忌々しい繋がり
無数の腕を伸ばす眼球の波状攻撃にヨハンは逃げ場を徐々に失っていく。一手毎に眼球の攻撃は精密さを上げていった。
忙しなく動き回っていた瞳の視点も定まり、異形の化物はマハには見向きもせず、完全にヨハンを標的としていた。
豪雨のように降りかかる腕にもはや隙間なしで、ヨハンは剣を持って対抗しようと構えた。
が、
「ヨハン!」マハが隣に再び陣取り、両手をめいっぱい広げて仁王立ちを決めた。全方位に青白い光の壁が目を凝らしてようやく視認できる程に薄く張られていた。
これにより、眼球から放たれる腕は進行を阻まれたので、全方位から力を込めることにより圧壊させるつもりのようだ。
薄く伸びる亀裂と共に不穏な音が丸く縁取られたバリア内に響く。
しかし、その破損箇所は瞬く間に修復されていく。
「魔法陣いっぱい出してて良かった」
マハの柔らかい口調とはうってかわり、その横顔は歯を食いしばり、細い四肢を目一杯広げて必死の抵抗を見せていた。
防御魔法一杯に張り付いた手のひらから僅かに覗く隙間で、遠くにある魔法陣の薄緑色の光が一つまた一つと消えていくのが確認できた。
「そっか、魔法陣をそのままバリアに使ってんのか」
「厳密には違うけど、そ。だけどジリ貧は間違いなしだね。ヨハン魔導書取って」そう言ってマハが腰をクイッとヨハンの方に向けた。
「あ、ああ」そう言ってヨハンは少し気を使いながら、腰のホルスターから魔導書を取り上げ「取ったぞ」と言った。
「魔法陣の公式読めるよね?」
「まあ、一応な」
「良かった。最後らへんのページに神の槍の魔法陣描いてるから探して」
神降ろしの魔法。魔力を極限まで凝縮し飽和状態を意図的に引き起こして、擬似暴走状態を作り出す。魔力親和性の高い使い手や、保有量の多い者が使えば天災に匹敵する破壊をもたらす、神の怒りの如き魔法である。
中でも高濃度の紫電を一点に集め対象を穿つ。神の槍と呼ばれる魔法はこと一点突破能力においては他の追随を許さない。しかし――
「ああ、でも、攻撃魔法使えないのになんで……」
――マハは攻撃系統の魔法と親和性が非常に弱く、その分補助系統の魔法に秀でている。
魔力の質などではなく、単純に他者を傷付けるのが苦手だという事が原因である。どちらかと言えば生まれ持った性格の方に大きく左右されるものなので、致し方ないとはいえ学園での成績でいえば残念ながら偏りすぎているので、苦手分野が足を引っ張り好成績とはいえない。
つまり、マハが例え魔法陣を描けたとしても、攻撃魔法である神の槍を起動させることは出来ないのである。
「もしものために描いておいたの。これなら魔力なくても起動させれるでしょ?」
その言葉足らずな文脈にヨハンは彼女の意図を見出した。
つまり、お膳立てはしてやるから最後はお前が決めろ。ということである。
「……でも俺とお前じゃ魔力の質が違うから、起動も多分……」
マハが横目でヨハンの左手を見た。
そしてゆっくりとかぶりを振った。金髪がたおやかに広がった。
「多分違うくない……その『黒蛇』は、私の命に取り付いて私の寿命を喰らい尽くした。でもあなたが私に命を半分分け与えてくれて、『黒蛇』を逆にあなたが食べた。まあ、食べたと言っても逆になんか取り憑かれて魔力食べられ続けているし、私の身体の中にも残滓が残ってるから、供給が絶たれたり、あなたと遠くに離れたりしたらすぐにでもこっちに戻って来ちゃうっていう、結構笑えないオチが付いたんだけどね」
「あと、お互い寿命も半分な。ジジババになる前に死ぬの確定っつう」
「はは、そだね……でも、だからこそ。あなたは私の魔法陣を起動できるはず……だって何て言えばいいのか分かんないけど、繋がってるんだもん。私を一度殺した忌々しい『黒蛇』が繋がりなんて、しかも私を殺そうとしたあなたと繋がってるなんて不幸の極みでしかないけど。確かにあの日あの時、命で一つに繋がったから、私たち」