世界の異変
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赤い絨毯が敷かれた大きな廊下。その横に広がる大きさたるや騎馬戦車が何台も並列走行出来るほどで、それに比例して高さも相当である。
恐らく今廊下を歩く女性が、十人ほど縦に連なっても全く問題なかろう。
赤くたなびく髪は、歩く度に火の粉を撒き散らしているかのような錯覚に陥るほど光り輝き、紅蓮の瞳は燃え上がる太陽のような生命力に満ちている。
艶やかな唇は勝気につり上がり、強者の余裕を漂わせていた。褐色の肌を守る被服は下着と見間違えるほどに最低限の布地と、ヒールの高い靴。
毛皮コートを肩がけにしているので、そのデタラメに視線を吸い寄せる身体が全面に晒されているわけではないが、いかんせん申し訳程度。
すれ違う男性の罪深さに抗う顔や、女性の羨望の眼差しが心地良いとさえ思う。
そんな人目を引く女性が、硬質な音を立てて一人廊下を闊歩していた。
左手側に等間隔で並べられた窓からは赤レンガの街並みを一望出来、いかに高所に位置するのかが伺える。
真正面には巨大な廊下一杯に構えられた豪奢な扉がある。時折すれ違うスーツ姿の人々は皆一様に頭を深く下げ、彼女はそれに片手で応える。
やがての扉の前にたどり着き、彼女は取っ手に手をかけた。
実は大きく豪奢な見た目の扉には、なんと人間大の小窓が設けられており、基本は皆それを使って入室するのだ。
通る度に自分が豪邸のペットにでもなった気分になる。
「おい、ジジイ来たぞ!」
女性は男勝りな声で、部屋に入るなり叫んだ。
大きな部屋の壁一面には本棚があり、古く文化的価値のある古書や魔導書が所狭しと敷き詰められていた。
奥に来客用のソファーセット、事務用の机の順で並んでおり、それが部屋の相対効果によりやたらと小さく見える。
「陛下、いつ来られるのかと首を長くしておりました」
事務机の方に一人の男が座っていた。
ジジイと言われていたが、嗄れた老木ではなく、まだ瑞々しく、背筋の伸びた紳士的な初老の男であった。
「どうせ見ておったのだろう? その目で。なにが首を長くだ、ざぁとらしい」
「はい。失礼ながら、拝見しておりました」
男は机から立上ったかと思えば、女性の目の前に既に移動して片膝をつけ傅いていた。
「ようこそ、遠路はるばる。我がアドラスシア魔法学園へ。ディアナ・オルケアトス神王陛下」
「ふん。オルランド、顔を上げろ。二人の時に気を使うな」
「ふむ」とオルランドがしばらく片膝をつけたまま考え込んだと思ったら、すくっと立ち上り。
「それもそうですな。では、お言葉に甘えて。ささっソファーにでもどうぞ」
と言って、ソファーへエスコートする。
向かい合う形で置かれたソファーの横にはサイドテーブル。真ん中にガラスのテーブルと、その上には透明な水晶玉が設置されていた。
ディアナはエスコートされるまま、ソファーにどかっと深く座り、サイドテーブルに置いているフルーツバスケットから小さな赤い果実を一粒摘んだ。
ディアナはその甘酸っぱい味をしばらく堪能した後、向かいに座るオルランドへこう問いかけた。
「やはり、どこもかしこも魔物で溢れてきているようだな。ここの地下遺跡からは出てこないのか?」
「全く……と言えば嘘になりますが、各地よりかは比較的安全ではありましょうな」
「それは何よりだ」
「ええ。しかし安心ばかりはしていられませんで」
「ふむ。生徒達が心配か?」
そう言って彼女は、再び果実を口にして微笑んで見せた。
「当然でありましょう。我が子も同然ですからな」
「魔術を習う将来有望な子供たちか……なあ、オルランド」
「はい?」
「では、その有望な子供達に地下遺跡の調査をさせようじゃないか」
ソファーの肘掛に頬杖をつき、ディアナは楽しそうに口元を吊り上げた。脚を組み顎をあげオルランドの反応を観察する。
オルランドはさも愉快と言った表情でと笑い声をあげ、
「またまた、ご冗談をディアナ様。なにが起きるか分からないような遺跡に生徒達を……」
「……」
「まじで?」
「まじだ。まあ当然だが全員って訳じゃない。精鋭達に行かせたほうが効率も成果も高いだろう」
「精鋭……学園でいうとルドルフ君。フェイドア君とかですかな?」
「バッカ野郎、勉学や実技に秀でてるだけのやつが精鋭なもんかよ。そんなのは学生の内かデスクワークしかしないヤツらのセリフだ。それじゃあ何のための魔術学園だよって話だろ」
「ふむ、では実戦能力で選別しろと? どうやって?」
「私にいい考えがある」
そう言ってディアナは、内に秘めた計画をオルランドに語り始めた。
テーブルの水晶には、ヨハンの顔が映し出されていた。