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妖精の輪っか  作者: ゆーれい
第1章 めざめの森
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違う!小さいんだ!

「お、おー!」


 草のトンネルを抜けるとそこは湖だったのだ。それも対岸がかなり遠くにあるような大きなものが。さしもの大樹もこの広い湖の上まで覆い尽くすことはできないようで、水面は降り注ぐ太陽の光を反射してキラキラと輝いている。でもすごいのは大きさじゃない。(岸までは1キロくらい、これなら日本にもあったし驚くものじゃあない。)


 透明なのだ。水はガラスよりもなお透明で、底の水草が揺らめく様が見て取れる。それがはるか先でも全く同じように底まで見えるのだ。ウン十メートルもの透明度を誇るこの水、これはテレビでもみたことのない見事なものであった。さらに言えば、こんな大きな湖でも不思議なことに魚はいないようで、水面は実に穏やかなものだった。


 よてよてと駆け寄っていくと、ネメシアさんも合わせてついてきてくれる。転ばないように支えながら。


「わっ、てっ」


 あっ、足の裏がちょっと痛いっ、でも進むっ!


 地面はもう小石になっていた。カラフルで、丸っこい。一生きれいな石集めに困らなさそうな石だった。

 そんな小石たちを踏みしめながらようやく水際に到着する。


 こんなきれいな水を前にしたらすることはひとつだろう。実をいうと、目を覚まして以来、今の今まで何も口にしてはいないのだ。一週間くらいはずっとだ。でもなぜか、体におかしいところがなかったので、まぁこれもファンタジーだと流してはいたけど、ここにきて、何となくのどが渇いてきた気がする。

 この小さな両手で掬って飲もう。きっと美味しいに違いない。そう思って水を手で掬うと、思わぬことがおきた。


「へ?」


 手の上にこんもりと、丸く透明の水が乗っかっているのだ。


「え?え?」

 水じゃなかった!?

 揺らしてみると、手の動きに沿ってプルンプルンと揺れる。


「ええ???」


 でも手を離すとポチャンと水面に落ちて同化する。

 やっぱり水なの!?わけわからん!

 ただの湖だと思ってたけどなんか変だぞ。


 思わず周りを見てみると、みんなも同じように水の塊を手に持っていた。そして顔を付けている。

 よく見ると吸い付いてる?飲んでるってこと?やっぱ水なの?これ?


 すると左右から手がのびて水(?)をすくってみせた。ネメシアさんの手だ。


「飲んでご覧?美味しいわよ」


 そう言ってネメシアさんが手のひらの上に乗せて近づけてくる。プルプル揺れるそれは鼻に近づくとなんか、花みたいな香りがする気がする。

 そして振り向くと、これまたいい匂いのするお人がこちらに素直な眼差しを向けている。良かれと思ってやってるみたいだ。イジワルをされてるわけじゃない。


 でも目の前に差し出されたのはゼリーのような謎物体。疑おうなんて頭になくても思わずのけぞる。そしてネメシアさんがまた近づける、さらに私が下がる。


 フニョン。


 うっ!!!?

 ビクッと震える。後頭部に触れた瞬間、何が当たったか分かってしまった。その暖かさ、柔らかさにやられて身体がピシッと固まる。


 それは謎ゼリーが唇につく合図でもあった。

 そいつは瞬きの間に舌の上にのり、ノドヘ下り、そしてお腹の中に落ちていった。

 反応する間も無く起こったその現象、それは一瞬の出来事だったけれども、その後の余韻は一瞬ではなかった。なにか足りなかったものが満たされるような充足感、それがお腹の中から手足の先へじんわりと広がっていく。この世界にきて初めて口にするもの、それはつまるところ一言だった。


「こほっ、……。お、おいしい…………?」


 舌の上では確かにミネラルウォーターの冷たいすっきりとした味だった。でも喉を通った後、お腹を通して言い知れぬ気持ち良さとか心地よさとかが身体の中に充満したのだった。五感の外にある、人間の感覚にはない何かを感じ取ったのだ。


 ネメシアさんは咳き込んだ私の背中を優しくさすってくれている。そしてこうするのよ、と言ってピンクの唇を蕾のようにすぼめて残った水に口をつける。

 

 か、間接キス……、


 そんなちょっとドキドキを抑えられない私を傍らに飲み方を実演してくれていた。唇をつけて、いったん口に含み、口を閉じて嚥下する。一連の流れをおとがいの細かな動きまでつぶさに見せられる。

 私の飲んだ水を目の前で美人さんが飲んでいて、さらにその様子を見せつけられている。なんだろう。なんかこれ、実はすごく恥ずかしいことしてるんじゃないか?


