キノコ狩り
今日は風の強い日。木の葉っぱのあるところへは飛んではいけないと、ネメシアさんから言われる。いわく、とがった枝に当たりでもして大怪我になったら大変、とのこと。
確かに森の中にすっぽりと空いたこの湖には上からの風がビュウビュウと入ってきている。風に揺れる梢枝は音を立てているがしかし、ちっちゃくとも自由に飛べるようになった私の身をもってすればそのくらいひらりと避けてみせよう。
母親の言う「危ない」は大抵「危なくない」っていうよくあるやつだと、そう考えてた時期が私にもありました。
「うぅっ!」
木々の間を一瞬吹き抜ける強い風に目をつむる。幹につかまり、翅をたたんで風にさらわれないようにする。その場に張り付いて、一陣の風が吹き止むのを待つ。そうやりすごさざるをえないほどの勢いだった。
「う、動けない」
「無事かーリリー」
「へーきー、スノーはー?」
「アタシのとなり。上のトビノコシカケに隠れてるよ」
見上げると、木の幹に突き出た大きなカサの下に、木の切れ端を持ったスノーとポピーがいる。うまいこと逃れてたみたいで安心だ。
風の止んだ隙をみはからって、ササッと私も二人のもとへもぐりこむ。三人も潜むと流石に窮屈に感じる。
「ふぅー、飛ばされるかと思ったよ」
「おっ?ビビったか、リリー?またビビったの?」
「うっさい、てかこんな日にこの仕事やるのおかしーでしょ。ホント大変だって」
「今年はすごくたくさん生えてるから、しっかり取らなきゃダメだってネメシア様言ってたよ」
「アタシも聞いたーそれ。ここんとこ雨続きでロクに刈ってないしねー。外でらんないのは退屈」
「冬ごもりの準備って実は結構遅れ気味なのかなぁ」
「明日はいいお散歩日和にならないかなー」
スノーとポピーが不安げにつぶやく。
でも、スノーはネメシアさんを心配して言ってるんだろうけど、ポピーは外遊びの心配してるんだな、これは。
今日のお仕事は、この風の盾にしているトビノコシカケをとにかく剥がして回ること。どうやらこのキノコは悪いキノコらしく、これがいるだけで木は元気がなくなるし、なにより私たち妖精のナワバリがどんどん縮むんだとか。全部ネメシアさんの受け売りだけど、要するに周囲の養分とかマナとかをガンガン吸い取っていくのかな。
ほっとけば私たち妖精の体躯じゃどうにもできない大きさに膨れ上がってくから、早いとこ伐採していかなきゃあならない。
しかも使えないことに見た目はキクラゲみたいな扁平なやつでぱっと見食べれそうに見えるのに、こいつは毒持ちだ。口にすると丸一日は腹痛に苦しむことになる。実証済み。
百害あって一利なしとはこいつのことをいうのだね。
「おーまた飛ばされてる子いるねー、どする?」
「助けに行くの?スノーもいくよ」
「だいじょぶだね。ほら、もう戻ってる」
あーれー、とか言いながら吹き飛ばされてた子がいても、そんなに慌てることはない。ほら、現にあの子もちょっと風が弱くなった時にせこせこと戻ってきている。
突風が吹けばすぐ流される小さくて軽い妖精だけども、ここは森の中。常に風が吹き続けることはない。彼方まで消え去っちゃう、なんてことはないのだ。
でも、行動がかなり制限されるから、全部が全部自由に動くなんてことはできない。現にネメシアさんの目が届くらしいこのあたりの木々の外で作業しない、もちろんお遊びなんて絶対しない、とネメシアさんに約束させられてる。
こっから彼女がどこにいるかはわからないけど、多分なんかあったらあの人のことだからすぐさま駆けつけてくれるんだろうな。
まあ、飛べるから墜落死、なんてことはないけど仮にもとび職まがいのことをしてるんだから、今日ぐらいは真面目ムードは崩さないでおこう。お仕事をするのが嫌だからって、遊びの誘いに乗りすぎちゃったかも。
よし、まずはこいつをひっぺがす!がんばるぞ!
