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妖精の輪っか  作者: ゆーれい
第2章 湖畔の子供たち
14/22

リリー&ソニア 空の旅へ!

 日が明けてすぐ、私はソニアさんと共に寝床を出る。実は彼女、ネメシアさんの寝所に泊まる予定だったのが彼女の怒りが収まらず入れさせてもらえなかったそう。そうして結局私たちと一緒に寝ていたのだ。「ま、そういうところも可愛いんだけどね」とはソニアさんの談だ。


 始まるのは私とソニアさんのマンツーマンレッスン。スノーは私と一緒に受けてくれる、と言っていたがあいにくこれは私自身の問題。

 再三断ってやっと、ハナから遊ぶ気マンマンだったポピーに連れられいつもの広場へと消えていった。それからは好奇心旺盛な妖精たちが代わる代わる覗きに来るだけだ。


 適当な小石に二人並んで腰掛ける。まずは座学かららしい。


「さてと、リリーちゃん。ボクたちが飛んでいる時、ボクたちがなにをしてるのか、言葉にできるかい?」


「飛んでるとき」


 小首を傾けて考える。

 飛ぶ姿を思い浮かべる。小さい二対の翅。パタパタと羽ばたかせるもそれはゆっくりとしたもの。そしてこぼれ出るキラキラの鱗粉。それだけで妖精の身体は空へと浮かんでゆく。


「……風を起こして鳥みたいに飛んでる、わけではないような。もっと、こう自然と足が離れて行くみたいな感じ」


「うん、それで?」


「でもやっぱり浮力の大元は背中の翅で、それに釣り上げられていくような感じが、します」


「うん、よく見てるね。やっぱりリリーちゃんは見立てどおり他の子よりバツグンに頭がいい。その通りだよ」


 えらいえらい、と頭を撫でられ子供扱いされる。

 実際に子供だから仕方ないけど、なんというか、昔の甘酸っぱい思い出を思い出す。近所のお姉さんに勉強を教えてもらってた中学生の頃の話。今と昔のダブルパンチが異様に恥ずかしい。


「リリーには感覚よりもしっかり説明する方が良さそうだね。ボクたちはナッツみたいに翼で風を受けて飛んでいるんじゃあない。逆さ。風を翼に集めて飛んでいるんだ」


「え?」


 なんかすごい話になってきた。


「全ての力の源はマナ。背中の翅はそれを操るための器官。そいつで翅に並行な風の流線をつくりだす。すると、表面の模様に沿って細かい渦ができて上に吸い上げる力が生まれる。こうして私たちは飛んでるんだよ」


 ほー、さすがはポピーに勝てるだけあるなあ。飛ぶってことをすごくよく分かってるみたいだ。でも一つ決定的にわからないものがある。


「はい、ソニア先生」


「なんだね、リリーちゃん」


 ピシッと手を挙げるとそれに応えて指差しで当てられる。


「マナが何かよくわかりませんっ」


「そうだよね、リリーちゃんが詰まってるのはやっぱりそこなんだね」


「みんなマナマナ言ってるのは聞いてたけどよく分からないから流してました」


「うん、なるほどね。よし、じゃあ今覚えちゃおう。マナっていうのは空気みたいなものさ。ありふれてて、どこにもあるね」


 そう言ってソニアさんはあたかもそこにあるかのように空中を指先でかき回してみせる。でも濃い薄いがあるんだ、とソニアさんは私の胸を指す。


「君の中にはそれがいっぱいつまってて、ボクにもそう。ただ君はありふれすぎててその存在を忘れてしまっているんだ」


すうっと空気が変わる。


「今それを思い出させてあげよう」


 ネメシアには内緒でね? と言うとソニアさんは私の頬に両手を添えた。


 面と向かい合い、目がバッチリ合う。キリッとした顔つき、長い睫毛、茶の瞳に映る困惑した私の顔までよく見える。

 えっ、と思う間も無く、ルージュの引かれたような紅い唇が、私のそれに、重なった。


「っ!!?」


 塞がれて、声も出せない。ソニアさんの手首を掴んで、離そうとすると逆にぐいっと口を深く押し付けられる。くっついてるとこが熱くなっていく。そして彼女は押し出すように舌を動かしていき、やがて私の口内に侵入し始める。そうさせまいとするも、舌同士がチロッと触れ合ってしまい、慌ててひっこめる。


