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妖精の輪っか  作者: ゆーれい
第2章 湖畔の子供たち
9/22

リリーと初めての夏

「はぁっ、はぁっ!」


 懸命に足を動かす。岩を登り、草の根を分ける。追いかけるのは自分より幾分か大きい背中だ。

 こっちは全力でも向こうは違うようで、くるっと回ったり、後ろ走りしたりと余裕の様子だ。


 ナメられている。


 一矢報いなければ。そう思っても、上がりきった息ではもうスピードは上がらない。

 だがもうすぐだ。もうすぐ踏み入るそこには前を行く彼女を捕まえるための秘策がある。


 草地を抜け、クローバーの群生地に差し掛かった。

 右、左と追撃の手を振り、巧みに彼女をその中へ誘導して行く。すると、前を行く彼女が突然ガクン、と下へ沈んだ。つまづいたのだ。


 かかったな!あらかじめ草を結んでおいたんだ!


「勝った!捕まえたぞポピー!!!」


 威勢のいい掛け声とともに手を伸ばす。

 だがあろうことか、伸ばした分以上にその背中は離れて行く。上へ、上へと遠ざかっていき、私の手に掴まれたのはチラチラと光る鱗粉だけとなる。


 流石に耐えきれずに叫ぶ。


「ハァッ、ずっ、ずるい!!飛ぶのは、ナシってルールっ、だったじゃん!!!」


「ちがうよーん、これは跳んだのだよ。飛ぶ、じゃなくて跳ぶ。わかんない?」


「そんな屁理屈!」


 空中でトリプルアクセルを決めながらポピーがそうのたまってくる。


 冗談!んな芸当できれば即10.0が立ち並ぶわ!


 でもそんな悪態すら口に出せない。息がバテバテでもう声が出ないのだ。

 たまらず地面に転がる。クローバーがもさもさと身体を覆ってくれる。軽く目を閉じると、忙しない鼓動が全身を駆け巡るのを感じた。近頃上がってきた気温と相まって身体が熱くなりすぎている。


 息が整うまでそのままでいると、パタパタとスノーが飛んでくる。騒ぎを聞きつけて檻からでてきたみたいだ。肩まで伸びた白い髪はゆるくカールしていて、翅と相まって天使のよう。愛らしいその顔は今はプリプリとしている。


「リリーにいじわるしてるの!?ポピーねぇでもそんなことしちゃダメだからね!」


「そ、そんなことないしー、ちょっとからかってるだけってゆーかー、ひゅーひゅー」


 スノーにまで言われるとさすがにバツが悪いのか口笛を吹く振りをする。そんな下手なごまかしはよそにスノーが転がったままの私に近寄ってきて、大丈夫?とこえをかけてくれる。


 あー、スノーはいい子だなあ。ケイドロじゃズルはしなかったし、まだ小さいのに人を気づかえる優しい心も持ってる。どこぞのオレンジブロッコリーとは大違いだ。

 そっと頬に重ねてくれるちっちゃい手が冷たくて気持ちいい。その手に自分のを重ねるとぴったり同じ大きさだ。

 自分じゃ自分の姿は見れないけど、今のスノーは低学年くらいの見た目。なら双子の私もきっとスノーにそっくりな子供なんだろう。違うのはこのストレートの白髪だけじゃないかな。


「ポピーねぇはおうち行き!」


「そんなー」


 偉大なる末娘によりポピーは監獄送りに。ざまみろ。

 ポピーがにわかに私のほうへ降りてくる。そしてそのつま先で私の鼻をムニッとつまむ。(下から見ると危うい光景、でももう見慣れた)


「ふがぁ」


「てゆーかリリーはまだ飛べるようにならんのー?ウンチだなあ」


 足をつかんで引き下ろそうとするも、パッと離れて上へ逃れられる。もうそれだけで私には追えなくなる。


「ウンチじゃない!もうすぐだから!」


「えー、そーかなー?昨日もほんのちょっとも浮かなかったじゃん」


「う、うるさい、マヌケ!こんなのすぐできるかアホ!」


「カ、カッチーン!今のは怒るぞう!こんのおっちょこちょい!」


「ちゃらんぽらん!」


「ちーび!」


 頭の悪い応酬。互いに思いついた言葉をぶつけ合う。ボルテージが上がるごとに両者の距離は近づき、ついには額をぶつけ合う。

 上から額をごりごりと押し付けるポピーに対抗して、私も背伸びするように力を入れる。焦点も合わないほど近い橙の瞳にメンチを切る。まばたきもゆるされない。横目にアワアワしてるスノーが映る。


 そして膠着から一転、クワッ、と取っ組み合おうとした瞬間、手が動かなくなっていた。地面から生えたツルが手足に巻き付いて縛っている。ポピーもそのようで、むしろより厳重に簀巻きになるほどからめとられていた。


