ヨハンとマハ
どのようにして出会ったのか。何があったのか。失踪の間の出来事を二人は語ろうとはしない。それは、触れてはならない禁忌であるかのように二人は頑なに沈黙と笑顔で応える。
それが他者の目から見ると不気味で、無粋な言い方をすれば単純に気持ち悪かった……
*
「炎よ……」
ヨハンは瞳を閉じて集中力を研ぎ澄ませた。顕現させるのは炎。右手に燃え盛るオレンジ色の鮮やかな灼熱の花。
静かに呼吸をして、体の中に入っていく大気が薬のように溶けていく感覚を掴み取る。ふと、彼の白銀の前髪が揺れた。
静謐な佇まいは瞑想をする修験者のようであった。
「滾る炎獄の蓋を開け」
「えっ!? ちょっ、ヨハン!? それだめ……!」
ヨハンの魔法詠唱を遮るように少女が叫ぶ。
しかし、ヨハンは最後の一小節を「紅蓮の永劫に浴せよ!」詠みきり刮目する。
そして真紅の瞳と、魔力の滾る右手を眼前の湖面に向けた。
「イラプション!」
解き放つのは全てを灰燼に還す地獄の業火。
灼熱熱波の余波ですら生半可な生命の鼓動を許さない焔の中の焔。
の筈だが。魔力が放出される間際に、指先から力が抜けていくのを感じた。
結果、情景は何一つ変わらず、森の中にひっそりと存在する美しい湖そのままであった。
「……ふっ」ヨハンは小さく笑うと、ニヒルに髪をかきあげた。
そして、小さな声で誰に聞かせるでもなく「無理だな」とこぼした。
「当たり前じゃないヨハン! なに禁呪レベルの魔法使おうとしてるのよ。死ぬ気なの?」
ずかずかと背後から歩み寄り、こちらをのぞき込む怒り心頭の少女。黒を基調に裾が赤く染められたブレザーと、同じ配色のタータンチェック柄のフレアスカート。
全体的に引き締まって均整のとれたボディバランス。華奢な肩で切り揃えた金髪は、シルクのように軽く輝きを帯びまさに天使の輪っかそのもののように見える。神々しく見目麗しい髪と同系色の瞳は神秘的な魅力を放ち、見るものにため息をつかせてしまう。実際、そう言った場面をヨハンはここしばらくの間に何度も見てきた。
それゆえ、本人に自分が傾国の美少女だと言う自覚があまり無い事が全くの不思議である。見た目は武器だ。何よりも得がたい特殊能力だ。
しかし彼女は、その類まれなる特殊能力を決して悪用せず、珠のような瑞々しい肌で、頬を膨らませ眉間にシワを寄せた。無邪気に、まるで表裏など存在していないかのように。
威嚇のつもりであろうが、見た目の可愛さも相まって小動物の戯れの類に思えてしまう。
「だーっ、マハ。大丈夫だって発動させる事なんてムリムリ。知ってるだろ? 魔法がほぼ使えないの」だからヨハンもその事については触れず、ただ都合の良いように使う事にした。同じ年端のバカ騒ぎする友人として接することにしたのだ。
「……分かんないじゃん。何らかの拍子で」
あっけらかんとしたヨハンの返答に少し尻込みしながら、マハと呼ばれた少女は言葉だけで慎ましく反撃する。
ヨハンは「ナイナイ。どんだけ期待してんだよ」と軽くあしらうと、湖の淵に腰掛けて、胡座を書く。
マハの上下の服を男性用に作り替えたようなデザインのジャケット、ズボン。そして革靴である。
ヨハンはしばらく湖の向こう岸を眺めていた。
マハも隣に腰掛けて、恐らく同じ方向を見ている。
「それに」と脈絡なくヨハンは言葉を紡ぐ。
「万が一発動しそうになったらちゃんと打ち消してくれんだろ?」
「そりゃ、まあ……そうするけどさ」
そう言うとマハは、小石を一粒の湖に投げ入れた。
「じゃあ、俺は安心して世界滅ぼすレベルの魔法を使えるわけだな、使えたら」
マハが勢いよくこちらを向く。彼女は人差し指を突きつけて強い口調で言った。
「もう! 冗談でもそんな事言っちゃダメだからね!」
「……はいはい」
微笑ましくも羨ましいとさえ、思えてしまう。そんな二人のやり取りであるが、それが仮初のもので二人の真の目的を隠すためのものだと言うことは誰も知らない。
目的が成し遂げられるその日まで、二人は決して何も語らない。