ほんの一粒の過去達
「命を奪ったってそんな大層な……」
「実際そうじゃん!」
マハがこちらに鋭い視線を向けた。
ヨハンは、ほんの少しだけ学園に来る前の事を思い出していた。
死期を悟り苦しむマハの、健気に笑いかける表情。それが一瞬だけ映像として蘇った。
ヨハンはばつが悪そうに頭をかきながら、こう応えた。
「……正直、後悔があるか無いかで言えば分からん。正しい選択だったのかも分からん」
「うん」
「ただあの時の最善は尽くした。それに多分、俺じゃないと解決出来なかったと思ってるから。それに、今回遺跡探索をしたいって言ったのも――」
次の言葉を出そうとした瞬間。
灯りが点いた。突然の強烈な光に目を焼かれる気がした。思わず目を伏せ、光が止むのを待った。
「……は?」
光が止んだ後、視界に広がる光景をヨハンは真紅の瞳に映した。
そこには、一面の焼け野原があった。
地平線まで全て焼かれた不毛の大地。そこに転がる人の死体。血と、煤の臭いが充満していた。
そんな、場所では無かったはずだ。暗がりで、細長い道があり、そのどこかしらの一室に駆け込んだはずだ。
決してこのような広大な空間は無かった。
「な、なに、これ?」
マハは青ざめた顔で口元を抑えていた。
その場に広がる空間は余りにも凄惨を極めていた。
恐らく大規模な大戦があったのだろう。全員鎧や兜を着用していた。ただ、その防具も虚しく砕かれ、四肢は千切れ彼等の表情は、今際の際に深い怨嗟の叫びを挙げたかのように歪んでいた。
今にも再び叫びそうなほど、まだ赤みのある顔は、終戦の直後である事を物語る。
重い音を立て、兜が転がってきた。
「いやぁぁあああ――っっ!!」
隣のマハが叫ぶ。転がってきた兜には、自分達と同じくらいの歳の少女の首が付いていた。涙と血と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに汚し、白目を剥いて舌を力なく垂らしていた。
ヨハンは抱きとめるような形で、マハの視界を遮った。
服が一瞬にして蒸れ、彼女の涙か鼻水か何かが腕にまで浸透してくるのが分かった。
彼女は激しく震えていた。
「なあ、マハ。命を奪うってのはこういう事だ。俺はこんな風になってない。俺は生きてる……そうだろ?」
腕の中で、嗚咽を漏らしながら鼻をすすりながら、マハは激しく何度も頷いた。
「だから、お前は悪くない。いいな。決してお前は悪くないんだ。それに、今お前の命を握ってるのは俺だ。俺の気持ち一つだ。そういう意味ではお互い様だろ?」
何度も何度も彼女は頷いた。
ここで彼女を落ち着けるために、肩をとんとんと叩いてやれば良かったのだろう。
しかし、ヨハンは既にそれどころでは無かった。マハの背後、ヨハンの前から、人影が歩いてきていた。薄紫色のサイドテールを風に靡かせ、凛としてスラリとした佇まいの少女であった。
アドラスシア学園の制服を着ていた。同じ学校の人間か。いや学園の生徒がこのような死屍累々(ししるいるい)とした場所にいるはずがない。
違う。では誰なのか。
細身の大剣を背中に一本。両手にも形の違う大剣を二本持ち、地面を引きずって歩いてきた。
それだけで異様なのだが、さらに武装してはいるが防具らしい防具は腕のガントレットのみと言う極めて異質な彼女は。
赤と青の左右非対称の瞳に、底冷えしそうな無表情で、一歩また一歩と近付いてくる。
それが微かな違和感を残し、ヨハンの網膜に強烈に焼き付いた。
血糊が付着した二本の大剣を引きずる音が、サイドテールの少女の冷たいく鋭角な視線が、ヨハンを捉えていた。