「ところでふたりとも、ここにいいものがーー」
「てぇい!」
「あぁっ、ボールが……!」
哀れポピーの手にあったボールは風に揺られながら地面の方へ見えなくなっていった。おふざけは終わりだ。
最近はネメシアさんにポピーとセットで怒られることが多くなってるからね、たまには違うってことを見せないとね。
「よーし始めるぞー。ポピー木の枝かして」
「うぅ、ボール……」
「ポピーねぇ、また作ればいいから。あっ、スノー上行くね」
「じゃあポピーは先っちょで頑張って揺らしてね」
「あいよぉ……」
そうして三人が定位置につく。私とスノーで切れ端の両端を持って、トビノコシカケの根元に当てる。
これはノコギリだ。拾ってきた木の皮の一片を小石で割ってギザギザを作っただけのシンプルな作り。すぐダメになるけど、無いよりは全然早く作業が進む。
思いつきの道具だったけど形にしてよかった。
「いくよー、せーのっ!」
「えぃっ、やっ!そぃっ、やっ!」
スノーと二人でノコを挽いていく。双子なだけあって息はバッチリ。風が吹くたびに中断になるものの、柔らかい繊維をどんどん切っていき、すぐに中程まで刃が達した。
「ポピーキィッーク!」
そしてここからはポピーの出番。
空中にオレンジ髪と背中の翅を広げて浮かび上がって、一時静止からの全体重を乗せたストンピングを繰り出す。
飛ぶ時とは逆の下方向への揚力をも加えたそれは幹に張り出したキノコを大きく揺らす。
そして、衝撃を二度、三度と加えていくうちにキノコの台座が傾いてゆき、ついにはメシメシと大木の折れるような音を立てながら千切れて下方へ落ちていった。
大物をまた一つ。やってやったぜ。
「またつまらぬものを斬ってしまった……」
「?、なぁにそのセリフ。なんかの合言葉?」
「あっ、や、なんでもないよ」
「つまらなくはないよね。ドッジのほうが面白いだけで」
「うん、スノーも楽しいよ。だってリリーとポピーねぇと一緒にやってるんだもんね!」
「アタシもオモロいかなあ。末っ子のチビたちがバカやってるの見るのは」
「もうチビじゃないし一番バカやってんのはポピーでしょ」
「あははっ」
スノーがフワフワの白い髪を揺らして笑う。かわいい、つられて私も笑顔になる。そして私たち双子と肩をガッチリ組んでくるポピー。今日の仕事でだいぶ足に来てたけど、しっかり支えてみせた。
あー疲れた。なんたって今日はこの風の中、高い所で力仕事をずいぶんこなしてきてるからね。酷使した腰なんてまだ幼いのにもうバキバキだ。
でも、なんとなく嫌じゃなかった。そう、学園祭の準備で友達と駄弁りながらやる設営作業が辛くとも充実感のあるものだったように、今日のお仕事もスノーとポピーと一緒だったからやる気がでたし、楽しかった。
仕事……、あのブラックで大嫌いなのとおんなじ言葉なのに中身はまるで違う。
久しくできることのなかった心の通い合う友達。その友達とやることならなんだって面白おかしくなる。それがお仕事だとしてもだ。ふたりとなら乗り越えられる。
「んん――!今日のノルマ終わり!」
伸びをする。ちょうど風も止んだことだし、このまま下まで飛んで降りちゃおう。翅を震わせる。
「よおし!じゃ、はやくネメシア様のとこ行って遊ぼうよ!日が暮れちゃうや!」
「なら下まで競争だ!時間はないぞ、よーいドン!」
「ふぇぇ!?待ってよぉ!」
「タンマなし!遅いよ!」
仲良し三人組ってのは私たちのことだね!
