それは、オブジェか死刑囚か
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テーブルの上に置かれた水晶へと紅蓮に榮える視線を落としながら、頬杖をつく女性が一人。神王と呼ばれ、現人神としてこの世界殆どの人類からの崇拝を受けるディアナ。
彼女は褐色で絶妙な肉付きの太股を、その呼び名や信仰に不相応なほど、ゆっくりと艶めかしく滑らして足を組み替え、牙すら覗きそうなほど、野性的で凶暴な笑みを浮かべた。
明らかに学生の域を越えた見た目年齢であるが、赤いブレザーに黒と赤のタータンチェックのスカート。いわゆる学生服である。
「ふうん。青猫のやつも鋭いじゃねえか。ただのフワフワしたマスコットだと思ってたが」
「森の民は、我々陸の民と違って独特の嗅覚と感性を持っていますからな。それとなく人の心理に敏感なんです。それに彼女は十二年前の大災害の生き残りですんで」
そう言ってここの学園長であるところの、初老の男性。オルランドが答えた。
「ああ、そうだったな。あの馬鹿みたいな災害をガキの頃に体験したってのに、よくひねくれずに大きくなったもんだ。いや、むしろ一周まわってひねくれてんのかな」
そう言ってディアナはサイドテーブルに置かれたバスケットからフルーツを一つ摘んで口に含んだ。
広すぎる部屋の奥に大きな窓があり、そこから覗く青空は絵画の一部を切り取ったような、深く濃い色をしていた。
壁一面に設置された本棚へとオルランドが手をかざした。すると高い位置にある本が独りでに震えながら、本棚から飛び出した。調教された鳥のように真っ直ぐと彼の手に向かい飛んでくる。
そして、自ら飼い主の手の元に収まる。
「まあ、無限の距離を見つめることの出来るこの目をもってしても、人の心を覗き見ることは出来ませんので何とも言えません」
オルランドは本を開き、何枚かページをめくった後「ですが」と言って、本をディアナに見せた。
「信心深い森の民であっても、あの無慈悲で凄惨な事件を実際体験してしまえば、結局神に頼る事は出来ない。頼れるのは己の勘と決断のみと、そう価値観を大きく変えてしまってもおかしくはないでしょうからな」
ディアナはその本の中身を見てほんの一瞬だけ怯む。硬い唾を無理矢理食道へ流し込み、自嘲的な笑みを浮かべて言った。
「一応、この世界で神やってる奴に向かって辛辣な言葉ありがとうよ。ジジイ」
「いえ、別にそういう意味で言ったのでは……」
「いい。神王なんてのは、期待と怨みで全身塗れて偉そうにふんぞり返ってる悪趣味な生きるオブジェなんだからな」
「あなたがこの世界で干渉出来るのが、この学園とオルケアトス領内のみなのは承知ですので、あなた様が卑下なさらずともよいのです」
オルランドがそう言って本を畳み、空中で手を離した。すると、ゆっくり独りでに本棚へと帰っていく。
ディアナはその去り行く背表紙を見て、なんとも言えない気持ちなった。
なって、自分の心の正体が微かな哀愁だと言うのに気付き、赤く燃えるような髪を乱暴にかきあげて、何も無い空間を見つめた。
「まったく、退屈で笑える。知らされていない、いつ来るのかも分からない役割って奴のためだけに無限の生を与えられて、生きているだけだなんてな。さしずめこの世界が大きな牢屋であたしは死刑囚って所か? ままならないな、どいつもこいつも……」