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妖精の輪っか  作者: ゆーれい
第2章 湖畔の子供たち
15/22

雷鳥 後をにごさず!

 森の中にぽっかりと空いた入口から、ゆっくり下へ下へと降りていく。ネメシアさんに外出てたのが見つかるとヤバいから、と目立つナッツとは別々に、湖畔のはずれの辺りへ緩やかに降下していった。

 私の身はふらふらと生まれたてのヤギのような不安定さ、でもソニアさんの白い手を支えにしてなんとか体勢を保つ。


 やがて、地面につま先が着くと、身体にいつの間にか張りつめていた緊張が抜け、同時に翅から絶えずこぼれ出ていた燐光もやむ。重力が徐々に足の裏にかかっていく。ほっと一息。ソニアさんもニコニコとこちらを見てる。


「どうだったかな空の旅は、リリーちゃん」


「——すごくよかった!もう一生の体験!とびきりの感動をありがとう!」


「それはよかった。じゃあ戻ろうか。みんなにその勇姿を見せにね」


「うん!自慢しにいこう!」


 ソニアさんとの手を離さずにそのままいつもの広場に向かっていく。


 身体はもう地の上にあるのに、心はまだ空の上にいる気分。ふわふわと風船みたいに飛んでいる。

 この世界に来てからいろんな意味で心を動かされることはたくさんあった。でも、今回のは生まれてから一度もないくらいのピカイチの奴だ。


 この初めての空の旅は、きっと私の一生で忘れられない冒険になる。






 広場では、みんなはぼてっと座り込んでるナッツに群がっていた。首によじのぼったり、羽根をむしったり、尾っぽを引っ張ったりとやりたい放題だ。ネメシアさんもいけないことだと注意してるけど、一人を降ろす間に二人が飛びつき、二人を叱ってる隙に三人がじゃれつく。なんだか賽の河原みたいになってる。


 当人のナッツはというと、それがどうしたといわんばかりのふてぶてしい目つきでどっしりと構えていた。


「おー、ナッツ。今日はいつにも増して人気者だねえ」


「あっ、ソニアッ、ごめんなさいね、この子たちすごくはしゃいじゃって、もう聞かないの」


「大丈夫さ、ナッツはどこでもこうだから慣れたものなんだよ。それにホントにジャマに思ったなら——」


 ナッツがバサリと翼を一振り。すると妖精たちはわきゃーとか言いながら蜘蛛の子を散らすように弾き飛ばされていく。


「すぐこうできる。ナッツも実は喜んでるんだ。だから気に病むことはないよ、可愛い人」


「そうかしら、ならいいんだけど」


 ワサワサ集まってくる子供たちに対して、別にそんなこともないんだけどな、と気だるげにひと鳴きするナッツ。

 今日まで怖くてあんまりナッツの表情見れてなかったけど、彼は想像よりずっと情緒溢れる子みたい。表情からなんとなく心が読み取れる。


 なんだかすごく親しみを感じる。

 こうして近づいていくと相変わらず家みたいな大きさしてるけど、もう以前に感じた威圧感はない。

 羽根をむんずと掴んでみる。ぴくりともしない。そのままよじのぼっていく。上から声がかけられた。


「リリー、はやくー。いっしょにあそぼうよ」


「おーやっと終わったかーノロいなー」


「おっ二人はやっぱここにいたのね、つかなにさその頭」


 スノーにポピーだ。二人とも頭に茶羽根をさしている。スノーなんて可愛らしくヘアピンみたいにして前髪を留めていた。スノーが私の頭にも黒いのをひとつさしてくる。


「えへへ、かわいーよー、リリーもオシャレしよ?」


「いや、うん、スノーは可愛いよ。でもポピー……」


「えっへん、かっこいいだろー」


 そのなんでも絡み取りそうなちぢれ毛にこれでもかとぶっ刺しまくってる。もはやインディアンと化していた。口に手を当ててアワワワワ、なんて言ってるその姿はまさに原住民。その手には羽毛をむしり取られて残った羽根の芯が握られている。


