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BBS―魔物に取り憑かれました。魔力全部喰われました。でも使役しました―  作者: 木村アキエル
一章三節 否応なしに、彼等の苦難を蜜の如く啜る。
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安物の剣


空から水滴が零れる。その度に上の夜空は歪む。

水滴が水面に弾ける。その度に下の夜空は歪む。


改めて思うと古代遺跡とは不思議な場所――空間――世界――とにかく、理解の範疇を少し踏み越えた先にある何かではある。

学園の使われなくなった旧校舎、その一室にある薄紫色の転送陣(ポータル)から運ばれる世界。


そう。世界だ。古代遺跡などと銘打ってはいるものの、イメージから来る古びた石碑群などではなく、不思議な異世界に転移してしまったと考える方がごく自然に受け入れることが出来よう。


夜の海(マク・サブル)と呼ばれる常夜の世界も、その先の湖からたどり着いた、足元の水面の向こう側にも空がある裏の世界も、この世の理からほんの少しだけ逸脱したような世界であった。


「なあ、マハ」


歩く度に揺れるサラサラとした銀髪と金髪の少年少女。

後ろを歩く銀髪の少年が声をかけた。


先頭を歩く金髪の少女。マハは手に持つ魔導書のページをちぎって空中へと投げ捨てる。投げ捨てられたページは空中で緑の火に炙られてその姿を消失さる。代わりに緑色の魔法陣を展開させた。


「んー? なーに、ヨハン」


目を奪われるような澄んだ翡翠の輝きが、行灯のように等間隔で後ろに続き、月明かりのみで閉ざされた薄闇をほのかに照らしていた。


先導する彼女は、少し前から無言でひたすら魔法陣を展開し続けている。


「いや、なんか、毎度同じやりとりで非常に申し訳ないんだけどよ」


「んー?」


「ここ、どこ?」


ため息が聞こえた。大きなため息だ。マハは少し前で立ち止まり、ヨハンもそれに習って立ち止まった。

マハが首を振った。彼女の肩で切りそろえられた金髪は、なびく稲穂のように揺れた。

明らかに肩が落ち込み、ゆっくりと細い指先を前方へ向けた。

微風に弄ばれる鈴のような弱々しい声で、落胆の色を隠しもせずに言った。


「分かんない……魔法陣も一周しちゃったみたいだし。出口……全然見えないね」


前方に仄かな薄緑の光がいくつも浮かんでいた。

元の位置に戻ってきた。上と下の空を、水面が蓋しているような世界。鏡写のような世界で居場所を見失わないようにという意図で展開していた魔法陣が、前方に続いている。よく見ると前方だけではなく、左右様々な角度に緑色の光が明滅しているのが見えた。


それが意味する答えに辿り着く。マハも大量のページを使いきり、すっかりやせ細った本を静かに閉じた。

ヨハンは真紅の瞳であたりを見回す。星を思わせるいくつもの緑の光が、上空の満月が澄んだ暗闇に浮かんでいた。

そんな燐光達にも負けない輝きを誇る金髪の力無い揺らめきを見ながらヨハンは、ふうとため息をついて努めて明るい声をかけた。


「ん、まあ……よくそんなに魔法陣書きだめてたよな。驚きだわ」


「何があるか分かんないしねー。でも、また魔導書買わなきゃ」


そう言いながら、残りのページ数を確認するように本をパラパラと捲っていく彼女の横顔からが口を尖らせているのを確認した。

彼女は思案している。帰る方法を。それはヨハンも同じであるが、八方塞がりの状態だった。何かヒントは無いものか……この閉じられた世界からの脱出方法は。


『ディア……』


と、唐突に耳へ滑り込んだ言葉が、ヨハンを反応させた。


「ん?」


ヨハンは、微かな声のする方へ顔を向けた。


「どしたの、ヨハン?」と、マハがたずねる。


「いや、声が……上から」


そう答えると、彼女も金色の瞳で夜天を仰いだ。


「上? 丸い月が浮かんでるだけだけど? あ、足元にもか」


「なあ」そもそも、彼女――クロシェに導かれた場所だった。

クロシェとは昨日、出会ったばかりである。それも、極端に閉じられた世界で、マハと二人の時に。


「ん?」


「確か、昨日クロシェが言ってたアギアってなんか水に浮かんだ球体だったよな」


そう言いながら、腰の剣に手をかける。


「うん、そうだったね。って、何するの?」


ヨハンは引き抜いた剣を逆手に持ち、投擲の構えを取る。

「ここ、水の中。それに浮かぶ球体。球体の名前はアギアってことはっ!」思い切り振りかぶって上空へ投げた。


剣は鋭く空を目指す。狙いは月。もはや破れかぶれな策で、当てずっぽうもいい所だが、クロシェに導かれた不思議な空間。ラボと呼ばれる場所で見た、水中の中に浮かぶ球体。彼女が言ってたアギアが神獣(アギア)の事だとしたら、万に一つでもこれらが全て繋がっているとしたら、偶然では無く彼女が提示したヒントだったのだとしたら……


そんな小さな閃きで紡ぎ出された糸くず程にもならない脆弱な回答ではあった。


最近魔法を使わなくなった代わりの武器として会得した膂力(りょりょく)に任せて投げた安物の剣は、抵抗を受けながらも真っ直ぐと空を目指す。


しかし、いつまで経っても月にたどり着かない。当然である。本物の月ならば想像し難いほどの距離があるからだ。


勘と勢いに任せて行動してはみたが、あまりの気まずさに変な笑い声が出た。


「……やっぱ無理があったか。アレが実はこの空間の核的なのかなって思ったんだけど、普通に高い所にあるな」


そう言って月を指さす。


「ははは。だねー」

マハが人差し指で頬をかきながら困ったような笑顔を浮かべた。


「でも――」

マハがヨハンの隣に立ち、剣に向かって手をかざした。すると今まで展開させていた魔法陣が一つ二つと溶解していき、淡い光の塊となり、剣目掛けて飛んでいく。

光は剣に溶け込み、それによって失速しかけていた剣は勢いを取り戻した。

「――私嫌いじゃないよ、そういうの。知ってるでしょ?」


そう言ってはにかむ様に笑った彼女は(とろ)けそうなほど可憐で、思わず息を飲んだ。

ただの安物の剣は彼女の魔力を得ることで、叱咤されながらも光の矢となり、月へと真っ直ぐに伸びていく。


例え何度失速したとしても、マハの魔法が再び推進力を与え、立ち直る。


亀裂の入る音がした。馬鹿馬鹿しい程に高くあった月に届いたのだ。

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