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「ネメシア様ー!終わったよ、八個!おとすの!」
「あら、早いのね」
いた。いつもの広場だ。駆け寄ると、それに応じてネメシアさんも寄ってきてくれる。並ぶと、ネメシアさんにはまだまだ頭一個は差がある。ちょっと悔しい。
私たちが落としたトビノコシカケを一か所にまとめてたらしい。捨てに行くのかな。まあ菌類だし、そのまま放置したらそこから増殖しそうだしね。
「リリー一人なの?スノーとポピーは?」
「ポピーは途中で落としたボール取りに行ったよ。スノーはその付き添い」
「ボール?」
「あっ、なんも遊んでたわけじゃないよ!?ただポピーがいつの間に持ってたというか」
「ふふっ、ちゃんと見てたから知ってるわよ。えらいえらい、よく頑張ったわね」
「あっ……」
私の白髪を梳かすようにネメシアさんの長い指で撫でられる。強風で乱れてたみたいだ。ネメシアさんが手櫛を通すたびに不思議なことに絡まってた髪がさらりと真っすぐになっていく。
そして、感じるのはじんわりとした暖かさ。マナの迸りだ。
それによって、仕事終わりの『ご褒美』がやってきたのを察する。
上から下へ優しく撫でられる。ちょいちょいっと耳元に指先が触れるたびにくすぐったくて身をよじる。頬に触れる手のひらがひんやりしてて目を閉じる。
……いい匂い。
……気持ちいい。
……溶けちゃいそう。
妖精にとってのマナはおやつ以上。さらにネメシアさんからもらえるそれは愛情たっぷり、スキンシップましましの特別製。気持ちよくないわけがない。
そして、ひとしきり撫でられた後にはキスのコンボが待っていることを経験上知っていた。
おでこかな、ほっぺたかな。
この時だけは慣れずに高まる胸を押さえながら、キスしやすいように無意識に顔を上げて待つ。
……ドキドキ
……ドキ
ドキ、
…………?
あれ?こない、いつもの、あの、すっごく気持ちいいのが、
チラリと目を開けてみると、いつの間にかネメシアさんは屈んで何かに見入っていた。
そして、そろりそろりと手を伸ばしていった先は私の胸だった。わしっと思いのほか強く捕まれる。
「えぇっ!?」
ネメシアさんがいきなり私の無い胸を揉んできてる!
いや、揉んでるというか撫でてるんだけど、とにかくすごく真剣な顔で変態なことしてきてるよこの人!
いや、ホントにすごく真面目っぽい。お医者さんが触診をするかのように丹念に、揉み込むように調べられる。
その様子を見てイヤとは言えずに、くすぐったくて声が出そうになるのを我慢して終わるのを待つ。そんな触ってもなんか出るわけでもないんだけどなあ。
やがて、ネメシアさんはふぅっ、と一息吐いてやっと手を離した。
や、そんな一仕事終えたわみたいな息をつかれても。
「リリー」
「う、うん」
名を呼ばれる。声音にも一切のおふざけは混じっていない。そして、私の両肩を掴むと何かを決断したかのように早口で、続く言葉を発した。
「スノーを呼んできなさい。とても、とっても大事な話があると。それで呼んだら湖の島にある私の家に来なさい。できれば二人だけで、他の子には話さずに。分かったかしら?」
「は、はい」
そうして、行きなさい、と言わんばかりにそっと肩を押される。そこには込められたもの以上の、首を横には振れないと思わせるような力があった。
いったいなんなの?さっきまでの優しいネメシアさんとは全く別物の、有無を言わさないこの態度は。私はただおっぱいを揉まれてただけなのに。
とにかく言う通りにしよう。なんでこうなってるのかはきっとネメシアさんのお家に行けば教えてくれる。スノーも連れて行かなくちゃ。寄り道はしないで、まっすぐに。
翅を響かせて飛び立つ。風の強い今日の天気でも下道を通れば流されることはない。
何度か振り返るも、ネメシアさんは変わらずに地面に立ったまま、その場を動くことなく、こちらをじっと見つめていた。
ネメシアさんの表情もまた、読めずじまい。
彼女の姿はすぐに草葉に隠れて見えなくなってしまった。