「うらー!こうげきー!」


「いって!このっ、チクってするじゃん!」


「どーせソニア様とぶらぶらデートでもしてきてたんだろー!えっちー」


「ちがうし!マジメにこなしてきたから!」


「ダメだなー、アタシが見たがないとなこれはー」


「ダメだよっ、そんなこと言っちゃリリーも落ち込んでるかもなのに」


 むかっ。どうやら二人は私がわざわざ手足を使って登ってくるのを見て失敗して帰ってきたとでも思ってるみたいだ。確かにこのひと月二人にずっと見てもらってて一回たりともうまくいかなかったけどっ。


 ……いいこと思いついたぞ。

 ちょっとおどろかせてやろう。


「ナッツ、ナッツー」


 呼びかけるとくるりと頭をこちらまで回してくる。伸ばされたクチバシをカリカリ掻いてやると、クルルと嬉しそうな声を出す。そして私は、のしっ、とその上に覆いかぶさった。


 さらに一言、周りに聞こえないようにささやく。


「ナッツ、私を投げてみ。みんなびっくりさせてやろう」


 わかるかな、と問いかける。すると、ナッツが私の下で二ヤア、と笑みを浮かべた気がした。分かってくれた。さすがソニアさんの相棒、賢い!


 そこからの彼の仕事は早いものだった。いきなりブフゥー! と鼻息を荒げるナッツ。みんながなんだ、とこちらの方へ見上げたところでその大きな頭を振り乱して、私を宙高くに放り投げた。

 なんて馬鹿力! ジェットコースターみたいなGが下から押し上げてきて、身体が宙に舞い上がる。でも絶妙な力加減でくるくる回らないようにしてくれていた。下のほうでポカンとしてるみんなの顔がよく見える。


 一拍おいて、唱和するようなみんなの叫びが聞こえた。


「「「リリー!!!!!」」」


 その大合唱を合図に私は翅をピンと横に張る。ソニアさんからもらったあの感触、それと同じ雰囲気の身体の中にたゆたうもの。それを翅へと集めていく。すると、背中で風が起こり、翅が私を支えてくれる。落ちゆくのみのはずだった私の身体はゆるやかな滑空へと移るのだった。


 しっかり再現できた喜び、たまらず口から走る。


「みんなみたか!私はもう飛べるん、むぐぅっ!」


「リリー!ケガはない!?」


 ネメシアさんに思いっきり抱きしめられた。やらかい感触に包まれる。ぺたぺたと身体中をまさぐって触診するネメシアさん。その顔には焦燥が表れていた。

 おかしい、ネメシアさんはソニアさんの隣り、めっちゃ遠いとこにいたはずなのに。瞬間移動でもしたのか。

 いや、ネメシアさんはワープしてきたわけじゃない。単純にものすごく急いで私を助けに来てくれたんだ。

 その証拠に、ネメシアさんの背の二対の蔓のような羽はあふれんばかりの蛍光に覆われている。飛行してきたしるし。子を想う母のなせる技か。


 ……ちょっと考えなしのことしたかな、


「だっ、だいじょぶだよネメシア様。ホラ、ピンピン」


「ホントに?でもあんなナッツが――」


「ナッツも分かってやってくれたんだよ。それより見て、私の翅。どう思う?」


「マナが……。リリーあなた飛べるように……」


「そう!ソニア様が上手いことしてくれたんだ!すごいでしょう!」


「……そうね、よく頑張ったわ」


 そこで、ネメシアさんはやっと強張っていた顔をほころばせてくれた。ほんとうによくやったわね、と頭をなでてくれる。

 ネメシアさんもこのひと月私がずっと飛べずにいるのには気を揉んでくれてたのだ。私だけでなく、ネメシアさんの悩みの種を解消できたことを今こうして見せれて本当によかった。


 そうして、ネメシアさんのだけでなく、私の力でもってゆっくりと地上に降り立つと、みんながわっと集まってきた。


「リリー、やったね!」


「いつも頑張ってるの見てたよ」


「すごいなあー」


 スノーなんか自分のことのように大喜びでだきしめてくれる。


「すごいよリリー、こんないつの間に。さすがだね!」


「うん、いや長かったよここまで。ソニア様が教えてくれたおかげなんだよ」


「これでスノーたちとどこへでもいけるね、楽しみ!」


「うん、もう仲間はずれになんてさせないよ」


「さいしょからそんなつもりないよー、うふふっ」


 お互いを確かめ合うようにもう一度きつくハグをする。

 ふとみんなの後ろでポピーがもじもじしてるのが見えた。こんな時は真っ先に来るのがアイツの性格なのに。口がニヤつくのが抑えられないというか、なんか口元をもにょもにょさせている。


