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妖精の輪っか  作者: ゆーれい
第2章 湖畔の子供たち
11/22

日常のキス 2

 祭りの後、決まってするのは後片付けだ。


 もっとも、忙しいのはネメシアさんだけのようだが。湖で汚れた妖精の子供たちを丸洗いしている。魔法みたいに水を動かして洗っててなんかすごい。

 でも、言うことを聞かないみんなはあっちへふらふら、こっちへふらふら。整列させても片っ端からどこかへ行く始末。もう昼寝の時間に入っていて、ぷかぷか流されている子もいる。


 私は自分でできないほど子供じゃないので、自分で落とす。赤く染まった身体を手のひらで、ごしごしと。ついでにスノーも洗ってあげる。ネメシアさんの負担も軽くなるしね。


 ぺろっとスノーが私の頬を舐めてきた。ボム汁の拭き残しがあったようで、スノーは赤くなった舌をイーッとだしている。


「渋ーい」


「渋いの知ってるでしょ」


「舐めたくなったんだもん」


「なにしてんだか」


 これでも私の双子の姉。7才とかだとこんなもんなのかな。

 ぺたぺたと水のしずくをかけて洗ってやってると、ツンツンと背中に当たるのを感じて振り返る。


「うっ!」


 例の蟻だ。にょきっと突き出た触覚でつついてきている。デカくて、キモイ。虫は毎日嫌というほど見て慣れつつあるものの、それはあのトラウマが治ったというわけではない。


 固まっていると、スノーが蟻に気づいた。すると、いーこ、いーことか言いながら蟻の向きをくるっと反転させる。蟻はそのままどこかへ歩いて行った。


「あ、ありがと」


「いーよ、リリーは虫さんこわいもんね」


「べ、別に怖いわけじゃないけど、みんなはよく平気だね」


「えー、かわいいよー。お家で飼えないのかなー」


 やめてください死んでしまいます。あれをペット感覚で見れる、とかすごすぎる。正直これが一番異世界ギャップを感じる。


 ネメシアさんがやってきた。みんな洗い終わったようで、後には電池切れになってる妖精の子たちが残っている。全員運ぶんだろうか、大変だな。

 ちなみに、なるべく直視はしないようにしている。なんたって布の張り付いたきれいなお椀型が見えちゃうからだ。なんとなくネメシアさんだけはそういう対象として見ちゃいけない気がする。


「わっ、と」


「さっ、いきましょう。寝る時間よ」


 スノー共々だっこされる。バランスをとるために薄い肩に手をのせる。どうやら私たちが宅配1号のよう、いつもの場所に向かうらしい。

 ネメシアさんの普段見えないつむじ、長いまつ毛、鼻梁が見下ろせる。平静でいられなくなってきて、ドキドキする。


 ね、寝よう、すぐ寝よう。日は長い、まだ遊ぶんだから寝とかなきゃ。


 そうして気を紛らわせるのだった。



 ――――――――――――――――――――――――



 ちっちゃい翅をパタパタ、ついでに手もばたばたさせる。イメージは鳥。でも懸命な努力虚しく、落下は止まらない。そしてそこはすぐだった。


「ぶへぇ!」


 びたーんと地面に叩きつけられる。上からはだいじょーぶかー、と言いながらスノーとポピーが下りてくる。柔土とはいえちょっとは痛い。涙目になる。文句を言う


「やっぱダメじゃん!」


「リリー、怪我ない!?」


「んー、いっぺん落としてみたらなんとかなる思ったんだけどなあ」


「その言葉を信じた私がバカだったよ……」


 今日も私は飛ぶ練習をしていた。もうずっとこんな感じ。ほんの少しも成功しそうな気配はなかった。


「ホントどうやって飛んでるの……」


「えっとえっと、スノーはいつもんーってしてるよ」


「飛びたいって思った時にはもう体は浮いてる、そういうもんでしょ」


 だめだこりゃ。何の参考にもならん。

 妖精は飛べるもの。そういう当たり前の常識の前に私はいまだ立ち往生していたのだった。


「だぁーっ、ムリムリ!やめよう、他のことしよう!」


「リリー、もうやめちゃうの?」


「いーよ、とりあえず遊ぼう」


「おっ、じゃあ秘密基地いこーよ」


「いーねー」


「もう……」


 そうと決まれば歩き出す。ちょっと離れたとこにあるから、時間がかかるし急ぎたい。練習に付き合ってくれてたスノーには悪いけど、気持ちは切り替えるものだからね。


 そうして見えてくるのは大きなキノコだ。傘がこんもりしていて、私からすれば樹木のような大きさになる立派な奴だ。

 ポピーがひゅんっと傘の裏に開けてある穴から中に入ると、はしごを下してくれる。(飛べない私でも登れるように作ったのだ。)


