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BBS―魔物に取り憑かれました。魔力全部喰われました。でも使役しました―  作者: 木村アキエル
一章三節 否応なしに、彼等の苦難を蜜の如く啜る。
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前夜に




日は暮れて、マハの学生寮の部屋にて、マハはベッドに腰掛けて濡れた髪をタオルで拭いている。

ふわふわの寝巻きに身を包み、肩で切りそろえた金髪の先に水の粒が滴っている。


携帯通信石(ケータイ)の画面を確認して、誰からも通知が着ていないことを確認して、枕元に放り投げた。


マハは立ち上がり、ピンクのカーテンを開けて、窓の外を見た。

学園敷地は静かな森と星空に囲まれ、本人達の心境などどこ吹く風で、木々をほんの少しだけ揺らしている。

マハはそこから景色ではなく、ヨハンを見ていた。窓の光に反射して映る室内の彼を。


彼は部屋の隅。入口付近で壁にもたれている。独りで閉じ込もる彼は少し苦手だ。冷たくでもそれでいてギラギラと輝く真紅の瞳が、一言で表すならば不気味なのだ。


だが、それは彼のもう一つの顔である。


「ねえヨハン」


「ん?」


こうやって呼びかけると、いたっては普通に返事を返してくれる。

基本的に口数は少なく、即答が彼なのでこちらから話題を降らなければ即、沈黙の沼にずるずると引き込まれていく。


「今日ユユに怒られた」


「ああ、見てた。猫、なかなかの迫力だったな」


ヨハンはこちらを見ずに、左手をまじまじと眺めていた。


「……そっ。まあ近くにいてるってのは分かってるから、別になにも驚かないけどね。ねえ、内緒にされる事が辛いんだって」


ヨハンはふふっと鼻で笑った。


「そうか。まあ得体の知れない男連れてきて、四六時中一緒で、何があったか言われないってなったらそりゃ頭花畑のユユで流石に不信感募るだろうさ」


マハは胸に手を当てた。もやもやと燻り煙を上げる何かが苦しかった。


「うん。それでね、結局言えなかった」


「そりゃ、まあ、口で説明するには(いびつ)だからな。普通ならまず理解されない」


「いびつか……」マハはその言葉を反芻(はんすう)して遠くの星を見た。


それに対して何か言い返す言葉はあるのだろうか、と。しかし星は小さく瞬くだけで何も答えを返しては来ない。


星は言葉を喋れない。

マハは諦めて、小さくため息をつく。


「それはそうとね、思ったんだけど。明日の神獣(アギア)討滅戦、もし万が一何かあったら、ヨハン全力で戦って良いからね」


次の言葉は思ったよりもさらりと出てきて驚いた。その言葉を己が吐く事の意味は、重々理解している。しているからこそ、然もありなんと放つ事が出来たのに驚いた。


それは――


「おい……それ、どう言う意味か分かってるのか? なんでわざわざ王国の正規軍が……いや」


――彼を驚かせ、注目をこちらに向けると言う面では間違いなく成功した。

そして、その言葉の意味を今一度噛み締めるように、


「うん、全力全開でヨハンが戦ったら私は死ぬね。間違いなく」と言った。


「だったら……って俺が言えた台詞じゃないかも知れないけど」


そう言ってヨハンは(わず)かに視線を下へ向けた。

それを見計らったかのようにマハは、ヨハンの方に振り向いて、窓の(ふち)に腰掛けた。


「いいの。あと死ぬ前には、私との約束果たしてくれていいから。でも多分、ヨハンここには居れなくなるけどね」


努めて出していた訳ではないが、声色はなぜか明るく段々と上擦っていくようだ。

まるで、面白い事を思いつきそれを報告する子供のように。



「いや、間違いなく無理だって。それ、ほぼ死体蹴りじゃねーか」


「居れなくなるの残念?」


「いや、別に元々ここが大きな寄り道みたいなもんだし」


「私は少し残念かなぁ。ユユがいてバカ騒ぎして、ヨハンが少し枠の外から眺めて、ここにクロシェもいれば、あの子はどんな風に輪に加わるんだろ……ねえ、クロシェもしかしたら目覚めるかもしれないんだって。ディアナ様が言ってた」


