長い話の前に
それからは歓談とはとても言い難い重苦しい雰囲気が漂っていた。それは、目の前にいるディアナ・オルケアトスと言う重鎮がいるからと言う事もあるが――なにより。
深い眠りのクロシェをソファーに横たわらせ、お互いがお互いの状況を報告し合った。
マリアの事。クロシェの事。
――お互いがお互いの場所で体験した出来事。それで更に重たい沈黙が漂った。
「まあ、ここにヨハンとマハを呼んだのには理由があってだな。あたしとしてはあのまま、学園地下で、もうちっとばかし気張って貰っても良かったんだが、事情が事情でな」
「ディアナ様。仰る意味が分かりかねますが……」と、マハが頬をかきながらそう言った。
「そこまで畏まるな。ここでは私はただの生徒会長だ」
「いえ、しかし……」
「無理無理」とヨハンが呆れたように「権力ある奴ってさ、皆そう言うけど、昔から刷り込まれた先入観があるとどうしても上手く使い分けるなんて出来ないって」そう言って、テーブルの上の果実を一口食べた。
「……それもそうか」ディアナが少しだけ笑った。
「それで、ディアナ様。私とヨハンが呼ばれた理由のご説明、お願いしても」
「ああ、だがその前に……」含みを持たせた沈黙で、ディアナは扉の方へ視線を移した。
まるで、打ち合わせをしていたかのように、ドアを叩く音が響いた。
「失礼致します」
まず入室したのは黒いコートに勲章を何個も下げた男である。腰には装飾過多な剣を帯剣し、すらりとした長身。金の腰まである長髪と、青く冷たい印象を与える瞳。何者も寄せ付けない鋭い目つき。鋭く整った顔立ちの男であった。
「アドラスシア王国軍。魔法騎士団総括キース・ハワード」
その後からもう一人。こちらは白いコートにすらりとした細身の、男装の麗人と呼ぶべき少女。黒く艶やかな髪をベレー帽の中に強引に纏めている。何より目を引くのはその瞳。片方が黒で、もう片方がヨハンと同じ真紅の色をしていた。
「アドラスシア王国軍。魔法騎士団一番隊長シグレ・リン。ディアナ・オルケアトス神王陛下の招集に馳せ参じましてございます」
二人は深々と頭を下げた。
ディアナは満足そうに「うむ」と頷く。
次に口を開いたのはキースなる男であった。
「話は我が国王、デリング・デイハート・アドラスシアより伺ってございます。どうやら、学園地下遺跡で神獣の一体が出たと」
「アギアって」マハが思わず零した言葉を聞いた。
だが、この静まり返った会場でその鈴のような声は全ての人間に届いた。
そしてディアナが口角を吊り上げて笑ってみせた。それはどこか、暴君のような印象を全ての人間に与えていた。
「そう、マハ。ヨハン。お前達はよく知っている。学園地下で見た神獣と、左手に住処を作ったお前ならな」
ヨハンは皆の視線が左手に集まるのを感じていた。そして、じくじくと彼の中にいる魔物が熱を帯びていくのも。
「住処とは?」キースが背後から冷水を浴びせるような声で、ディアナへと質問した。
「そこは本人から聞くのが一番だろ」
そう言ってディアナは腕と脚を組み、深く腰掛けた。
マハがこちらを見た。ヨハンは頷いてゆっくりと話し出す。
「多分、長い話になる――」