 そこへ馴染みの深い、よく通る透き通った声が響く。


「はいそこまでね、まったく、貴方達二人はいつもそうなのね」


「「ネメシア様!」」


「ケンカはいけないわ。悪口も、ぶつのはなおさらね」


「……わかりました」


「なんでアタシだけこんなぐるぐるなのー!」


「普段の素行を考えればそれでも軽いくらいね」


「はなせー!がるるるー!」


 ネメシアさんが来て私は熱くなった頭がスッと冷えた。ネメシアさんに怒られるとなんというか逆らえないのだ。

 彼女は困らせたくない、そう思っていたのに。今になって子供に戻ってた自分が恥ずかしくなってきた。


 身体の束縛が解かれる。未だ暴れてるポピーのも緩められる。


「ほら、仲直りの握手をなさい。良い子の印よ」


「……手ぇだしなよポピー」


「……むー」


 ポピーに絡むツルが完全にほどける。でも手をださないでいるポピーにネメシアさんがよしよししながら語る。


「ポピー、おねえちゃんでしょ?おねえちゃんならできるわね?」


「……はあい」


 そっぽを向いたままだが、ギュッと握手をして横にプラプラ揺らす。不満のある顔をしていても、握手は握手だ。


「ふあぁぁ……」


 丸く収まって安心したのかスノーが大きなあくびをした。そういえばもうお昼時、そろそろお昼寝の時間だ。それに気づくと、自然と眠気がやって来る。

 スノーにつられて私もちょっとあくびがでる。ねむねむ。


「あら、末っ子たちはおねむの様ね、ならみんなでお昼寝にしましょう」


「さんせー」


「ねむーい」



 いっしょに遊んでたたくさんの妖精の子たちも集めてその場を発つ。みんなでうつらうつらし始めた私とスノーを運んでくれて、いつものお昼寝の場所に到着した。


 そこは水辺の大岩の上だった。天辺には薄い土の上に絨毯のように毛の長い苔が生えている。日当たりがここらで一番よく、今日もさんさんと差していた。


 そうして、みなが思い思いに、水草、枝、岩の上に乗っかってお日様を浴びながら眠りに落ちていく。

 私もスノーと並んで苔に横になり、目を閉じる。身体全体にあたるお日様が気持ちよかった。シエスタだ。


 ふ、と私の顔に影が落ちるのを感じた。薄目を開けてみるとポピーだった。覗き込んできてた彼女はまだ起きてた、と呟いて私の隣にゴロ寝する。


「……どしたの」


「なんも、いっしょに寝ようと思って」


 即効眠りに落ちたスノーを気づかい、小声で話す。ポピーは抱き枕がわりに私を抱え込んできた。引き剥がす気もないし理由もないので自由にさせておく。

 そのままスンスンと髪のにおいを嗅いできた。寝る気があるのかこいつは。


「リリーはまだ赤ちゃんのにおいだなぁ」


「……寝ようよ」


 こっちは眠いんだ。ちょうどよくそこにあるポピーの首筋に顔をうずめてまぶしい日差しから瞼をガードする。あらためて寝る態勢に入ると、ポピーがまた話す。


「さっきは悪く言ってごめんね」


「……ん」


「おねえちゃんが悪かったよ」


「……こっちも言いすぎた、ごめん」


「もっかいなかなおりしよ、あくしゅ」


「うん」


 ほんの指先だけで握手をする。さっきより弱いつながり、でも後引きなしの、ケンカの終わりの握手だった。


 そのままポピーが私のおでこにチューしてくる。ネメシアさんのような不思議な充足感はないが、ポピーの精一杯の思いやりと愛しさを感じる。またチューされる。


 ポピーとはいつもこうだった。けんかはよくするし、お互い口も良いわけじゃない。でもすぐにこうして仲直りして、また一緒に遊ぶ。

 ポピーはおねえちゃんとして自分を見てほしいらしいが、私にとっては正しく親友だった。


 二人とももう言葉が続くことはなく、指をつないだまま眠りに落ちていく。



 今の私は毎日が夏休み。一月はこうしてる。気の向くままに遊んで、眠って、また遊ぶ。ちょっとしたおつかいを頼まれたり、新しい外遊びをみんなに教えてみたり、自由な生活。


 たまに地球のことが思い浮かぶけど、別にすぐどうこうできるようなものじゃない気がするし、半ばあきらめてる。

 何をするでもなく生きるというこの穏やかな暮らしが今はいい。


 太陽の光がぽかぽかと心を洗っていくのを感じる。



(……きもちいー)


 そんなことを思いながら私は夢の世界へ羽ばたいていった。

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