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妖精の輪っか  作者: ゆーれい
第2章 湖畔の子供たち
13/22

雷鳴とともに駆ける!

「ほら、みんなにもおみやげ、東の部落で流行ってるおもちゃだよ」


「おぉー」


「やり方は簡単さ。この輪っかが倒れないようにバランスを取りながら押していくんだ。やってみなよ」


 そう言って先が二股に分かれた棒を子供たちに渡すソニアさん。その遊び知ってる、リム回し。昔やったなあ。全世界で似たような遊びがあるらしいけど、ここにもそれはあるみたい。

 しかしこのソニアさん、別に子供に混じって一緒に遊んでるわけじゃない。これもちょっとした商売の一環っぽい。

 「ボクにもやらなきゃならないことがあるから、後でね、リリーちゃん!」と風呂敷を広げて、始めたのは持ってきた品材の宣伝だ。


 おみやげのおもちゃでまず釣って、次に壺入りの樹液をちらつかせ、さらにこれこそが今のトレンド! と会心のアピール。もう惹かれない子なんかいなかった。妖精の子たちのハートをばっちりキャッチしてしまってる。

 もうみんなは欲しくてたまらない、といった様子。ついでに見せられる日用雑貨まで、欲しい欲しいとネメシアさんにキラキラした目でねだっている。


 ぐいぐい袖を引っ張られてもネメシアさんはどうしようかと珍しくおろおろしてる。その手に持ってるのはいくらかの反物だけ、ソニアさんの目いっぱいに広げられた荷物に比べれば心もとない。


「ねぇー、ほしー!」


「買ってー!」


「あら、あらあ。もう、あんまりおだてないで。子供たちが本気にしちゃうわ」


「ははっ、それよりネメシアもどう、この髪飾り。そうそう手に入らない縞紋琥珀のジュエリーさ。きっと君の濡れ羽色の髪によく似合う」


「も、もう相変わらず口が上手いんだから。おだててもこれくらいしかうちにはないのよ」


「とんでもないよ!その露グモの糸で織られたロングスリップ、欲しがらない娘なんかいないさ。とても繊細な織り目、君のその白いたおやかな指が紡ぎだすからこそだろうね」


「そ、そんなこと……。ダメね、貴女相手だといつもこうだもの」


「なに、ネメシアには世話になった。このくらい安いものさ」


 なんだ、この王子様みたいなセリフは。指云々のところでネメシアさんの手の甲にキスまで落としているし。歯がガタガタ浮きそうだ。

 ボーイッシュなソニアさんの恰好と相まって、なんか宝塚みたいな雰囲気になってるぞ。もちろん女役はネメシアさん。ぴったりだ。


 なんだかんだネメシアさんは絆されて、とにかく子供たちに欲しいと言われたものは全部貰ってしまうことになる。(髪飾りも、ついでに)


 これが本社営業1位の実力ですか、そうですか。もう謎の戦慄を覚えずにはいられない。


 物品の引き渡しが終わり、商談の成立を祝って軽くハグを交わす二人。そこに横やりが刺さる。ポピーだ。


「ソニア様、いやサンダーソニア!あんた中々飛ぶのに自信があるみたいね!」


「ひとときの逢瀬に水をかけるのは、ポピーちゃんだね?そうだよ、ボクの翅は風を切る」


「どっちが速いか勝負しようよ!言っとくけどそこのデカっぱちやろーはナシだかんね!!」


「……彼の名はヘーゼルナッツだよ。親愛をこめてナッツと呼んでくれたまえ。彼はボクの優しい相棒だよ」


「うっ、うん、ナッツ君はダメね」


 ポピーの喧嘩言葉に彼女の目にちょっと険が混じる。猛禽類さんことナッツのことは少しでもバカにされたくないらしい。ポピーもビビってる。


「真っ向勝負といこう、ボクの本気、見せてあげようか」


 ソニアさんは買い言葉までカッコいいな。



――――――――――――――――――――――――



 両者湖岸に並び立つは、レースの始まり。レースの道程はシンプル、どちらが早く中央の小島に行って帰ってこれるかだ。今日だけは小島行き解禁、そこでネメシアさんが待っている。彼女の手の小花を貰うことが到達した証だ。


