まだ夢の中
同じ無骨な大剣であった。
もう片方には、取り回しの効きそうな小ぶりの剣。
「愚か。下等生物よ。撃て!」
クロシェはステップを踏んで、身体を回転させながら側面に立ていた一人を切り捨てた。
そして、再び大剣を盾がわりにして身を低く構えて構えて走った。
「うぉぉぉ――!!」初めて聞く彼女の激情に燃える唸り声。
大剣を斜めに逸らして銃弾を受け流していた。それによって真正面で受け止めるより、ほんの少し推進力を得ることが出来る。
しかし、それでも掃射の中では脚を止めてしまう。大剣を斜めに突き刺してジャンプ台を作った。そして、そのまま跳躍。
空中で身を捻り回転する事で被弾を僅かに減らす。
そして、再び虚空から剣を引きずり出した。
二本の取り回し易い剣で敵陣のど真ん中に飛び込む。
そうなれば、鉄砲より剣の方に利がある。
次々に叫びと血飛沫をあげて、兵士達は数を減らす。
回転斬りを放ちながら上空へ逃れる彼女の顔には、静かな怒りと血糊が張り付いていた。
ヨハンとマハはその姿をただ見ている事しか出来なかった。
二人は歩を進める。触れる事の出来ない兵士を突き抜けて、クロシェの行き着く先を見届けようとした。
兵士は等間隔に隊を成して、突破されれば次の隊が攻撃を加える。
クロシェは剣を投擲しては、代わりの剣を手に持ち前進し続ける。肩に弾丸を受けても、太ももに弾丸を受けても彼女は少しも止まらない。
やがて廊下は沢山の死と強烈な臭いだけになった。
「はぁ、はぁ……はぁ」クロシェは肩で息をしながら、最後の一人に剣を深く突き刺した。
そして、そのまま真っ直ぐに進んでいく。大量の血を流して脚を引きずり、フラフラと壁伝いに。
やがて、正面な扉が見えた。
ゆっくりと目の前の扉に手をかける。
扉は横にスライドして開かれる。
そこには大きな吹き抜けの部屋があった。
クロシェは剣を捨てた。カランと、鋭い音が響いた。
脚を引きずりながら、彼女は歩を進める。
「信じてる……ディア。ワタシは、アナタが帰って来るのを……」
「な……なんだこれ?」ヨハンはクロシェの行き着いた場所を見て、驚愕に目を見開いた。
大きな木の根であった。天井高く突き抜けてその全貌は見えない。そして、その部屋にはそれ以外は無い。ただそれだけの為の空間であった。
クロシェは、結局最初から最後まで使わなかった背中っていただけの剣を引き抜いて、ゆっくりと根に近づき、背中を預けて崩れ落ちる。
呼吸が浅くなっているようだ。目の焦点が定まってもいない。残念だがもう長くは持たないだろう。
凄惨で凄絶な話だ。これが彼女の辿り着いた結果なのだ。
それはマハも分かったようで、口許を抑えている。
クロシェは剣を大切そうに抱きかかえて、こちらを見た。その時、彼女の姿が一瞬だけブレた。
手を伸ばして、何かを言ってる。しかし、その姿もぼやけ、声も聞き取ることが出来ない。ただ、彼女は初めて穏やかな笑顔を見せた。
やがて、幻影の歪みはこの部屋全体に及ぶ。
全てが歪み、情景は新たな。いや、元の世界を映し出そうとしている。
消える間際。
「ありがとう。また逢えたら、次は本当に友達に……」
と、彼女は間違いなくそういった。
ヨハンはまだ夢の中にいるような気分だった。
「そんな……」
正常な世界に戻った。それは幻影などではなく、間違いなく本当の世界だ。
マハは遂に堪えきれず涙を流し、腰が砕けたようにへたり込んだ。
ひやりとした空気がまとわりつく。
氷に覆われた部屋であった。白いモヤが足元を漂っている。
ヨハンは、マハは、全てを悟った。
「あれは、幻影じゃなかった。あれは彼女の記憶だったんだ」
そして、目の前には天井まで突き抜ける巨大な凍りついた木の根。
そして、そこに背を預けて、氷に閉ざされ静かに眠るクロシェの姿があった。