 スノーも入ってゆき、私も遅れまいとはしごを登っていくと、入口がぱたんと塞がれた。


「ん?」


 一体何だ、と思っていると声がかかる。


「合言葉を言え!」


「……あー」


「ネメシア様は!」


「……いいおっぱい」


 本当に最低な合言葉だな。下ネタ好きは万国共通か。


 入っていくと、そこは秘密基地らしい雑多な雰囲気だった。


 キノコの白い壁に包まれた6畳くらいの狭い空間に、拾ってきたきれいな石、適当に植えた苔のカーペット、昆虫の死骸に遊び道具。とりあえず虫の死骸は後で捨ててこよう。

 わずかな明りのランプが天井でぼんやり光っている。発光部が白い六角網でおおわれていて、何か菌類の一種にみえる。

 全てがミニチュアで、マクロ写真の中の世界だ。


「やー、それにしても楽しかったねドッジボール」


「スノーまたやりたいなあ」


「次はボムの実のなってない場所でね……」


「まー結局たのしかったじゃあん」


「ポピーのせいでどっちが勝ったかわかんなくなったんだぞ」


「それよりこないださ――」


 おしゃべりに興じる。道中で摘んだ小花の密を舐めながら、ごろごろする。ついでにままごともしながらの雑談だ。

 ままごと、といっても役はそんな多くはない。その中で一番人気は『ネメシア様』だ。


「ネメシア様だよお、ねんねしようねー」


「…………」


「びろびろばー」


「美味しいおはなもあるよお、あーん」


「…………」


「べろべろぶうー」


「っもう、ポピーねぇちゃんとやってよ!」


「やってるよー、アタシは『ポピー』の演技してるんだよ」


「ポピーねぇは『精霊様』でしょ!」


 ポピーはじっとする遊びは苦手のようで終始ふざけまくっている。私はというと『赤ちゃん』役だ。さすがにおっさんにはキツイ役回りなので寝たふりを貫く。

 すると、ポピーがドコッと私のお腹になんか乗せてきた。

 なんだ、と見るとそれは虫の死骸だった。


「うわぁっ!」


「アッハッハ!リリーはやっぱビビりだなー!」


「ちがあう!ちょっと虫が苦手なだけだから!」


「ぷ―!ふたりとも真面目にやってよー!」


 ビビりだ!ビビりじゃない!と言い合いになると、ポピーは突然立ち上がった。


「よおし!なら度胸試しだ!」


 そう言ってポピーは飛び出していく。まだ全然明るいのに肝試しでもやるつもりだろうか。ポピーは一度決めたらもう曲げないタイプだ。しょうがないけど私も参加するしかない。

 外に出てしばらくの所で、ポピーはすぐに足を止めた。そこは何の変哲もない空き地。草、土、苔。本当に特別何かあるわけでもない。でもポピーはやってみろといわんばかりの自慢げな顔だ。


「ルールは簡単っ!向こうの木の根っこに生えてるミツの花をとってくるだけ!」


「ってそれだけ?どこが度胸試しなんだか」


「ポピーねぇ頭だいじょーぶ?」


「やれば分かる!と、とにかく行くんだよー!」


 そう言ってポピーは木の根っこまで秒で行って帰ってくる。早業だ。いつもよりふんだんに息を切らしている。そして、手に持つ花の蜜を吸いながら、煽ってきた。


「ハァ、ホ、ホラ!アタシはできるぞ!ビビりのチビたち!やらんのかー!」


「……行くってもー」


 いつもより一層テンションが高い。なんだか変な様子だ。それにちょっと不安を感じたのかスノーが手を握ってきた。

……一応スノーといっしょに行こうかな、スノーが怖がってるし。(別に私は怖くないけど!)


