で、でかすぎる!
ポピーに両脇を抱えられてふわりと身体を持ち上げられる。
「ふわぁ……!」
口から変な声が漏れてしまうが、それもそのはず。飛ぶ前提の高さにあり、このちっこい身体じゃまるで届かなかった外への出口へと近づいているのだから。だから決してこの口がだらしないわけじゃあない。
ようやく外の景色が見えてくる。直接陽が射してるわけじゃなさそうなのに、ひどくまぶしい。ようやくはっきりと見れたのは、もうすでに出口をくぐった後だった。
「お、おお!?おおおお!」
な、なんじゃこりゃあ!や、やっぱりここはファンタジー世界だったのか!
誰もかれもが飛んでる時点で空想感満載だったけど、この景色を見たらもうそうとしか考えられなかった。
「デ、デカい!」
デカいのだ。木が。木々が遠景のほうにまるで、摩天楼群のように天へと突き刺さり、そして大きな腕を目一杯に広げていて、緑7割、青3割といった具合に空を覆い尽くしている。いつも穴のうちからチラリと見えていた緑の空のようなものは全部葉っぱだったのだ。
「ぷししー、リリーってばへんな声ー」
何も耳に入らない。ただ、ただ呆然とする。
さらに振り返ると、そこは茶色い壁に小さな横穴。上を向くとこれまた広がる緑の天井がザワザワと低いうなりを奏でている。
ま、まさかこれも木なのか!?
なんかこの部屋丸いし木のウロみたいだなー、もしかしたらデッカい大木に住んでたりしてー、なんちゃってーぐらいにしか考えてなかった自分はもしかして想像力がなかったのだろうか。
もう大木だとかそういう言葉で表せるもんじゃない。世界樹だ。自分のいた部屋なんてほんとにちっぽけなくぼみみたいなもんだったのか。
私は東京タワーの真下に来たときに受ける迫力と全く同じものを感じていた。そこには何百メートルもの生きた巨塔がそびえたっていた。
しばらく下降していって、これまた背の高い草藪よりも低くなって、ようやっと根っこの間の地面、本物の土の上へと下ろされた。
「だ、だへぇー……」
「だいよーぶ?」
思わず腰が抜ける。先にいたスノーが心配してくれた。というかスノーはこれみて平気なのか。もうなんもかもが非常識だ、非現実的だ。日本どころか世界でもこんなのあるわけないし、もうわけがわからん。
死んでから、また生まれ直したとおもったらいつのまにか地球圏外にいた。じ、自分でもなにいってるか分からねーが頭がどうにかなりそーだっ。
「あら?リリーはどうしちゃったのかしら?」
「リリーってば驚きすぎてへたっちゃってるの!ビビりね!」
「ビビり?ビビりのリリー?」
「びりりー!」
「ダメよ。そんなこと言っちゃあ。リリーはまだ生まれたてよ」
「あいー!」
いつの間にかほかの子たちも集結している。それをネメシアさんが注意する。ネメシアさんは私たちとは違い、らせん階段を降りるように、ゆっくりと、一歩一歩空中を歩いて下へと下りてきた。足裏には光るもやがあって、彼女を支えているようだった。
てか、ネメシアさんそんなカッコで上にいると大事なとこが下からモゴモゴ…………
そんな追い打ちを食らっていると、みんなが輪になってなんやら騒ぎ始めていた。どうやら私とスノーの行く先を決めているようだった。
「アタシはひろば!ひろばにいきたい!みんなでいっしょにあそぼうよ!」
「やー、スノーたちはまだ飛べないっしょー。ハチ公園は?」
「それこそ飛べないといけないじゃん!」
「あそっかー」
「スノーは?スノーはどこいきたい?」
「おねえちゃといっしょ!いっしょにいきたいお!」
「あぁ!かわいいなあ!そうね!ポピーおねえちゃんと一緒ならどこでもね!」
「ポピーだけのこと言ってるわけじゃないとおもうけどなー、わたしゃー」
わちゃわちゃと一向に決まらないようだ。そこへ、輪の中央に降り立ったネメシアさんが鶴の一声を差す。
「リリーもスノーもまだ小さいからそんなに遠くへはいけないわ。道の続いてる湖くらいまでにしましょう」
「えー!」
「もっとスノーといたーい!」
「そうだよー」
「文句言わないの。すぐに大きくなるのだから我慢なさい。今はこれくらいがちょうどいいの」
うまく聞き取れなかったとこもあるけど、遠いとこへは行かないっぽい?まあ、とりあえずよかった。もう正直お腹いっぱいなので、帰ってもいいくらいなのだ。
かがんだままでいると、ネメシアさんがそっと手を出してくれた。
「リリー?大丈夫?立てるかしら?」
「う、うん」
その温かい手を取ると、ゆっくりと起こしてくれて、そのままぽふっと彼女の懐に納まった。薄布ごしに目の前にきれいなおへそが透けて見えて、思わずどきっとしてしまう。すると、ネメシアさんは頭越しに私のお尻をポンポンと払い始めた。
「あっ、あわっ、あわわっ」
「さっ、行きましょうか」
そして、何でもないかのように私の手をやさしく握って先へ促してくる。私がドギマギさせられるような行為でも、彼女は自然なことのようにしてくる。いや、実際自然なんだろう。彼女にとって私は小さな子供なのだから。
「しゅっぱーつ!」
「わーい!」
そうして、初めての遠足が始まった。家より高い藪の間、土の地面、そこにできた獣道を進んでいく。ネメシアさんを先頭に、後ろのほうで、みんなはスノーを囲みながら列になっていく。いつの間にか草笛ラッパを携えて鳴らしながらついてくる子もいるし、もちろん飛んでる子もたくさんいて、自由気ままにあたりをうろちょろしている。みんなおしゃべりしたり、演奏したり、スノーをかわいがったりと思い思いで賑やかだ。さながらパレードの行進のように進んでいく。
「道はいくつも分かれてるけど湖まではまっすぐ続いているわ。私がいつも来るときはここを通るのよ。それから――」
ネメシアさんは私の相手をしてくれていた。彼女の話は耳慣れない単語とかはあるし、内容を理解はできてない。でも、彼女の思いやりは感じ取れた。
歩調は外を初めて、裸足で歩く私に合わせてくれるし、躓きかけてもすぐ引き上げてくれる。眼差しは柔らかく、私の小さくなった手も包み込んでくれて、心の中の不安が薄れていくようだった。
初めての外界に対して、私がスノーよりもずっと動揺していたのが伝わったからだろうか。寄り添ってくれている。ぴったりとくっついた身体もキュッと握るこの手も放す気なんて起きなかった。
みんなには様呼ばわりはされているけど、生まれたての私へのふるまい、みんなへの態度、ただ一人の大人……。
……つまりこの人がこの世界での私の『お母さん』、なのだろうか。
そう考えると、この人の顔を邪な感情に邪魔されずにもう少しまっすぐ見れる気がする。
……まぁ今は見上げると否応なしに目に入るお山さんに気が行っちゃうんですけど、てへへ。
そんなこんなで、挙動不審に上やら下やらに目をやって変な気分にならないように乗り切っていると、細かった道が一気に開けて、目的と思われる場所にたどり着いた。
草のトンネルを抜けるとそこは美しい湖だった。