 1番手はポピー。かけっこの構えで、拳を振り闘志は十分。すでにスタンバイは完了している。スノーの声援には自慢の翅のピコピコで応える。

 2番手はソニアさん。厚手の服をドサリと脱ぎ捨てると、下着に包まれたスレンダーな身体があらわになる。(流石にネメシアさんのようなスケスケじゃあない)そして、彼女の翅が外へ出た。大きい、トンボのような四枚羽だ。ほかの妖精の子たちはみんなモンシロチョウみたいな簡素な二枚羽なのに。全然違う。


 重い枷を外した彼女はもうそこにいるだけで飛びたてそうだった。そして、ソニアさんは宣言した。


「ポピーちゃん、ボクは君が小島に着いたらスタートしよう」


「……なんだとお?」


「わかるかい。ネメシアの元に君が辿り着くまでボクはここを離れないと言ったんだ。それがハンデさ」


 なんたる挑発、そして有り余る自信。ポピーはもう顔真っ赤になっている。なにせ、そのハンデはつまりソニアさんはポピーの倍は速い、と言ってるようなものだからだ。

 これでもポピーは仲間内じゃ一番。さすがに勝負にならないんじゃ。


「そのセリフ!ウソじゃないよね!決めた!勝ったら何でもゆうこと聞いてもらうんだから!」


「それでいいよ。じゃあ勝ったらしばらくリリーちゃんを預かろう」


「えっ」


「ぐっど!そうしよう!」


「ちょ」


 なんで私が賞品になってるんだ。

 ソニアさんの言葉にますますヒートアップするポピー。


「ゼッタイにリリーは渡さないから!リリーはアタシのもの!」


 別にポピーのものでもないんだけどな。

 そう言って熱くなった心を翅に乗せてポピーはスタートを切る。合図を待たずの突然の発進だ。ソニアさんにはハンデがあるから関係ないとはいえ、相変わらずセコい真似を。


 やっぱりポピーは速い。鱗粉を盛大にばらまきながらぐんぐんと湖上を進んでいく。しかも追い風だ。ポピーの背中をぐいぐいと押している。

 その半面ソニアさんは余裕そうだ。そもそも見てもおらず、嘴をすりつけてくる大鷹をよしよし、なんてしている。

 やがてそう時間も経たないうちに、ポピーは小島に着く。ここからじゃ遠くて見づらいけど、しっかり小花を受け取っている。しかし、ソニアさんはまだ動かない。ああ、もう飛び立ってるよ。


 たまらずソニアさんの袖元をくいくいと引いて注意する。


「ソ、ソニア様、もうポピー折り返してるよ!」


「ん?ああ、そうだね。そろそろ出発しないとね」


 そう呟くと、私の手をとって、チュッと軽いキスをした。ネメシアさんのする時のような感触がサッと広がる。


「行ってくるよ、お姫様。しっかり見るんだよ。これが『空を飛ぶ』ということだ」


 お、お姫様……、

 はたから見るとクサい、だけなのに、なにこの気分…………。


 なぜか熱くなってる頬を押さえていると、もうソニアさんはそこにはいなかった。

 振り返ると、ソニアさんはもう米粒のような大きさになっている。四枚の翅からこぼれる鱗粉を背後に置き去りにして、空を駆け抜けていた。空気抵抗の少なそうな彼女の身体は、ロケットの如く突き進んでいた。


 そういえば聞いたことがある……。

 昆虫界で最も優れた飛行能力を持つ者、それはトンボだと。トンボは現代のジェット機でも真似できない数々の曲芸飛行を可能とする優れた四枚羽を持っていると。


 ソニアさんがポピーとすれ違うのは一瞬だった。しかも、ソニアさんの後に続く突風でポピーが吹き飛ばされかけるくらい。ポピーもソニアさんの力を直に感じ取ったのか、必死になって戻ってこようとしている。

 遂にソニアさんは小島に着いた。トップスピードに乗っていた自身の身体に急制動をかけて、速度を100から0に。ネメシアさんの前でぴたりと止まる。ネメシアさんの持つ小花を一嗅ぎ、ついでに彼女のつけた髪飾りを褒めて、それからゆっくりと飛び立った。