「どうしたの、リリー」


「べっつに、おめでとうとゆーか、ちょっと駆け寄るのが遅れたのっ」


 拗ねたような口調。そんなポピーの頭にソニアさんがポンと手のひらをのせる。


「あれだろう、ポピーちゃんはお姉さんだからねえ。末っ子の面倒は自分が見たかったんじゃないかい?ボクがやっちゃったからちょっと悔しいんだよ、ね?」


「ち、ちがうしぃ!ただアタシが最初にリリーの飛ぶとこが見たかっただけ!キョーミホンイなの!」


「ポピー……」


 いつもおちゃらけてて、私の飛行訓練も見てるようで全く見てくれてはなかったけど、その心持ちだけは本物だったんだな。


「ポピー、ありがとうね」


 明後日の方向を見てるポピーに声をかける。


「ポピー、それにスノー。二人いつも私と一緒に練習見てくれてたよね」


「まあ、そうだけど。でもいつもリリー言ってたじゃん。こんなのムダだって」


「ちがうよ。このひと月つきっきりでいてくれたから今日の私がいる。ポピーたちのおかげでここまで来れたんだよ」


「そ、そうかな?」


「そう、後一息のところまで二人が頑張ってくれて、ソニア様が最後の一押しをしてくれた。そういうことだよ」


「でもおいしーとこだけ持ってかれちゃったのはなぁ。アタシが一番がよかった」


「私もだよ。私が一番に見せたかったのはポピーとスノー、二人だよ」


「……そこまで言われちゃあなぁ。アタシのほうがおねえちゃんだし」


「ふふっ、変わらずわがままだなあポピーは」


「……おめでとね、アタシすごくうれしい」


「ありがと、私もうれしいよ」


 ポピーがうれしいなら、リリーもうれしい。

 リリーがうれしいなら、ポピーもうれしい。


 そんないつもの関係、いつもの空気だった。




――――――――――――――――――――――――




 幾日が過ぎ、とうとうソニアさんが発つ時が来た。

 ソニアさんは来た時と同じ分厚いコートと帽子を身につけて次なるフライトに備えている。ナッツも荷物は全部くくりつけられていて準備万端だ。


 お別れを嫌がる子供たち一人一人にソニアさんは声をかけ、ギュッと抱きしめていく。


「うっ、うぅ……、そにあ様ぁ、いかないでぇ」


「よしよし、だいじょうぶ。またいつか会える。別れの時こそ君の笑顔を見せておくれ」


「うう、ばいばいソニアさまぁ」


 特に泣いてしまってるスノーには念入りにしてくれてる。私とは軽く抱き合い、再会の約束をした。

 最後にネメシアさん、普段は心配性な彼女もソニアさん相手にはあまり心配には思ってないみたいで、その顔に不安はなかった。


「数日は短いわね。もう行くだなんて」


「仕方ないさ。冬に閉ざされる前にそこらを回らなきゃあならない。ボクとしてもほんの少しでも君のそばに居たかったよ」


「お上手。そんなことばかり言ってるといつまで経ってもお相手に恵まれないわよ」


「いいよ、しばらくの旅のお供はこのナッツで十分。出会いと別れは妖精のさが。これからもボクは変わらないよ」


 そう言って軽い接吻を二人は交わした。なんか言ってることとやってることが違うんですが。


 そしてソニアさんは軽快におじぎをして、ひらりと外套の下の羽根をはためかせてナッツに飛び乗った。ナッツもそれに呼応してけたたましい声を出す。出発の汽笛だった。


「それではみんな!次に会うのは春の花たちが芽吹く頃になるだろう!アデュー、愛しき友だち!」


 ぐんと勢いをつけて飛び立つ。そうして目も眩むような風を引きつれて空の彼方へと飛び去って行く。あっという間に点になり、森の影に隠れて見えなくなってしまった。



 サンダーソニア様、そしてヘーゼルナッツ。風来の如く現れて、また消えていった二人組。きっと彼女の言う通り春になったらまた同じようにして来るのだろう。再会の喜びの音とともに。


 彼女の羽根にはそうと確信させる強い風があった。

 また会いたい。心の底からそう思った。

ソニア編終わり

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