クリスタル・グランデ
眠るクロシェは穏やかで優しい面持ちだった。
まるで直前の騒動などまるで気にも止めていような。
「クロシェが、私達に記憶見せていたって……事?」
「そういう事だろな。それもかなり昔の。多分一度あった文明が滅びる前の世界みたいなやつだ」
ヨハンは映像として記憶したこの部屋と、現実のこの部屋の違いを――劣化具合を見比べた。
壁の朽ち方や自然の侵食具合からして明らかに大昔の事だ。
一部鉄の壁が見えているが、その殆どが土に侵食されて、もはや普通の大空洞のようになっている。
「古代文明って事?」
「信じられないけど」
「じゃあ、あの子は?」
ヨハンはゆっくりと、氷に閉ざされた少女に近づいた。映像の時そのままで安らかに眠っていた。
「多分、何百年もここで一人眠っていたんだと思う」
ヨハンは氷に触れた。不思議と冷たくなかった。
「ん?」圧倒的な違和感にヨハンは首を傾げる。
「え、なに?」
「いや、この氷。冷たくない」
この部屋は白いモヤがかかるほどで、思わず身震いしてしまうほどに寒いのだが、今触れたクロシェの氷はそれとは全く異質で、透明な鉱石に包まれているような――いや。巨大な水晶の根元で眠っている。それはまるで――
「魔石……」ヨハンがそう呟く。
「魔石?」マハが困惑の表情で反芻した。
そして、継いで疑惑の声を投げかける。
「まさか、こんな大きな魔石があるわけ――」マハが一瞬だけ止まった。
そして、天井を見上げた。
巨大な魔石の柱だ。ヨハンもマハもこの柱を知っている。
マハが震える声で、まるでうわ言のようにこういった。
「うそっ? 絶対領域の守護石? ここは学園の地下?」
アドラスシア魔法学園。広大な敷地と木々に囲まれた世界有数の教育機関。学舎の真ん中を突き抜けるように巨大な水晶の柱、通称絶対領域の守護石がそびえ立っている。
昨日も今日も明日も、何年も変わらずに。
その根元に一人の少女が眠っているのも知らずに。
*
「結構まずくないです?」
「控えめに言っても絶体絶命って感じだな」
「無駄口叩かない二人共」
夜の海に突如現れた大量の回空魚に襲われ、三人は命からがら切り抜けたのだが、そこで現れた謎の飛来生物により一行は撤退を余儀なくされた。
「あれを生命体と呼べるのは怪しいけど、まあ謎の生命体だわな」
フェイドアは、緊張を感じさせない口調で爽やかに言ってのけた。
大きな一つ目で脂肪の塊のような球体の生き物。
「今まで見た中でベストスリーくらいのキモさですぅ……」
「グ……ゴ……オ……エ」
それが先ほどから声を上げながら徘徊している。どこに口があるのかと尋ねたくなるが、そう悠長な事も言っていられない。
三人を苦戦させた回空魚の大群を、あのおどろおどろしい肉塊が一瞬で消し炭にしたのだ。