 されるがままになると、トロリと彼女の唾液と一緒に何かがこぼれてきた。それはシロップみたいに甘くて、舌先が痺れそうになるくらいだった。それが舌の上にのり、喉の方まで運ばれていくとどうしようもなく切なくなってくる。それを身体が欲しがっている。

 堪えるも、すぐに耐えきれなくなり、コクリと喉を鳴らした。すると、ズクリと熱く、甘いものが喉から、胸元、そしてお腹の下の方へ落ちていくのが分かった。


 はぁ、あぁぁ……、


 いつのまにか接吻は終わっていた。私は寂しくなった口元と、何かが落ちていったお腹を無意識に抑えていた。じんわりと迷酔の波が押しては引いてゆく。その二箇所で今も余韻が広がっていた。


 やがて中の反響が収まってゆき、火照りが冷め始めた頃、ずっと待ってくれていたソニアさんが口を開いた。


「……ちょっとやりすぎちゃったかな。わざとマナを君の中に送り込んだんだけど、十分に感じ取れたみたいだね」


「はぁ、なんで、こんな方法……」


「それはボクたちはマナの受け渡しを口でするからだよ。みんな挨拶にするキスもこういう意味があるからさ。キスをすれば相手のマナを感じ取れる。そうすればこの子がどんな気持ちか、どんな気分か、なんとなくわかる。そういうものなのさ」


 お口同士は大人だけしかしちゃいけないんだけどね、とソニアさんはつけ足す。


 でも確かに分かった気がする。この体の中にあるあったかいもの、それがマナなんだ。ネメシアさんがするときも、今ソニアさんにされた時も、感じ取っていたのはマナだったんだ。


 でもそれにしてもだ。かぁっと熱くなってる額を抑える。


「初めてだった……」


「えっ?」


 ソニアさんがとたんに慌て始める。


「あっ、リリーちゃんそういうの気にする子だった?ご、ごめんよ。いやマセてるなあ」


「……だったのに」


「あ、ああー。大丈夫だよ。妖精同士ならノーカン、ノーカンだから。だいじょうぶー」


 ホントは初めてが奪われたのがショック、なんじゃなくて、こんなカワイイ人だからちょっと嬉しいくらいなんだけど、あんな恥ずかしいことされたんだ。


 このまましばらく困らせておいてやろうかな。





「オッホン、さてと」


 仕切り直しの合図にソニアさんが咳払いする。


「マナを感じ取れたなら、次は動かす番だ。動かせるならつまり飛べるということ、任務完遂だね」


「うん、なにをするのソニア様」


「まあ、ボクの時間も短い。荒療治になるけど、リリーちゃんはついてこれるかな?」


「はい!できます先生!」


「よし、いい返事だ。ちょうど来てくれたことだしすぐさま始めよう!」


 そういうと、突然ドドォ、と背後から地鳴りが響き、風が巻き起こる。びっくりして振り向くと、ヘーゼルナッツ、象のような大きさの猛禽類が真っすぐ立っていた。


「わ、わぁっ!」と思わず後ずさる私の肩をソニアさんはそっと抑える。


「怖がらないで。ナッツは君を食べたりなんかしない」


「そ、そうなの?」


「彼は賢いんだ。なででごらん」


 ヘーゼルナッツは言葉が分かるかのように頭を下げてこちらにクチバシを寄せてくる。

 手をおそるおそる伸ばすが、彼の荒い息があたってびくっとひっこめてしまう。しかし、ソニアさんが私の手を取ってヒタリとそこへとくっつけた。


「か、硬い」


「そう、立派だろう。でもこれは君を傷つけたりはしない。彼の名を呼んでみなよ。ナッツと」


「ナ、ナッツ」


「そう、これで君と彼はもう友達、背に乗せてくれる。さあ行こう、空が君を待っている」


 ソニアさんの大きな虫羽根が開かれた。身体が共に浮き、ゆっくりとナッツの背中の上へ乗せられる。ソニアさんは天の向こうへと指をさした。そこには丸い雲がポカリと浮かんでいる。


「目指すはあの雲の中だ。しっかり捕まるんだよ」


「あんなとこまで!?」


「ナワバリの外、風も来るがボクが君を守ってあげよう。ナッツ!」


 掛け声とともに足元の毛が逆立っていく。上方へ大きくのばされた翼が地へ叩きつけられると、グインと引っ張り上げられる感覚。もう地面に足は着いていなかった。


 この速度、それにバサバサと激しい羽ばたきをこんな近くでしているのに風は前髪を揺らす程度。今ならわかる、ソニアさんのマナで包まれてるんだ。それが私たちを守ってくれている。


