表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精の輪っか  作者: ゆーれい
第1章 めざめの森
6/22

こわい。でたくない

 スノーは妖精の子たちといっしょに湖の周りをお散歩していた。数日前の外出でもうすっかり外に慣れ、何もかもが楽しくてたまらないといったご様子。

 お姉ちゃん達と両手をつないでぴょんこぴょんこしながら足を前へ進めている。時折両脇のふたりが持ち上げてくれるのに合わせて小さな翅をぱたぱたさせて身体をちょっと浮かしてみたり、休憩がてら二人の手にぶら下がったり、歩くだけなのにせわしなくチョロチョロしている。

 妖精の子たちもスノーの様子が可愛くてたまらないらしく、上限二枠のスノーの手を絶えず争っている。それでも手の空いてる子はあたりをぐるぐると飛び回ったり、走り回ったり、これまた落ち着きがない。みんなでいっしょくたの団子になってお散歩をしていた。


 そんな中、ポピーだけは、ちょっと離れたところでその喧噪を眺めていた。普段の元気はどこへやら、自身のオレンジパーマをいじりながらボンヤリしている彼女は頭について離れないことがあった。先日自身が連れ出した末っ子、リリーのことだった。

 ゴロン、と転がる。そしてつぶやく。


「リリーだいじょーぶかなぁ」


 早くちびっこたちと遊びたかった。だから連れ出した。するとスノーはしっかりなじめたけど、リリーはウロの中に引きこもっちゃった。


「……お外こわくなっちゃったのかな」


 リリーを見つけたときはアリンコの巣の中で気を失ってた。アリンコを見てびっくりしすぎたみたい。きっとそのせいで怖くなって、出てこなくなっちゃったんだ。


 モヤモヤと頭を覆うものをポピーはどうにもできなかった。どう言えばわからなかったし、どうすれば消えるのかわからなかった。ただわかるのは、自分がまちがったことをしたのかも、ということだった。


「……だいじょーぶかなぁ」


 ただ横になっていることもできなくなって、ポピーはふらふらと飛び始めた。行き先は木のお家。リリーのとことだった。



――――――――――――――――――――――――



 帰りたい。


 もう頭に浮かぶのはそればっかりだった。

 部屋の隅で体育座りしてて何かが変わるわけじゃない。でもとにかくこのどうしようもない現実から逃げたかった。

 もう何日もたってはいるけど、こないだこの身にふりかかったあの災厄としか思えない虫ショックは完全に私のトラウマになっていた。甲殻に生える産毛までしっかりと記憶に刻まれている。どいつも私を食べようとバクバクと顎を動かして……


 ぶるっ、体が震える。


 思い出すなっ!考えるだけでこれだ。自分の素足をより一層抱きしめる。


 あの日に起こったこと、それは巨大虫だけじゃあない。見上げる程の大木も、見渡すほどの湖も、本当はなんてことのないありふれたものだった、ということが真に大事だったのだ。

 つまり、自分やみんなの姿を妖精みたいだー、と思っていた考えはまさにその通りで、ホントに妖精サイズに縮んでしまっているのだ。蟻の大きさからして5センチくらいだろうか。親指サイズになってしまっている。

 そして大きさがそれっぽちしかないということは、もう人間の頃と同じ世界にはいられない。昆虫の世界に飛び込んだんだ。そしてそれは食物連鎖の底辺の世界だ。天敵はたくさんいるし、同じ虫同士でも貪りあう。テレビで見た動物番組でよく映ってた捕食シーン、食べられるのは決まって小さいほうだった。私なんてきっとそこらへんを歩いてたらトカゲとか、ネズミとかが飛び出してきてムシャムシャと食べちゃうんだ。



 ――全生物を同じ大きさにしたら蜘蛛が一番つよいんだって


 ――カマキリは獲物を鎌でがっちり捕まえた後は生きたまま捕食するんだ



 ああああああっ!なんでこんな嫌な豆知識ばかり頭に思い浮かぶんだ!悪い想像しか思い浮かばない。なんでこんなことになってるんだろう。ファンタジーな世界に生まれ変わってみたい、なんて子供じみた妄想、したことないわけじゃない。でも誰にだってここだけは嫌だ、っていう漫画世界はあるはずだ。今私はまさにそれなんだ。

 自殺をした罰なのだろうか!ここは地獄で、畜生道で!

 なんで自殺なんかしたんだろう。確かに会社はもういっぱいいっぱいになるくらいに辛かったし、鬱じみた精神状態になってたよ。でもなにも身を投げることなんてなかったじゃあないか!父さんや母さんより先に死ぬなんてそんな親不孝なこと!


