユは知らないし、知らせた覚えもない。確かにおぞましく思う。が、それがユユをここまで狂わせるものとは思えない。


「この蛇には、私の知らない何かが……?」


そう呟いた瞬間、地鳴りが起きた。それは星が怯えてるような震度であった。

心臓大きく脈打ち、杭を打ち込んだような痛みが襲った。


「うっ!?」と、マハは唸りながら左胸を抑え、思わずむせ返った。

蛇がキリキリとマハの細い腕を締め上げていく。美しい顔が苦痛にゆがむ。

ふと、ヨハンの顔が浮かんだ。目の冴えるような真紅の瞳にさらさらとした白銀の髪。斜に構えたような表情と、ぶっきらぼうな態度、字面にすればかなりいけ好かない。


だが、お互いの目的のためとはいえ、自らの命を知り合って間もないこんな女に分け与えてくれた。そんな人間だ。


膝で眠り落ちているユユの顔をソファーに乗せてゆっくりと立ち上がる。

視界の端が白く(かすみ)がかる。頭が膨張したかのように重たい。何が原因なのかは何となく分かった。左手の蛇がマハの身体を引っ張っていく。


「マハさん、どちらへ?」オルランドが声をかけた。

「ヨハンの所へ」


そう言って、ソファーを離れ扉の方へ歩みを進める。そいつは半ば強迫観念のように、または元来備わった当然の習性かのようにマハの身体を足を心を動かした。


「お前が命をかけるような相手なのか?」


しかし、それをディアナの声に足を止めた。

マハは振り返った。頭痛や発熱で頬や瞼の裏は熱く

火照っていた。この思いや焦燥感をなんと伝えれば、人は納得するのだろうか。

嫌悪も嫉妬も憧れも、無関心も感謝も何もかもがマーブルに溶け合い、混沌とした粘つくような感情を上手に伝えるには、多分便箋の一枚二枚では足りないのではないかと、そう思う。


そして気付けば金色の瞳で、ただ真っ直ぐディアナを無言で見つめいた。

どれほどの沈黙をディアナと共有したのかは分からない。多分思ったよりも短いものだったと思う。それでも目を逸らしてはならなかった。


それは、今からの行動を否定する事になると、そう感じていたからだ。


だから、マハは神を睨み続けた。


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