 そこからは圧倒的な速さの差が表に出た。行きと違って帰りは向かい風。風にあおられて中々進めずにいるポピーに対して、ソニアさんは文字通り風を切って飛んでいて、ものともしない。


 順位が入れ替わるのは湖の中程、すぐだった。ソニアさんは高度を取って、後は滑空するだけなのに対し、ポピーは水面に近く、またすごく疲れてる様子だ。差は歴然だった。


「ポピーねぇ!ゆっくりでいいから!戻ってきて!」


 スノーが叫ぶ。でも、ポピーはまだ勝ちをあきらめていないようで、追いつこうとスピードを緩めようとしない。

 顔は真っ赤っかだし、ゼエゼエと息も荒い。そして、とうとう失速し始めてしまった。


まずい!


「ソニアさん!!!」


「っ!ナッツ!!!」


 ぶわぁっ、と風が巻き起こり、辺り一面が影になる。大鳥がその大きな翼を広げたのだ。そして、一度の羽ばたきで宙に浮き、二度目で弾丸のように射出していった。


 奴からすればこの湖も狭い池。水面スレスレまで落ちようとしているポピーの下へ一息で潜り込む。さらに翼で水を打って、水切りの如く水上へ跳ねる。ポピーはその首元になんとかしがみついている。救出完了だ。


「ポピー!」


「ポピーねぇ!」


 戻ってくるヘーゼルナッツにみんなで駆け寄る。その背のポピーをソニアさんが降ろしてくれた。


「う、うー、負けた……」


 悔しそうにしているポピー。ケガもない、体調がおかしそうでもない。ちょっとホッとする。


「大丈夫?」


「うぅぅ……」


「飛ばしすぎたね。一気に使っちゃって体の中のマナが空っぽになっちゃったんだろう」


 それだけみたいだ、大丈夫だね、とソニアさん。何だかよくわからないけど大丈夫らしい。よかった。


「ううううう!」


 ポピーの声に涙が混じる。そして決壊して、ボロボロと涙がこぼれ始めた。ぼすぼすとナッツの背中を殴りながら、うなり声をあげている。ギョッとするソニアさん。


 あー、でるぞ、ポピーの負けず嫌いが。


「うわぁああああああん!!!まけたあああああ!!びぇええええええええん!!!!!」


 大癇癪が始まった。手足を振り回し、あらんかぎりの力でジタバタする。顔面からあらゆる汁を垂れ流しながら金切り声をまき散らしていた。


「ああ!ごめんよ!ボクが悪かった!ポピーちゃんはよくやった、ボクの負けでいいから泣き止まないか、ほらいい子ー、いい子ー」


 もう困惑しきったソニアさんが自分でもよくわからないことを言ってどうにかポピーをあやそうとする。


 終いにはおもちゃをとってこよう、そうしよう! とか言い出して自分の荷物にダッシュしようとした所で、ネメシアさんが来た。


 彼女はひょい、とポピーを抱き上げるとよし、よしとポピーの背中をなでる。頭も撫で、髪も撫で、がんばったねえらいね、と声をかけてようやく落ち着いていく。


 額にキスをするネメシアさん、ソニアさんを見るその目は、ポピーに向けるのとは打って変わって険しいものだった。


 あー、でるぞ、ネメシアさんの子煩悩なとこが。


「ソニア、うちの子を泣かせたのね」


「あ、ああ違うよネメシア。これは純然たる勝負だったんだけど、ポピーちゃんが負けちゃって――」


「それに危ないとこだったわ」


「うっ!ぐうの音もでない……、ごめんよお。でもいいリカバリーだったよね?だから許してくれよボクのかわいい――」


「私はガーデニアの物。知ってるわよね?ソニア」


 ぴしゃりと言い放つネメシアさん。そして踵を返す。


「――大人げないこと」


「ネ、ネメシアアアア!!!」


 ソニアさんはネメシアさんを追っていった。「リリーちゃん飛行練習は明日からにしよう」と台詞を残して。




 そういえばそんな約束もあったな。この騒ぎですっかり忘れてたけど。

 明日こそ、明日こそは私も今日の彼女たちのように飛べるようになるんだよね?




 

今の子は体育祭でもう棒倒しも騎馬戦も組体操もやらないらしいですね

じゃあいったい何をしてるのか疑問です

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