 何の変哲もない道、ここを行って、戻るだけ。そう考えて歩き出すも、私たちは早々に壁にぶつかった。


「……何、これ?」


 スノーが呟く。私もわからない。でも目の前、ちょうど手を伸ばした先のところに見えもせず、感じもしない透明の壁があるのがわかる。

 足を踏み出せばきっと何も起こらず通り過ぎる、そんな気がする。でもそれをする気がちっとも起こらない。まるで、断崖絶壁の際に立たされているような、一歩も近づけさせない圧を感じる。


『行ってはいけない場所が二つあるわ。一つは湖の中の小島。そしてもう一つは私たちのナワバリの外。特に外へは絶対に行ってはいけないわ、約束よ』


 ネメシアさんがよく言っている言葉を思い出した。ナワバリ、つまり今いるここが境界線なのだろうか。本能的な危険信号か、淵に立っているだけで足にうまく力が入らなくなってくる。スノーもそのようでその場で動けなくなっていた。


「どーしたの~?腰がぬけちゃったのかな~?」


……コイツ!自分はソッコーで終わらせたからっていい気になって!


「スノーい、行こう。だ、だだ、大丈夫、すぐそこだから」


「うぅ……」


 返事を待つ余裕もない。スノーの手を引く。心臓がバクバクいって身体中熱い。

 所詮一往復、十秒で終わらせる。


 勇気を出して、足を前に出したそのとき、壁を抜けたのを感じた。

 その瞬間、とてつもない空虚感がリリーを襲った。空気を抜かれて真空中に放り込まれたような、あるはずの物がない感覚。氷水をかぶったように怖気が全身に張り付いた。しかし、私の意識はその変化に全くついていくことができなかった。


 ガクッと膝が崩れる。瞼が落ち、目の前が暗くなる。


「「リリー!」」


 自分の名を呼ばれた気がしたけど、それに返事を返すことはできなかった。


 ――――――――――――――――――――――――



 結局私は夕方までずっと気絶してた。みんな心配そうな顔してたけど、次はいける、だなんて空元気をみせるとホッとしてくれた。

 その後、スノーとポピーと一緒にネメシアさんにこっぴどく叱られた。まさか、この年になってこんな説教をうけるなんて。罰としてしばらく雑用をやる羽目になり、その上でポピーは今夜は木に吊るされることになった。ポピーよ、幸い今は夏だ。風邪をひくことはないから安心しろ。


 ひとしきり怒られて、その頃には空が紫色になっていた。就寝の時間だ。ネメシアさんがおやすみのキスをして回っていて、最後に私とスノーのとこに来た。


「スノー、リリー。元気なことはいいけど、言いつけは守らなくちゃだめよ」


「「ごめんなさい……」」


 またネメシアさんに世話をかけてしまった。ネメシアさんの目、そこにはうっすら涙すら浮かんでいるように見える。


「貴女達を想ってのこと、大切な子供たちを失いたくないの。分かってくれる?」


「「うん……」」


「よかったわ。いつまでも元気で遊んでくれる、それだけでいいの……」


 そう言うと彼女は柔らかなキスを落とす。チュ、と額に触れたそこからじんわりと温かみが広がる。ネメシアさんのキスは特別だ。スノーやポピー、ほかのみんなとは違う何かがそこにある。

 無償の愛。三十路過ぎがなにを、と思うかもだが何にも代えがたい尊さを感じた。


 スノーと目を合わせる。お互い深い反省の色がそこに浮かんでいた。そして、ポツポツとやっちゃったね、とかもうしない、とか言い合う。やがて眠くなり、交わす言葉もなくなり、目を閉じる。


 夢心地の頭に浮かぶのは今日あった楽しいこと。ドッジボール、おしゃべり、そして最後のちょっとした冒険。


 次に浮かぶのはまだ見ぬ明日のこと。何をして遊ぶかを思うとワクワクが止まらなかった。ポピーやスノーと一緒なら雑用ですらきっと楽しいはず。

 明日が来るのがこんなに楽しみだなんて、小学生以来かも。少なくとも日本じゃこんな気持ちにはもうなることはなかっただろう。

 夏、子供時代真っ盛り。次の朝日が昇るのが待ち遠しくてたまらない。


最後にネメシアさんが子守唄を歌って回る。

その歌声は小さなウロの中にゆっくりと響く。ゆるやかに暗みを帯びたその声音は静かに眠気を誘ってくる。ただ残響だけがはっきりとしない頭の中にいつまでも残っていた。



眠れ、眠れ、よい子よ眠れ


ナワバリの端で寝てはいけない


さもなくば黒いオニがやってきて


おまえのお腹をくわえるよ


森の奥へ連れていき


草葉の陰に埋めてしまうよ


眠れ、眠れ、よい子よ眠れ

明日が待ち遠しい、なんて感覚。

誰しもが経験したことがあるはず。

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