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妖精の輪っか  作者: ゆーれい
第2章 湖畔の子供たち
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後ろ向きのリリー

「ふぅ……」


 ため息とともに作業の手を止める。疲れからではない。別に終わったわけでもない。ただ、なんとなくこり固まった背筋を伸ばしたくなっただけだ。


 前を見ると、ネメシアさんは私と違って、集中を切らさずに黙々と進めている。今彼女がしてるのは、ポカポカ茸(今日みんながとってきたものらしい)を薪割りみたいに割る作業だ。

 石のナイフにふんっと力を入れてこなしていて、彼女の力んだ頬に朱がさしている。


 ガーデニアさんはというと、ネメシアさんの背にピタリと張り付いていた。肩にあごをのっけて、どこを見てるんだか分からない胡乱な目つきだ。邪魔をしてるんだか、体重をいれる手助けをしてるんだか分からない位置取りだけど、まあいつも通り大人しくしている。


 ボーッと見ていると、それに気づいたのかネメシアさんがすっと顔を上げた。そして、短く告げられる。


「まだ途中ね。続けて」


「うん」


「これもリリーにとって大事なことよ」


「分かってるよ」


「貴女のためを思って言ってるの」


 ネメシアさんは私がこの『仕事』に乗り気じゃないことはわかってるんだと思う。だからこそ、必要性を説いてくる。


 彼女に言われてまた手を動かし始めるも、しばらく時間が経ってくると、彼女の隙を伺いながらまた小休憩を始める。さっきから私はそういう繰り返しを延々としていた。

 ヤダなぁと思いながらやっていても、ちょっとした拍子に集中力は切れてしまうのだ。


 これはポピーやスノーたちと面白おかしく遊びながらやっていたおつかいとは全然違う。ちっとも楽しいとこなんかないし、興味も湧かない。

 あれは友達に贈るプレゼントを選ぶときの心境というか、こうしたら楽しそうだとか、これをやれば盛り上がるみたいにいつも新鮮な喜びと新しい冒険があったのだ。

 今してるような、進捗を逐一見られながら、ルーチンワークをとにかくこなしていくのとはまるで違う。


 それにネメシアさんはもちろん知らないだろうけど、私の死因はいわゆる過労死ってやつなのだ。

 そんな私に「これとこれとこのワークをやってもらおう。そんで終わったら単身赴任ね。あともう戻ってこなくていいから」みたいなことを言っても、はいそうですかと納得するだなんてできるわけがないのだ。


 この『仕事』を始めて今日で一週間そこそこ。そのくらいでギブアップなんて情けない、だなんて思う人もいるかもしれない。

 でもこの、大好きなこの場所を離れるためにやるだなんて、その終着点がどうしても許せない。ゆるゆると引き延ばしたくなるこの気持ち、誰か分かってくれないかな。


「今日こそ遊びにでちゃダメかなあ」


「ちょっと難しいわね」


 ダメ元で聞くも、無下にされる。難しい、だなんて言い方しなくても、ストレートに駄目だと言えばいいのに。


「スノーは?スノーはなんもしないの?」


「あの子も今ごろがんばってるわ。だからリリーもしっかりするのよ?」


「そうだね。みんなとわいわい遊びながら、ね」


「……関係ないこと考えてないで勉強しなさい。今の貴女にはそれが必要よ」


「わかってるよ」


 流石に私の言い草にムッときたのか、ネメシアさんの声色にトゲが混じる。

 額の真ん中が掻きむしりたいくらいにぴりぴりする。そこが疼くたびに嫌な感情が次から次へと溢れ出てくる。きっとそのせいでネメシアさん相手にこんな皮肉が飛び出したんだ。



 スノーもあの日一緒に呼び出されてたのに、なんで私だけ。


 忙しいならガーデニアさんにも働かせればいいのに。


 こんなつまらないことをさせて楽しいの。


 そんなに私を追い出したいのか。



 私ってこんな鬱っぽい性格だったっけ。それとも、スノーやポピーと自由に、気ままに過ごせてた時はなりをひそめてただけ?

