海と地下について
ヨハンはその無機質な視線に困惑した。
「な、なんだよ?」
「いや、やはり神獣は厄災なのだろうな」
そう言って静かに睨みつけるキースを見て、ヨハンは腰を低くして身構える。
その行動にキースが少し驚いたような顔をして、鋭く口角を釣り上げた。
「そう身構えるな、大丈夫だ。今は殺しはしない」
「どういうことだ?」
「分かっているだろう?」
キースはそう言って、マハへと視線を移した。
その冷たく氷のような青い視線が全てを見通しているようで、ヨハンは足の先から凍えていくような気がした。
「と、とにかく、二手に分かれて探索でもしねえか?神獣を放っておくわけにはいかないんだろ?」
ヨハンが真紅の目でキースを睨めつけた。
「いいだろう。では、私とマハとヨハンで。シグレ、残りは任せるぞ」
「はい」
シグレは背筋を伸ばし、キースに答えた。
「では、私達は森の方へ行く。そちらは海岸沿いを探索してくれ」
そう言って彼はコートを翻して森の方へ歩を進めだした。
「いこ、ヨハン」マハがそう言った。
「気をつけてくださいね」と、ユユが心配そうな顔で言った。
「そっちもな」
森林の入り口は仄暗く、大きく広げた口腔を思わせた。
ヨハンは、剣で茂みを無理矢理断ち切り、道を作る。マハはそのすぐ後ろをピタリと着いてきており、腰のホルスターから魔導書を取り外して胸の前で抱きかかえるようにしている。
キースはやや後方で全体を俯瞰できるように位置取り、まるで監視されているような気になった。
彼の視線に、まるでヨハン自らも討伐対処なのではと、疑問を抱いてしまう。
「ねえ、ヨハン」
マハが小さく声をかけてきた。
「ん?」
「なんか、宛もなく探してても見つかるのか?って」
「あー、まあ確かにそうだな。そもそも学園の地下と|マク・サブル(この場所)が何で同じ転送陣から来れたのかとか、色々謎すぎんだよな」
「うん。基本的な転送陣の構造は、時間軸と座標軸を指定して、物理法則を魔法陣の型式で無理矢理捻じ曲げる……みたいなやつらしいし。違う場所に出るなんて事はありえないと思うんだけど」
「詳しいな?」
「気になったから、昨日本で読んだの。つまり一つの転送陣で別の出口に繋がることは無い。そこに『特別な指定』が入らない限りは」
「……特別な指定?」
「私とヨハンは強制的に向こうへ行っちゃう、とか」
マハの真っ直ぐに射抜くような視線を背中で感じた。茂みを断ち切る手が止まった。
その場は一転静寂に包まれ、しん、と言う音が鼓膜を左右に突き抜けた。
ヨハンは静寂にも音があるのだと初めて知った。しかし、止まったのは一瞬。ヨハンは再び枝や茂みを叩き切り、道を開いていく。
道をこれでもかと塞いでいた草や枝の壁からほんの少しの光がもれた。
「じゃあなにか、今回来れたのは、ディアナのお陰で、本来は俺達二人だけ学園の下へ行くようにされてたって? ずっと昔から存在する転送陣に今この時代に生きる俺達が?」
「察しがいいね、そういうことだと思う」
「一体誰が……」
そう言いかけて、ヨハンは一つの答えに辿り着く。茂みの向こうには大きな空間があった。
思わずマハの方へ振り返る。
しかし、マハ驚愕の表情を浮かべて、無言で前方を指差した。
ヨハンは指先を辿り、開かれた空間を見た。
そこには薄紫色のサイドテールをした赤青と左右非対称の瞳の色をした少女がいた。マハらと同じ学生服を着ていた。
しかし、彼女がここにいるはずなかった。
「クロシェ? なんでこんな所に?」