遺跡へ
晴れ渡る陽気。一時の熱に火照られた生徒達も落ち着きを取り戻し、数日前の闘技大会はもはや過去の話となりつつある。
もう、誰もその時の事など詳細に覚えていないどころか、むしろ美化しつつある状況にヨハンは人の記憶の曖昧さを嘆く。
のした奴らは相変わらず突っかかってくるし、途中から記憶は飛んでるが、大立ち回りをしたらしいフェイドアからもやたらとフレンドリーに声をかけられるようになった。
「いや、だから、なんで?」
そしてヨハンは今、自分を負かした男。フェイドアと話をしていた。
フェイドアは清潔感ある栗毛の短髪で、人の良さそうな笑顔をのりで貼り付けたような表情をしながらこう言った。
「皆で地下遺跡に行こう!」
かなり長身の彼はヨハンですら少し見上げる。
隣にいる金髪金目の少女は更に頭を持ち上げないといけない。
その更に隣の青髪猫耳少女はもはや天を見上げる勢いで首を逸らしている。
「いやさ、ピクニックじゃねーんだし。そんな軽く言われても」
「ピクニックじゃないから、誘ってるんだろ」
ははは。とフェイドアが爽やかに笑い「それに」と追加で言葉を加えてきた。
「学園からのお達しでな。俺一応大会には一人で参加してたし。一人で地下遺跡ってのもあれだし、って事らしい。それに俺からしてもヨハン達三人がいたら安心だ」
イマイチはっきりとしない、ふわっとした答えにヨハンはと首を捻った。
「学園のお達しでってもな」
答えを出しあぐねていると、腕の裾を摘まれた。マハが上目遣いでこちらを見ている。
これはマハにとって願ったり叶ったりの状況である。
「……あー、なるほど。んで、いつ行く予定なんだ?」
フェイドアが爽やかにサムズアップしながら「今日だ」と言った。
「え? 何、ここの奴らって計画性無いの?」
ヨハンは思わずため息が出た。
先の闘技大会も学園側からの通知が来たの前日であった。今回は当日。本当に突発的過ぎて、運営手腕を疑いたくなる。
それから、一日の授業を終えマリアと共にヨハン、マハ、ユユ、フェイドアの四名は人気のない地下室にいた。
ヨハンは学園の倉庫から二本の剣を借り、それを腰に装備していた。二刀流で戦うつもりはないが、予備として余分に帯剣しておいた方がいいと判断した。
マハは魔導書を腰のホルスターに収め、小さな鞄に携帯食料を詰め込み腰に下げている。丁度向かって左に本、右にポシェットと言った感じである。
「フェイドアは装備なしか?」
「俺は基本的に思考創造系魔法だからな」
フェイドアは、己の肉体と魔力が武器であると言わんばかりの装備なし。確かに呪文詠唱系の魔法や思考想像系の魔法は媒体を必要としないものもいる。
「でも、それってかなり難しいですよね。ユユも試してみたけど頭痛くなりました。すごいですー」
そう言って猫耳をぶんぶん振り回し、目を輝かせてるユユもなんと手ぶらである。
フェイドアが眉根を上げてユユに問いかけた。
「ん? 君は確か紋章術式系だったと思うが手ぶらで大丈夫なのかい?」
「大丈夫ですよ、ほらっ!」そう言っていつの間にか指揮棒のような杖を取り出していた。
入場のための手続きは済ませてある。堅牢な塀と門と番兵によって周囲を囲われ、外界から完全に隔離された校舎に入った。
「えらく厳重な警備だな」と、ヨハンが先導するマリアに問いかける。彼女の黒いポニーテールは一歩進む度に左右に揺れていた。
「そりゃ勿論。我が校が管理してるとはいえ、魔物の出る遺跡だもの。万が一があったらこまるからね」
マリアは教員服に身を包んでいるが、両腰に短剣を二本装備している。それだけで、普段とはまた一段と違う張り詰めた空気が醸し出されていた。
マリアが鍵を使い校舎の扉を開ける。油の切れた扉はそれだけで嫌な音をたてた。
若干ホコリっぽくかび臭い。
どこかで水滴の弾ける音がした。
地下へ続く階段を下りて長い廊下を真っ直ぐに進む。
「ねえ、かなり雰囲気出てるね」背後からマハが喋りかけた。
マハは顔を青白くさせていた。
「え? もしかしてこういうの苦手?」
「暗いのはちょっと……」
「それでよくまあ――」遺跡探索に乗り出したものだと、言いかけた時。
先導していたマリアが立ち止まった。
目の前には古びた扉があった。
「ここよ。一応そこまで深くには潜るつもりもないので大丈夫だと思うけれど、準備はいいわね?」