 このくらいのストレス、どうってことないでしょ。ただ楽しくなくて、目標も望むところじゃなくて、前世のブラック会社みたいな、そんだけ。


「はふぅ」


 そんなことを考えてたらやっぱり小さくため息が漏れた。ぱっと隠してみても、ネメシアさんにはバレてた。ジロリと見られる。

 もう手はうごかしてますよーっと。


 そんなサボり魔と先生みたいな攻防を再開しようとすると、肩をトントンと叩かれる。


「うん?」


「…………」


 ガーデニアさんだった。いつの間にかネメシアさんの肩からいなくなって、私の背後に回っていた。存在感ある見た目してるのに、動きだけは気配がない人だ。


 手を後ろに回してる。何かを隠してるよう、というか隠してる。パクパクと口を動かしたり、目をあっちこっちに揺り動かしたりと珍しくせわしない動きをしている。

 とりあえず何か伝えたいことがありそうなのは分かった。面倒な作業が後回しにできそうだし相手にしてみよう。


「どうしたの?」


「……………………」


 聞いてみても、反応は薄くて、動作は緩慢。でも返答を引き出せるように、顔を近づけ、十分時間待つ。すると、ようやく思い立ったのか、背後にかくしていたものを見せてくれ――、


「わぁぁっ!!!」


「ッ!!」


 く、くもぉっ!?

 ガーデニアさんが抱えていたのは両手で持ってあまりある黒々とした蜘蛛。しかもガーデニアさんまでびっくりして落とされたそいつはシャカシャカとこっちに向かってくる。


「ちょっ、ちょちょちょぉお!」

 ガラガラァッ、と午前の成果をなぎ倒しながら後ずさる。ついにネメシアさんの懐まで下がらされ、もうダメだ!と思う最中、不意に蜘蛛は進路をそらしていった。

 向かった先は伸ばされたネメシアさんの手。手首から二の腕を昇り、肩の上で落ち着いた。


「ああ、みせないようにしてたのに」


 ネメシアさんが呟いた。ひとまずネメシアさんからも距離をとる。

 コイツのことは彼女も知ってはいたみたいだ。


「な、なにそれ」


「うーん、この子のことは後々で……」


「いいから!そ、それは何?なんでさわれるの!?」


「この子はねぇ……、」


 一拍置かれる。ネメシアさんの癖みたいなものか。考えながら話すときには言葉が途切れる。特に言いづらいことの場合は。


「この子は私たち家族の一員よ。牙もないし、噛むことはないわ」


「な、なんでそんなの飼ってるのさ」


「この子のだす糸は細くて丈夫なの。それを編めばとってもいい服が作れるのよ」


 こういうね、と自分の服をつまんでひらひらする。


 でも、その蜘蛛がそんなことができるとか、ネメシアさんがそんなことができるとか、今はそんなことが問題なんじゃない。


「そ、それもいずれ学ぶこと……?」


「……そうね。妖精は天職を一つ持つもの。私が貴女に授けられるのは――」


「無理無理無理、無理だって!」


 ゼッタイ無理!怖気が走る!

 腕で自身を抱きしめてガードを固める。

 これでもうサボタージュ三要素が揃った。こんなものを見せられて嫌にならないわけがない。


 そんな中、何も状況が分かってないのか、ガーデニアさんが再び蜘蛛を持ってのこのことこちらに近づいてきていた。

 後ずさりしても、なお寄ってくる。顔は相変わらずの何考えてるか分からない無表情。


 こっちは全身で嫌悪感を表現してるってのに、あんたと違って読みやすいだろ!

 嫌がってんのが分かんないのかこの人はぁ!


「このっ!」


「!!!」


「リリー!」


 そこらの物をつかんで手中の虫を叩きおとす。お腹を見せてモジャモジャし始めて、やっぱり気持ち悪かった。


「なんてことするの!謝りなさい!!!」


「謝る!謝るだって!こんな、こんな嫌がらせをされて……!」


「ひどいことをしたのは貴女よ!ぶつなんて悪いこと!」


「嫌だって言ったじゃん、私!虫苦手なの知っててやってきたのはそっちだよ!」


「でも、」


「でもなんてない!私は納得できる答えが欲しかったんだ。この仕事をやってもいいって思える納得できる答えが……。でももういい。もうわかった。こんなのやってらんないよ。こんな、嫌で、つまんなくて。出ていかせたいんだね、ホントに」


「リリー!話を聞くのよ、冷静になって」


「もうやめだこんなの!私は抜ける!」


 内に湧き上がる激憤と共に上へ飛びあがる。煙突の中へ入り、間もなく抜けて空中へ。

 そのまま対岸を目指して一直線に翅を羽ばたかせていった。向かい来る切り風でさえ、私の沸騰した頭を冷やすことはない。あんな人たちのおよびのつかないところまでまずは飛んでいきたかった。


 ちら、と後ろを振り返ってみると、遠くのちっちゃな豆粒は水色をしていて、追いかけてきてたのはガーデニアさんだった。


(真っ先に来るとしたらネメシアさんだとおもったんだけどな)


 頭の隅っこに残されていたほのかに冷静な部分はそんなことを考えていた。そして、その部分は彼女を撒くために、私の身体を藪の中へと突き進ませるのだった。

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