「……わたしがわるいんだ」


 そうだ。思えば高校時代の旧友もいたし、頼ろうと思えば親戚もいた。退職も頑張ればできたかもしれない。辛いことから逃げる人生を送ってきて、送ってきて、いざ会社にはいったら耐えきれなくなってまた楽な道に逃げたんだ。こわい。今までのツケがくるのが。こわい。罰を受けるのが。こわい。目に写る全部が。


 唯一外とつながる穴を見上げる。外に行く前はあれだけ出たかったその場所も今はなんの魅力も感じない。逆に見上げていると、また、あのデカい怪蟲が顔をのぞかせるんじゃあないかと頭をよぎる。

 心なしか、ガサゴソと、何かが擦れる音がする。や、やばい。耳をふさぐ。でもまだ聞こえる。耳の中で鳴ってるみたいだ。


「ひぃっ!」


 終いには目もつむって、顔を伏せて、外界との接触を断っても、まだ聞こえる。瞼が痛いほどに閉められる。心臓が早鐘を打つ。手が震える。肩に、何かが触れる。


「わぁっ、あああっ!」


「あっ、」


 格好が崩れて、コロンと転がる。そのまま頭を抱えてうずくまり、体を丸める。そんな鉄壁なようで無防備な構えをとった私に声がかかった。


「怖がらなくていいわ。私よ。ネメシアよ」


「…………」


 じっとダンゴ虫になっている私の背中に手が添えられる。あったかいネメシアさんの手だった。何も答えないでいると、その手でそのまま抱き寄せて、私の頭を膝に乗せた。心が固まっている今の私にはいつぞやのように慌てる余裕なんてなかった。されるがままに膝に鼻をうずめる。柔らかくて、いい匂いは変わらなかった。


「リリー、元気をだして」


「…………」


「外に出ないと体に悪いわ」


「…………」


「お日様を浴びないと……」


 ごめんなさい。

 また今日もネメシアさんを困らせてしまっている。彼女の髪をなでる手つきはこんなにもやさしいというのに。でも今の私には外へ渡る力なんてないんだ。この狭いウロの中だけでいい。


「……リリー」


「…………」


「……私はこれが精一杯」


 そう言うと、ネメシアさんは私の目尻に口づけた。触れたところがポワッと多幸感に包まれる。湖の水を飲んだ時のような、充足感がこめかみからじんわりと広がる。欲しいものがやっと手に入った時みたいな、夢心地の気分になる。


 ――夢。そうだ、今までのことが全部夢だったら……。


 このまま眠気に身を任せて、次に目を覚ますのが郊外のボロアパートでもなく、この薄暗い木の部屋でもなく、子供の頃に夏を過ごしたおばあちゃん家の縁側だったら……。



 ……幸せだろうなぁ。



――――――――――――――――――――――――



 いつも寝てる木の足元に到着すると、ちょうどネメシア様が下りてきたとこだった。ネメシア様もリリーのことをすごく気にしてた。一日に何度も外に出ないリリーのために来てるんだ。

 駆け寄ってギュッと腰に抱き着く。服を握るその拳は不安の現れだった。


「ネメシア様っ!リリーはどうなの!?」


「寝たとこよ。しばらく寝れてなかったみたいで、良かったわ」


「……お外にはでれそう?」


「……無理ね。すごく怖がってる、不思議なくらいに。こんなの初めてだわ、どうしましょう。精霊様の力を借りたほうが――」


 ネメシア様もどうすればいいか分からないみたい。どうしよう。

 そこで、自分の中に溜めていた言葉を出してみる。


「ネメシア様っっ!やっぱり、アタシのせいなのかなっ!!」


 自分の心をうまく言葉に乗せれなくて、詰まりながら叫ぶ。


「アタシが、リリーと、遊びたいからって、外にっ!アタシ、ううっ、バカだから、考えなしにっ、ひぐっ!」


 終いには嗚咽まで混じって、言葉にならなくなってくる。


「もっろぉ、ネベシアさまのこど聞いてればぁっ!こんらころにぃ!」


「あらあら」


 ネメシア様が大玉の涙をぐしぐしと拭いてくれても次から次へとあふれてくる。さらに頭もよしよししてもらう。でも止まらない。

 ポピーの心につっかえている物、それは罪悪感だった。自分の発した外に行こう、という願望が結果として今リリーを弱らせていることに自責の念を感じていたのだった。そして、ネメシアはポピーのその心を痛いほどに理解していた。だから次のセリフを言った。


「そんなことはないわ」


「……えっ?」


 ネメシアは断言し、続ける。


「ポピーは何も悪くない。むしろいいことよ。ポピーのいいところは元気なとこ、真っすぐなとこ、優しいとこ。リリーやスノーのことを想って貴女は出ようと言った。そうよね?」


「…………うん」


「時には突っ走りすぎることもあるわ。でもポピーは早くあの子たちに自分の楽しいこととか好きなものを見せたかっただけなのよね?」


「……うん」


「ならポピーはなにも間違えてないわ。自分の真っすぐな心のままにしただけ。リリーに会うんでしょう?」


「うんっ」


「ポピーは好きなようにするのが一番いいわ。ただし寝てるから静かにね?」


「わかったっ!!」


 半べそをかいていた目の最後の一滴をぬぐうと、そこに残ったのは晴れ晴れとした笑顔だった。ポピーは明るくて、さわやかな性格。うじうじしてるのなんか似合わなかった。だから、ポピーは自分の意思の通りに行動しようと思った。


「ネメシア様ありがとうっ!ふっきれた!さっそく行ってきまーす!!!」


「ええ、無理しないでね。ホントにね?」


 ネメシアの忠告はもう耳に入ってないようで、バビューン、と自慢の翅を羽ばたかせてウロの中へと突撃していく。ネメシアは濡れた袖をぬぐいながら、見上げる。自分ではどうにもならないリリー、あの子ならもしかしたらと考えながら。でも調子に乗りがちなポピーの様子に一抹の不安が隠せない。




(危ないことだけはしないといいのだけど……)


 正しい心には正しい行いがついてくる。ネメシアはそう信じるほかなかった。

たとえるならピクミソになってしまった、みたいな。それもオリア―なしの。リリーはそんな心情ですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