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妖精の輪っか  作者: ゆーれい
第1章 めざめの森
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妖精になった会社員

 朝の柔らかな光が小部屋のたった一つの出口から差し込んでくる。顔にあたるそれは少し冷えた体にほのかな温かみをくれる。私の意識がようやくはっきりし始めたのは、すでに周囲が黄色い声であふれている頃だった。


「あさだー!新しい――――!」


「――――寝てる?」


「いいねー」


「――!たのしみ――――!」


 ほんとにうるさい。あまりの姦しさに薄目を開けると、目の前には白髪の幼女がこの喧噪の中でもしぶとく夢の世界に居残っていた。私の腕を枕にしていて、むにゃむにゃと動く口元がよく見える。


 パッと見4,5才くらいの彼女の名はスノードロップ。不思議なことに、どうやらこの子は私の姉、らしい。

こんな小さい子が私の姉だなんておかしい?おかしくないわけがない。でも本当のことなんだ。だって今の私は――


「―――!起きた!リリー、おはよう!」


 一際元気な奴が私の狸寝入りを見破って、私の体を持ち上げた。そう、持ち上げたのだ。


 今の私は同じく4,5才くらいのこどもになっているのだ。しかも女の子。名前はリリーホワイトでみんなにはリリーと呼ばれている。

 でも実のところ私は三十路過ぎのおっさんで、軽々持ち上げられるような体型でもなかった。現実にはあり得ないことが起きている。ありえない。だって私は、


(あの時死んだのだから…………)



――――――――――――――――――――――――



 高田一雄は疲れていた。絞り切った雑巾のように疲労していた。時刻は1時過ぎ。駅のホームで終電を待っていた。


(………………)


 スマホで時間をつぶすことも、何か物を考えるような気力もなかった。うつむくことしかできず、ふらつく体で黄色い線の外側に立つことしかできなかった。


 流され続けてきて、順風満帆とはいかずとも、身の丈に合った道を進んできた一雄の人生は会社への就職を機に暗礁に乗り上げていた。

 毎日16時間を超える労働の日々、それにより絶え間なく起こるミス、上司の長い説教、更なる残業。そこが世間一般でいうブラック企業であることはなんとなくわかっていた。でも一雄にそこを去ることはできない。


 腰を悪くしてきた老いた親、同じく働く同僚後輩達、上役のプレッシャー、先行きの不安。それらのことを思うと辞めるなどということは一雄にはできなかった。

 辞めないならば私は明日もいつものように始業1時間前には席につくのだろう。その次の日も、その次の日も、同じように。そして夜が更けてからもずっと、いつまでも働き続けるのだろう。そう、ずっと。


 そう思い立ったとき、一雄の心に耐え難い閉塞感が襲った。動悸が走り、思わず胸を押さえる。元より頼りない足元がまるで地についてないかのように感覚が無くなる。心が重く、黒い何かによって押しつぶされようとしていた。

 苦しい、どうにかしなくては。どうすれば逃げられる。どうすれば――


 電車の汽笛が耳に刺さった。その瞬間、一雄の頭にひらめきのようなものが思い浮かんでしまった。


(そうだ、死ねば…………、)


 我に返った時、すでにライトがまっすぐこちらを照らしていた。


 それが最後の記憶だった。



――――――――――――――――――――――――



 しばらく後、子供たちはほとんど外に出ていった。残っているのは私とスノーとオレンジ頭のたしか名前は……。


「ポピー!ね、リリー!ポピー!」


 自分を指さしながら名前を連呼してくる。さながらペットの犬に名前を憶えさせようとしているようだ。同じことをやっと起きてきたスノーにやっているが、スノーはうるさそうに耳をふさいでる。


 私はポピーから離れるように隅のほうへ転がっていく。寝るときはみんなの体でおしくらまんじゅう状態になるこの部屋も三人なら広く使える。

 地面には南国の大きな草のようなものを使っていて、寝具も同様で感触が心地良い。壁は丸く囲んでいて、どっかの部族が使っているような土の籠や壺が並んでいる。全部自然そのままのものばかりだ。


 しかもそれだけじゃない。壁、床、天井の全て形作っているのは木だ。それも歪な生木。触れればほのかに湿っていて、シダの布団の下はおがくずと黒茶の土が混ざった柔らかい腐葉土のようになっている。まるで木の中をそっくりそのままくり抜いたような、そんな不思議な部屋だ。


「リリー!ほら!――――――!」


 ポピーが半分もわからない言葉で注意を引きながら私を寝床の中心まで引き戻してくる。この子は何かとすぐこうだから勘弁してほしい。何日とも知れない時間をずっと寝て過ごしてはきたものの、いまだ常に半覚醒の夢現といったところで、正直言って動きたくない。

 スノーはもう目が冴えてるようで、インドの毬みたいなおもちゃで楽しそうに遊んでいる。私はというと、ポピーにとにかくわからない言葉で話しかけられていた。


「きょう――、外で―――!―――でね、――で遊ぶと楽しい!」


 言ってることの端々だけはわかる。これでも一週間そこらでかなり言葉を覚えたのだ。赤ちゃん以上の記憶力かなにかで、一度意味に合点がいけば次に聞いた時にはすでに耳で理解できるようになっている。

 そういう意味じゃ毎日かわるがわる子供たちが話しかけてくれるのはとてもありがたい。それでも、ありがたいのだけれど、一つだけ、何より度し難いことがある。


 懸命に口を動かし続けているポピーに目をやる。ひまわりのように咲く笑顔の上にはもふっとしたオレンジの天然パーマが乗っていて、一目で彼女の元気さが伝わってくる。


 でも問題は首の下だ。彼女の首の下には何もないのだ。いや、ホントに何もないわけではない。あえて言うなら肌色しかないというべきか。


 マッパなのだ。正真正銘の全裸。しかも彼女だけではない。さっきまでここにいた女の子は全員服なんて存在知らないかのようだった。私とスノーだけが簡素な首飾りなどちょこまかとした装飾品を着けていたのだった。


(原始人か!)


 いや実際そうなんだろう。この飾りだけは、人工物の香りがするが、その他見えるものすべてはまんま原始人の暮らしだ。だから日本では起こりえない10才女児集団全裸が発生するのだ。


 というか、それよりもなおおかしいことがある。ポピーにもあるし、スノーにもある。背中のほうを見てみればしっかり私にもついている。

 それは触ってみれば見た目よろしくふにゃっとしている。羽根だ。それも鳥のようなやつではない。虫にあるような、虹色に照り返す翅が生えているのだ。


 ある程度感覚はあるし、動かそうと思えばそれこそ手足と同じように動かせる。理屈ではなく本能で知っているような感じ。ポピーのようにパリッと広がり切ってはいないがそれは人間にあるはずのない器官だった。


 ファンタジーやメルヘンじゃああるまいし、ありえないと思う。夢の中にいるのかと疑ったけど、寝ても覚めても変わらない。


 やっぱり不安だ。何がどうなってるのかさっぱりわからないし、これからどうなるのかもわからない。この小さい部屋をでることもダメらしいし、周りにいるのは全裸の妖精さんばかり。


 30過ぎておもちゃに熱中できるわけもないのでやることといえば、会社にいたころの忙しさが嘘のような、寝て過ごす毎日。


 突然生活が180度変わったんだ。

 正直なじめる気がしない。



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