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BBS―魔物に取り憑かれました。魔力全部喰われました。でも使役しました―  作者: 木村アキエル
一章三節 否応なしに、彼等の苦難を蜜の如く啜る。
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紅い目



夜の砂浜に剣閃(けんせん)が走り、血飛沫(ちしぶき)が舞い踊る。蒼白い月に照らされた鮮血はまるで花弁のようであった。


潮風に乗って魚の生臭さが鼻にこびり付く。


周囲には回空魚(フォロル)の群れ。

ヨハンは両手に剣を持ち、左右交互に一閃を放つ。回空魚(フォロル)は空中を旋回し、突進を繰り出す。

一匹一匹では大した事ないが、魚群で迫る統率の取れた圧倒的な質量はさすがに捌ききれない。


「なるほど、普通の魔法使いにはキツイ相手だわ。こいつら」


「ヨハン、無駄口を叩かないでくれる?」



ヨハンは現在シグレと二人で前線を張っていた。


西の島国サイロウ出身の彼女は、その地方独特の武器カタナを扱い、魚の群れに対抗する。


シグレは濡れ羽のような黒光りする刃で静かに光の線を引く。すると、魚群は剣閃に魅入られたかのように飛び込み、命を散らしていく。


「いい太刀筋といい刀だな」


ヨハンがそう言った。


「キミはカタナを知ってるのかい?」


優勢とも劣勢とも取れない状況。

しかし背後にはマハを初めとした魔法使い勢が控えているので、倒すよりも注意を引きつけること優先のため、幾分かは気楽だった。なので、気が緩んだのかヨハンの言葉に乗ってみた。


「知ってるし、使えるぞ」

「うそ、そうなのかい?」


シグレは色が不揃いな瞳を瞬かせた。


「シグレ。お前も無駄口を叩くな。手が止まっている」


突如背後から、叱咤の声が聞こえてきた。厚みのあるどこか冷たい声だった。その声の主は金の長髪をはためかせ、人差し指に紫電を纏わせて空を切った。横一文字に払われた一条の雷光は等間隔に紫の球体を作り出し、そこから何発もの雷弾を精製して射出した。


「スラッグショット……」


かつて、フェイドアが使っていた技に酷似していたのでヨハンが思わず技名を呟いた。


「スラッグショット? いえ、あれはそんな手数にものを言わせただけの技じゃない」


しかし、シグレは首を横に振って否定する。その凛とした声が聞こえてか、キースが放ったスラッグショットのようなものは徐々に出力を上げ、幾条もの光線となって夜の海(マク・サブル)の宵闇を食らいつくし、一瞬の昼をもたらした。


おぞましさすら感じる熱量を持った紫電の一斉掃射に回空魚(フォロル)は為す術もなく、蒸発していく。


「……非人道的ですらあるキース隊長の魔法。彼が人の身でありながら、魔人と呼ばれる理由の一つが、このスラッグショットを超えた掃射魔法。通称、殺戮光線(フォトン・イレイザー)の存在だよ」


その光景は正しく圧倒的と形容できる有様であった。

極光に晒され、熱さすら感じさせる暴力と理不尽の嵐に喰われ消えゆく魚の命など、まるで塵のようだ。


ヨハン、マハ、ユユ。どこか余裕の笑すら浮かべていたフェイドアでさえも、この時ばかりは唖然とした表情で目の前の現実を直視することしか出来なかったようだ。


世界は理不尽である。力あるもの無きもの、持つもの持たざる者、幸運なもの不運なもの。全てはそう、理不尽の上に立ち踊り笑う道化師の如き塵夢の運命を、ただ与えられたものを、与えられたままに謳歌する事しか出来ないのだ。


シグレは幼い頃、砂浜に描いた絵が波に攫われ、言葉では言い表せないような、胸に穴が空いたような思いを感じた事がある。


ここが、静かな夜の海辺であったということを再度認識したのは、魔人キース・ハワードの放った攻撃の嵐が通り過ぎ去った後であった。


まず口を開いたのはユユであった。

「私たち三人でも手こずったのに、こんなにあっさり……」


「ふん」と、キースが大した感慨もなく言うと、彼は黒いコートを翻して「シグレ」と言った。


「は、はい!」


「目を使え。神獣(アギア)の存在を見つけろ」


「……わかりました」


そう言われ、紅と黒のオッドアイの彼女は帽子を斜めに被り直して黒目の方を隠した。

真紅の瞳に全身の血が集まっていくような感覚。熱く吹き出しそうなほどに荒々しく瞳の奥で渦巻く感覚は体内に巡る魔力。

周りの景色は真っ赤に染まっていく。まるで世界に赤いフィルムを重ね合わせたようだった。


その中でユユ、フェイドア、マハ、キースの四人が青白く浮かび上がる。


「くっ!」


僅かに痺れるまぶたに、苦悶の表情を浮かべながら辺りを一瞥(いちべつ)する。


森に続く入口からは小さな虫や動物達が、海へ続く浜辺からは魚達が青白く、まるで星々の瞬きのように輝き、その中でもより大きな塊は恐らく回空魚(フォロル)や他の魔物であろう。



そして、隣のヨハンを視界に入れた瞬間、シグレは苦しげに吐き出された声と共に、弾けるように顔を上空へ反らせた。

瞳の奥と頭が麻痺し、膨らんでいるかのような錯覚を覚える。涙腺からなのか、眼球の奥からから判別つかないドロっとした体液が頬を伝ったのに気づいた。

シグレは慌てて帽子を戻し、次は赤い瞳から顔の半分を不自然に覆い隠した。


荒く呼吸をしながら呆然と夜空を見上げ、点滅する名も無き星を意味もなく見つめた。

キースが肩に手を乗せた。


「すみません、キースさん。まだ目は実用に足るレベルではありませんでした」


「これからも精進しろ」


「はい。ただ、ヨハンを――彼の左手の神獣(アギア)見てわかりました。例の神獣(アギア)は分かりませんが、少なくとも彼のは私の目では直視に耐えれるものじゃありません」


そう言ってキースに向き直り、帽子を元に戻す。

紅い瞳から流れでる体液を見てキースが一瞬身を引いた。


「お前、血……?」


シグレは、赤い瞳を手で抑えながら、


「はい。彼を一瞬見ただけでこれです」


キースがヨハンを見た。

それは、興味深げでもなく、怒りや困惑でもなく、ただ見た。それだけの視線であった。


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