吼える雑魚
「ま、しゃーねーな。ははは。うん、ありがとう」
今の会話を一語一句違わずに馬鹿にするように繰り返された。ヨハンはその声の主に真紅の瞳を向ける。
ルドルフが近くに来ていた。取り巻き達とこちらを見下して笑っている。
「何を頑張ろうとしているんだい? キミ達が僕を差し置いて地下遺跡を調査出来るとでも思ってるのか? それは傑作だ。なあ皆?」
一斉に巻き起こる嘲笑。ルドルフは赤髪をキザにかきあげて、まくし立てるように続けて言った。
ヨハンを指さして「マハが拾ってきた魔法一つ使えない野良犬」マハを指差し「回復補助系魔法しか使えない不出来な飼い主」最後にユユを指差し「発動の遅い旧式魔法しか使えない田舎者の世間知らずの猫」
ルドルフが口角を吊り上げ「攻撃回復補助。基礎運動能力、加えて」自分のこめかみをトントンと指で叩いた。
「ここまで完璧な僕にキミ達三人が束になって勝てるとでも? これだからクラスは成績順で分けろと、パパを通して何回も進言しているというのに。同じ空気を吸うだけでキミ達のレベルに落とされてしまいそうだよ全く」
ルドルフが机を力強く叩いた。
「特に余所者、お前だ。いいか、明日の大会。真っ先にお前を潰してやる。二度と吼えることが出来ないようにな」そう威嚇するようにヨハンの耳元で唸ると、彼は踵を返して食堂を後にした。
しばらくして、ヨハンは机に肘をつけて少し前かがみになり、
「潰してやる……だってさ、アイツなんかめちゃ絡んでくるんだけど。なんか二人は以前嫌われるような事してたのか?」と、ルドルフのモノマネを少しだけ交えながらマハに苦言をていする。
「いや、攻撃の対象はあなただったと思うけど。イキナリ外部から来て生意気に映ってるんじゃない?」
「そうですよ。きっとヨハンの事が気に入らないんですよー」ユユの言葉に他意は無い。
「へー」と、ヨハンは興味なさげに返事を吐き出す。
それに対してユユは、
「へーって、実際ルドルフ君に目付けられたらきっと明日の大会は生き残れないですよー? どうするんですかー?」
困ったように問いかける。
「え? あれくらいなら大丈夫じゃね? なあマハ」
「うん、あの時に比べたらね」
「ほんとに、二人は校外学習の時に何があったんですか?」
そんなユユの問いかけに二人はただ笑って誤魔化した。
*
翌日。ルドルフは学園校外の敷地には大きな森林にて、仲間達を引き連れて陣取った。そこでざっくりと作戦会議をして、開始の時間を談笑にあてている。
話題はもっぱらヨハンの事である。今更だがルドルフはヨハンが気な食わない。あの人を喰ってかかったような言動。こちらを馬鹿にするような視線。
そもそも、学園一の美少女と名高いマハを常に侍らせる姿に、横から入って来たヤツが何故そうなるのだと。彼女が失踪した数日の間に一体何が起きたのかと、ナニをしたのかと、邪な想像ばかりが掻き立てられ、それが同時に彼への怒りへと塗り変わっていった。
「さあ、何で彼が転入してきたのか、そもそもマハが学園から離れてる間に何があったのかも知らないし、僕には興味ないけれど、あのすかした態度が気に食わないんだ。まあ、あんな吼えるだけの雑魚、眼中にないんだけれどね」
ルドルフがふと北の方角をみれば、学園の中心に真っ直ぐそびえ立つ水晶の柱。世界最大級の魔石。絶対領域の守護石が太陽の光を受け力強い輝きを放つ。
「約束通り真っ先に仕留めてやる」
そう言って、開始の合図を今か今かと待ちわびる。
「ルドルフ君。僕達はどうすれば?」
「お前達は隠れて挟み撃ちにしろ。まあ、そんな出番は無いだろうけど」
「ルドルフ君、マハ達はこのまま北の方に進んだところで陣取ってるよ」別の生徒が斥候の真似事でルドルフに情報を提供した。
「そうか、もう行っていいぞ」
ルドルフは彼等を手のひらで追い返して、教えられた方角を睨みつける。
「父に願い乞う……」
ルドルフはその方角に手をかざし呪文を詠唱し始めた。
「御身の右手に持たれる、雄々しき雷の槍を、卑しき人の子である我に貸与えたもう」
周囲の空気が変わった。肌を刺すような微かな静電気が発生する。
それに対してクラスメイト達がざわめき立つ。
「その慈悲無き破壊、その慈悲深き裁きの二つを、神の名の元に行使する権限を! 顕現せよ」
青白い電極を纏った魔力がルドルフの右手に収束していく。それが一振りの槍を形作る。
今学園の方で開始の花火が昇り――ルドルフは槍を強く握りしめ――花火が弾けた。
「神の槍!」振りかざして投擲した。