近付く終わり
「クロシェ!? ちょっと待て!」
こちらに一瞥する事もなく、彼女は歩き出した。いつの間にかまた彼女は両手に大きく肉厚な大剣を持っていた。
それは小さな双肩が扱うには些か無骨過ぎる。
ヨハンはマハと目配せし、お互い頷き合う。
追いかけた。
彼女の横に立ち、声をかける。
「クロシェどこに行くんだ?」
しかし、今の彼女には我々が見えていないようだった。冷たい瞳で真っ直ぐ廊下の先を見据えていた。
彼女は無表情なりに、感情があった。それは短い間ながら様々な場面を共に過ごしてきたヨハン達だからこそわかり得る微細な反応だったとしても。
今は初めて出会ったあの死人のような顔になっていた。
マハが小さな悲鳴をあげて「クロシェ! その傷?」と言った。
クロシェは頭から血を流して、破けた袖には深い切り傷を残して、まるでこの数メートルの移動で激しい戦いを命からがら切り抜けたこのような様相を呈していた。
マハが慌てて、ブックホルスターから魔導書を取り出してページを破る。それを空中へ投げ捨てて回復の魔法を発動させるが、全く意味を持たない。
「治癒が出来ない……クロシェ、ねえ!」
マハが彼女に触れようとするが、彼女の白い手はクロシェの身体を透過してしまった。
追いすがるようにこちらを見る。
ヨハンは静かにかぶりを振った。
「今までが異常だったんだろうよ。幻影に触れて干渉出来ていたなんて」
「そんな……」マハの金の瞳が揺れた。
もはやクロシェはこの映像の中の存在でしかない。一時でも越えられない次元の壁を越えていたのが、もはや奇跡なのだ。
「……さない」
クロシェが何かを呟いた。
「許さない。ワタシの居場所を」
彼女が歩を進める度に服と肌は裂かれていく。
目の前に二人の男が現れた。ピッタリとした服に黒いゴーグル。手には複雑そうな武器。形状から察するに鉄砲の類いだと言うのは分かる。
男の一人がクロシェを鼻で笑い、
「暴走か。所詮お前は作り物だな!」
そう言って。鉄砲を発射させた。しかし、その連射速度はヨハンの常識には無いものであった。ものの数秒で何十発と吹き出す弾丸をクロシェは大剣を盾代わりにして防ぐ。
「いたぞ! ここだ!」
恐らくどこかの国の兵士なのだろう。彼等は増援を呼びつけた。大量の足音がこちらに迫ってくる。
そして一歩ずつ前に進む。
するともう一人がクロシェの側面に移動して、鉄砲を乱射した。
クロシェはもう片方の剣を側面に立て、完全防御の構えで前進し続ける。
続々と増え、その度に鉄砲の被弾量は倍になって行き、余りにも増加した加圧力に遂に進むことが出来なくなった。
クロシェの無表情に僅かな迷いが見て取れた。
「ここまでの反逆を起こしたんだ。大人しく被検体として命を差し出せば苦しまずに死ねる」
「デ、ディアは? どうなるの? ディアは」
兵士の一人が天井を指先て言った。
「奴は流刑だ。運が良ければ遠いどこかの星に行き着くだろう。悪ければ永遠の漂流者だ」
その瞬間、クロシェは二本の大剣を床に突き刺した。
大きな亀裂を作って、大剣は防波堤の役目を果たす。
クロシェは虚空に両手を伸ばした。するとその手のひらから空間が歪み、中から剣を引きずり出した。