「そっか、そりゃ良かったじゃんか」


「まあね。でも、そこに私がいなくなるのは少し寂しいかなぁ……なんて」


そこまで来てようやく一抹の不安が胸に再来した。

しかし、ヨハンは――


「なあ、マハ……」


「ん?」


――真紅の瞳に静かな炎を灯し、冷たい氷のような視線でこちらを射抜いた。


「俺は自分の命がピンチになったら間違いなく全力で戦う。それが勝てる負ける関係なくな」


マハはその言葉を聞いて、無理やり口元を吊り上げた。


「よろしく」





「それはそうとね、思ったんだけど。明日の神獣(アギア)討滅戦、もし万が一何かあったら、ヨハン全力で戦って良いからね」と、心境を吐き出した彼女を見て一つの記憶が飛来する。


それは、今現在の会話から数時間前。ディアナ達との会合の直後に(さかのぼ)る。


「友情だねえ……」


ヨハンは中庭が見える校舎の屋上で、マハとユユの姿を見ていた。ユユが叫び、泣いて、マハももらい泣きし、抱き合った。

銀髪を風に乗せ、手すりに胸を預けて、眩しいほどの光景に反吐(へど)混じりのため息を吐いた。



「羨ましいのか?」


その隣には同級生の男。爽やかな茶髪に貼り付けたような笑顔で鉄柵(てっさく)に腰を預けて、腕組みをしていた。


「何しに来た? フェイドア」


ヨハンは真紅の瞳で、その男――フェイドアを見た。


「いや、明日の事で少し独りになりたくてな、だが珍しい背中を見たから声をかけてみた。で、羨ましいか? 友情は」


「全然」


「そうか。作ろうと思った事は?」


「いや。生まれてからずっと独りだ」


ぶっきらぼうに返事をするが、フェイドアは「ははっ」と笑って、


「じゃあ、いい機会だ。作ってみたらどうだ?」

そう提案してきた。


「……遠慮しとく」


「なぜ?」


「なぜって必要か?」


それから、フェイドアは少し首をかしげて唸る。


中庭ではマハ達が手を取り合って強く頷きあっている。


「んー。いいものだと思うぞ。大切なものが増えるのは、それに君の根は明るいみたいだから友達もすぐ出来るだろ」


「それってさ、自分の弱点が増えるのと同じだろ。わざわざ戦いに身を置く者としてどうなんだ?」


フェイドアが向きを変えて、ヨハンと同じく胸を手すりに預けた。

こちらを見て、爽やかに笑った。


「ヨハン。君が限りなく寂しいヤツというのは理解出来たよ。やっぱり俺と君は正反対の人間らしい。それでも友達を弱点だと思える程度に優しい人間だ、でもそこまでの人格形成を行う君の過去ってやつに少し興味が湧いてきたな」


「光栄光栄。お前みたいに爽やかじゃないし、ザ・正義の味方って柄でもないから、いちいち正反対とか言わなくても分かってるっての」


「ははっ、そうか。じゃあ心の底から大切だと思える人に出会えた時、君の中で起こる変化を俺に見せて欲しい。その時の揺らぎ戸惑い喜び、まあ何でもいいんだ。とにかくその心の変化を俺は見てみたい」


「キメ顔で暑苦しい。あと無理だ変態野郎」


その返答にフェイドアは少し破顔(はがん)させた。


「なぜ?」


ヨハンは飽きれるくらいに長いため息をついた。

その吐息が彼女らに届いたのかは知らないが、マハとユユは髪を揺らして笑いあっていた。


「……そんな事になるのは、有り得ねえから」

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