 翼に揚力を蓄えてナッツは上昇を始めていき、すぐに樹冠を超える。そこで、ソニアさんはナッツの背の鞍から大きな笛を取り出していた。杖のように長い柄と、ホルンのような大きな口を備えている。彼女はそれを上へ掲げると、風を取り込み音が響きだした。


 フォォォォォ――


「風笛だよ」と彼女は言う。


「これで雲までの道を見つけるのさ。風を読むのはボクの役目。そしてナッツは――」


 そう言うや否や柄の先に口をつけ、息を吹き込んだ。


 ピィィィィィ! と甲高い音を鳴らすと、ナッツがグリンと方向転換をする。そして、グンとエレベーターに乗った時のような圧を感じると、周りの景色がどんどん下へせり下がっていった。旋回しながらすごい早さで上昇している。


「妖精の翅じゃあいけない所まで連れて行ってくれる。彼らだけの場所にお邪魔させてもらえるのさ」


 あっという間に雲の下につけてしまった。湿っぽい空気を肌で感じるほどだった。辺りには霧のように浮かぶちぎれ雲たち。その向こうには青い空。太陽が上から透けて見えていた。ナッツはもう羽ばたいてなどいない。何もしなくてもいい高さまで昇ってきていたのだ。


「おいで、最後のレッスンだ」


 手を引いて私を立ち上がらせるソニアさん。この雲の高さに内股になるが、両手を引かれてゆっくりと歩き始めた。


「間違っていたらすまないけど、話を聞くに君は怖がりのようだね」


 ナッツの胴の上から肩の上へと移る。


「できないと思ってはいけない。飛ぶことは歩くことのように自然にできることなんだ」


 翼の付け根に足をのせる。水平に伸びた翼の上は揚力に支えられてぐらつくことはない。


「君はもう知っているはず。そのやり方を」


 翼の上を歩いていくと、ついに風切り羽根の先へとたどり着いた。遠くには水平線。海が一望できる。


 悪寒が走る。言葉にしなくても、今から何をするかは分かった。夏でもここだと涼しい風が吹く。


「リリー、ボクを信じて。君ならできるから」


 ソニアさんの真っすぐの瞳に、震えが止まった。お互いにコクンと頷く。そして、ゆっくりと、翼の先への一歩を踏み出した。



 すぐさま風が上へと流れていく。ナッツの姿もあんなに遠くへ。確かなのはソニアさんとつないだ両手だけ。


 飛ぶんだ!私にはできるはず!羽ばたくんだ!


 力強く念じるも、スピードはゆるまない!念じるんじゃない!教わっただろ、どうやるかは!


 うんうん唸るも次第に焦りが冷静さを奪っていく。何秒経った?地面まではあとどのくらいだ?そんな考えが邪魔をする。まとまらない。周りをみても景色がどんどん狭まっていく。


 まずいよ、このままじゃダメだよ!ソニアさん、どうすればいい!?


 縋るようにソニアさんを見る。すると、彼女は小さく笑っていた。安心させるように。そして、私の両手を引き寄せ、額にキスをした。

 ――ボクを信じて。


 その言葉とともにあったかいものが額から私に流れ込んでくる。マナだ。

 それをコップの水を傾けるように、私の下のほうへ流していく。する、すると流したその先は私の翅。まんべんなく、シーツを伸ばすように、いきわたらせる。


 そうして、翅を一振りする。

 風の流れが変わった。ビュウビュウとぶち当たってきたのが嘘のように私の周囲をすり抜けて、翅の周りでとぐろをまいて、また去っていく。落下もいつの間にか緩やかだ。あんなに焦ってたのに地面は未だずっと下にある。


 ……私、飛んでる?


 足元には何もないのに空に留まっている。


「は、はは。ソニア様、私やったよ」


「うん、よくやったねリリーちゃん」


「やった。やったっ。やったあっ!ホントにできた!私にはできないと思ってたのに!ウソみたい!ありがとうっ、ソニア様!」


「そうだね、よし。このまま進んでみよう。君たちの住処はすぐそこだからね」


「うんっ!あっ、手は離さないでっ。まだ怖いから」


「はいはい」


 ソニアさんが苦笑して片手だけに繋ぎなおす。いつの間にかナッツも並んでいる。あまりの上機嫌につないだ手も自然と揺れる。


 ただの家路、それがこんなに楽しいものだなんて!


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