サンダーバード、来たる!
「ん~?う、むぅ~~?」
体育座りしたスノーは次の一手を導こうと頭に手を当ててポクポクと考え込んでいた。私はオセロを教えていた。場所はいつもの秘密基地、まずはまったりと午前を過ごそうと思ってのこと。
でも、ゆっくりしたい時に限って騒動は向こうからやってくるのである。
ドンドンドン。出入り口がけたたましく叩かれる。この返事を待たないノックの仕方、ヤツだ。
「だーれー?」
「おーい、開けなよってなー!アタシ!ポピーだよー!」
「合い言葉。森の人の隣にいるのは?」
「忘れた!そんなことより事件だ!今すぐあけろー!」
全く、合言葉作ろうて言い出したのは自分なのに忘れたとか。下ネタくらいしか覚えないんだから。
扉がわりの木の皮を紙の如く吹き飛ばして乱入するポピー。スノーもようやく思考の海から帰ってきて気づき、ポピーに飛びつく。オセロのことは忘れたようで、蹴飛ばしてしまっている。
こりゃ知的遊具は妖精の間じゃ流行らないかな……。
「ポピーねぇきた!すきっ!」
「よーしよしよし、今日は一段と面白いことになりそーだ!」
「うにゅう、どうしたの?」
「聞いて驚くがいいわ!いや、聞いたら空までぶっ飛んじゃうかも!それでも聞く!?」
「ぶっとぶ!?そんなに!」
「いーやこれを聞いたが最後、もう二度と地に足がつくことはないかも……」
「すごい!」
「いーから話してよ」
その後も何度かもったいぶりつつ、ずっと溜めてくるポピー。ホント早く話せ。スノーがじれまくってるのを見るのが楽しいのは分かるけど。
ゴロンと転がってもう聞く気はないよ、のポーズを取るとようやく話し始めた。どうせハナから話したくてしょうがなかったくせに。
「サンダーソニア様がやってきたんだよ!」
湖近くの広場に行くと、そこには大きな鳥がいた。近づけば近づくほど大きくて、象のようにすら見える。猛禽類特有の鋭い瞳がこちらを射抜く。
「ぴぃっ」
ほ、捕食者の目だ。ぴったりと私の顔に焦点が合っているのを感じる。とりあえず手みじかなポピーの後ろに隠れる。
「おっと、驚かしちゃったかな。ごめんよ坊や」
鳥の背中の上から声がする。その人物は鳥にまたがっていた。そして、ひらりと飛び降りると眼前に優雅に着地する。
帽子、外套、ブーツ。この世界に来て初めて見るほどの重装備の内には、草木を思わせる緑の髪と真っ直ぐな茶の瞳がのぞいていた。高校生みたいな若さにあふれた笑顔だった。
「やぁ、新しい子だね!ボクの名はサンダーソニアさ!コイツは相棒のヘーゼルナッツ。ソニアにナッツとでも呼んでよ。よろしくね!」
腰を屈め、手袋を外して握手を求めてくる。それに応じると、ギュッとしっかり掴まれる。手つきはガッシリとしていていかにも外仕事の人間、といった感じだった。
妖精のみんなも集まって来て、同じように挨拶を交わす。結構な顔見知りのようで、ポピーなんて肩車してもらっていた。
「ソニア、よく来てくれたわ。今年は遅かったのね。」
「久しぶりだねネメシア。や、ちょいと野暮用つーか色々とあってね。もう夏だよ」
「今年は荒れてると風の噂で聞いてるわ、大丈夫だったの?」
「うん、問題なし。遅れた分はたくさん積んできたし、許してよ」
「いいわ。積もる話もあるし、後でゆっくり話しましょう」
ソニアさんとネメシアさんは歩み寄り、抱擁を交わし、そして触れ合うようにキスをした。
ん?
今のキス、私たちのするような『子供のキス』じゃなくて完全にマウストゥマウスだったような……、見間違いかな?