「ん、ほら」


「えっ」


 手のひらに乗るくらいになった水をまた差し出された。


 の、飲めと!?

 ネメシアさんを見ると見守るような優しい顔で見つめ返される。レクチャーの続きをしてるつもりらしい。レッスンツー、美人さんの手から直接間接キスせよ、というわけだ。


 できるわけがない!!!


 男子校の中学生レベルで女の子との触れ合い経験がなかった初心な私にそんな高等なことできるわけがない!


 顔真っ赤にしてあたふたしてもネメシアさんの手は容赦なく迫ってくる。かといって、後ろに下がってしまえば、さっきのようにスケベってしまう。詰んだ。どうしようもない、でもこんなの耐えられない、どうしよう、ううぅ~~、


「やぁっ!」


「あっ」


 目の前の手を跳ね上げる。するとその上の水は自然の摂理で手の平を離れ、そして後ろのネメシアさんにかかってしまった。


「ご、ごめんなさい!」


 反射的に離れて謝る。

 私の邪な気持ちが先行するばっかりに……!


「ごめんなさい、ごめんなさっ、……!?」


 目に入ってしまった。さっき私が誤って触れてしまった2つのアレ。濡れて柔布が張り付き、くっきりと浮き出ていた。ベールの黒さはもう彼女の白くて、丸いそれを隠すことはなく、むしろ先端の淡い桜色を際立たせている。とても綺麗で、神秘的だった。

 いいのよ、という声も耳に入らない。心の底にあった情欲と、羞恥心と、罪悪感と、背徳感と……。胸をキュウと締めつけてくるそれら全部がないまぜになって襲いかかってくる。


 そして、私はパンクした。


「うにゃああああ!!!」


 来た道を駆け出す。せき止める声が聞こえても止まらない。ビーズみたいな石が痛くても止まらない。とにかくここにいられなかった。


 細道に入り、草の根を分け、さらに先へ進む。どこへ走ってるかもわからなかったけど構わなかった。頭に焼きついた光景を振り切りたかった。

そしてようやく私の足が止まったのは、何かにつまづいて転んだ時だった。思いっきりつんのめって前に転がる。


「うー……」


 手をつくのに失敗してあごを打った。それに膝が痛い、なにか硬いものに思いっきりぶつかったみたいだ。

 起き上がれないでうつ伏せていると、いきなりトゲトゲしたものに足を挟まれる。皮フに食い込む。


「あぃたっ!」


 頭に声をあげてしまう。一体なんだ、と思い、振り向く。


 絶句した。


 挟まっていたのは黒光りする顎。それにつながるのは冷たい頭。それからでてる触覚が私の腿まで届いてつついてくる。

 ひゅっ、と声のない声がでる。

 原因は大きな蟻だった。それも大型犬並みの大きさの巨大な蟻だ。そいつがゴリ、ゴリ、と私の細い足首を食んでいるのだった。


 知性を感じられない複眼の一つ一つに私の顔が写り込んでいるのが見える。しかし、そのどれもが恐怖に歪んでいた。


「う、うわぁあああああああ!!!!!」


 自分の声とは思えない絶叫がでる。思わず蹴りをだすと、蟻はそれを避けてパッと離れる。

 それを機に全速力で駆け出す。同時に、私は不気味なほどに巨大な蟻を見てようやく悟ったのだった。生き返ってから、今までに体験した不思議、その全てに説明がつく理由が。



 森のあらゆる木が雲に届く高さなわけじゃあない!ホントはどれもただの普通の木だったんだ!

 湖の広さも見たままの広さなんかじゃない!ホントは公園にあるような小さな池なんだ!

 手のひらですくったあの水もそうだ!ホントはあれは一滴の水滴だったのだ!

 見える景色あらゆるものが大きいわけがない!ホントは……、



 ずぼっ、と地面を踏み抜く。足が空転して転がり、体が下へ突っ込んだ。

そこに広がるのは世にもおぞましい光景だった。一面の黒、黒、黒。巨大な蟻たちが上も下も横もどこもうごめいている。気色の悪い何十本もの足が私の裸を爪を立てて歩いている。ゾゾゾ、と音を立てて触覚たちが肌の表面を撫でていた。


 ぷつん。私の中の決定的な何かが切れてしまった。正気を保つ限界に達した私の頭はもうダメだった。音が消え、景色の黒が白へと変わっていく。


 薄れゆく意識の中、私は一つの言葉を思い浮かべていた。全部の疑問に答えを与えてくれる言葉だった。




 ――――違う。



 ――みんなでかいんじゃあない。



 ――ホントは、ホントは私が小さいんだ。




 ――私がちっぽけになったんだ。

※虫多数注意。特にお食事中の方。

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