if思う愚かな事
その茂みの先の暗黒が余りにもおどろしく底冷えしたからか、それともシグレが投げやりに言った起こりえるもう一つの人生を聞いたからなのかは分からないが、ユユは身震いをした。
耳が鋭く夜天を指す。
「ふえぇ……そんな風にならなくて良かったですねー」
シグレが肩を竦めて鼻で笑い、少し前の足元を見ていた。その視線に恐らく意味は無い。
「本当にね。でも、まあそんな人生でも仕方無いのかなって思う時もあるかな」
「仕方ない? そんな日陰で誰かに疎まれるような人生を妥協出来るんですか?」
ユユは首を傾げた。彼女は最低の人生でも構わない。と、諦めにも似た言葉が、それがユユには理解出来なかった。
シグレは極めてフラットな表情で視線を逸らし、紅い目を――それは表情とかではなく、どこか恥ずかしむような忌むような様子で――手のひらを使い覆い隠した。
「結局、人生は人生なんだよ。等しく得難い尊いものとして、私は一つの作品として、享受していただろうね」
「まるで諦めているようで、まるで他人事のようです。それは、今の自分があるから言えるんだと思います。踠く手や歩く足があるなら精一杯足掻く方がいいじゃないですかぁ」
ユユは力強く二つの握り拳を作って、ガッツポーズをして見せた。唇を尖らせて、シグレを叱咤するつもりで、ぐっと。
片目を隠していたシグレがぽかんと口を開けた。それを見てユユは再び首をかしげた。
「おかしいですかー?」
「いや……」シグレは、小さくゆっくりとかぶりをふり、目蓋に添えていた手をゆっくりと口元に移動させて「ふふっ。まったくその通りだよ」と首肯して見せた。
切り取った色紙を無理矢理に貼り付けたような違和感ある笑顔を浮かべて「有りもしない事を、もしもの事で憂いて卑屈になるのは失礼なことだよね」
「ですです。あ、分かりましたぁ!」と、ユユは耳と声を立てた。「シグレさんはマハに似てるんです」
その発言にシグレは首をかしげながら、記憶を辿るように視線を斜め上に向けた。
「マハ?」思い至ったのか「ああ、あの金髪金目の天使みたいな子か、私と似ている? むしろ対極にいるような気がするんだけれど。なんて言うかその、醸し出す雰囲気というか、香りと言うか、来る前に言っていた言葉もそうだけど鬼気迫るものがあったからね」
ふりふりと、ユユは頭を振った。木々を揺らす音かはたまた髪が擦れる音が鮮明に聞こえた。
「マハは、不器用で不安定でぶれぶれです。自分を覆うヴェールみたいなものが多分何枚もあって、人によってそのヴェールを開く枚数が違うんです。芯の所の彼女は正直に言うとよく分かりません」
そう言ってユユは海を眺めた。波が砂浜に何枚も折り重なり、戸惑うように星空を揺らしていた。
ツ、と。一雫、砂浜に落ちた。波の折り重なる音、木々を揺らす風の重、虫の、獣の鳴き声。足音、この場所に飽和していた音を切り裂くような鋭くも静かな音がすぐ隣で鳴り、ユユの敏感な耳を動かした。
音の正体を確かめるために振り返ってシグレを見た。