二人が並ぶとソニアさんの背の方がちょっと低い。ざっくばらんに切られた緑髪も相まって、彼女の方が幼く見える。というか、ネメシアさんが大人びすぎてるだけだが。
「みんな小さくて元気だねー。どこも変わらないよ」
「ええ、それが一番よ。元気すぎてもう大変」
「ところで、この子の妹さんはどこだい?ほら、オレンジちゃん。あのかわいい子だよ」
「……あの子は花になったわ。去年の夏前、あなたが訪れてすぐのね」
「……そうだったのか」
ソニアさんが帽子を取る。
「案内してくれないか。日の光を浴びるあの子の姿を見たい」
「ええ、今日は一年でただ一回の太陽の一番高い日、弔いの日。そのためにも来たのでしょう」
「まあね。お邪魔するよ」
「みんなもおいで。ただし大きな声をあげてはいけないわ」
どこへ行くのだろう。いつになく神妙な顔つきのポピーに耳打ちする。どこへ行くのか、と尋ねるとこう返してきた。
「お墓だよ」
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行っちゃいけないと言われている湖の小島、今日はなぜかそこまで続く細道が水上にできていた。水底が隆起したかのような、水気を含む粘土の上を列になって歩いていく。
ポピーは私とスノーの手を持って歩いている。末っ子が騒がないように面倒をみる、と自分からネメシアさんに言った結果がこうだ。別に私は騒ぐつもりはないけどホントに今のポピーはお姉さんらしいことをしている。
実際スノーはなんなのかわかっていないらしく、遠足の気分のようだ。でもいい子だから言いつけを守って大人しくしている。
やがて小島に着く。身の丈を超える草が少なく、見晴らしがいい。こんもりとした丸い丘の中に埋もれるように扉と窓、それに煙突が生えている。これまたメルヘンな家だった。
「こっちよ」
そう言ってネメシアさんは一行を先導していく。丘を回って裏手へ行くと、そこにあったのは小さな花畑だった。
盛り土の上に控えめに咲く白い花が一二本。葉はなく、背丈も私の腰程度。小さな妖精よりももっと小さい花がそこには並んでいた。そして、その後ろには白い花をかたどった木の墓標が三つ。
頭上から燦々と白い陽の光が降り注いでいて、清浄な風が流れていた。天国に一番近い場所に迷い込んだかのようだった。
ソニアさんがポピーの名を呼んだ。私とスノーもポピーに手を引かれて彼女のそばへ行く。
「ポピーちゃん、君の妹、カンナオランジュはどこにいるのかな」
「……この下だよ」
ポピーは一番手前の花を指さす。ソニアさん、ネメシアさんはその花の足元へ行き、膝をついた。そして、目を閉じ、指を組んで、祈りの言葉を発した。
「広遠の大地、希望の森へ旅立った尊い子」
「自由に駆ける青碧の風、春に芽吹く新緑の芽」
「子が幸せのうちにありますように」
「また再びこの地に種を結びますように」
「母と子と精霊のみ名によって――」
サアアー、と一陣の風が吹いた。それに乗って淡い燐光が飛んでくる。私たちは幻想の光に包まれていた。
「リリー、スノー。わからなくて大丈夫。真似をするんだよ」
ポピーが涙ながらに言う。私も妖精たちと同じように、目を閉じ、指を組み、祈る。
瞼に浮かぶのは会うことのなかったポピーの妹、カンナのこと。そして、ポピー、ネメシアさん、スノー、みんなのこと。死を悼む心が不思議なつながりをもって共鳴していた。音もなく流す心の涙をみんなは知っていた。
大丈夫だよ。痛いくらいにわかるから。
私たちは静かな追悼を送っていた。
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広場へ戻ると、ソニアさんは荷ほどきをする、といって鳥のほうへ走っていった。よくみると、鳥にはかなりの大荷物が括り付けられている。(あの怪鳥の眼光が鋭すぎて全く目に入らなかった。)
「その荷物は……」
「あぁ、言ってなかったっけ?ボクはここらで行商をしてるんだよ。分かる?欲しい物とあげたい物を交換し合うの。色んなとこを巡るんだよ」
はー、外の妖精さんって初めて見るけどやっぱ文明じみたことしてる人もいるもんなんだなあ。
茶の土器に蔓の籠、果実や種実、織物まである荷を彼女はどんどこ下ろしていく。
「そうだ!リリーちゃん、だよね?」
「えっ、はい」
「君まだ飛べないんだってね」
「えぇ、その通りです、はい」
その薄めの胸に拳を当てて、はっきりとソニアさんは宣言した。
「ボクのいる間に君を空に飛べるようにしてあげよう。ボクはこれでも飛ぶことに関してはエース・オブ・エース、簡単さ」