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DEMON TALE  作者: 白鬼
3/3

第二話 シャドウナイト


 まずい・・・非常にまずい・・・。

 アゾトの森の中、道のわきの木に背を預け猫のように身を縮める。


 道の真ん中では自分の倍程の大きさの獣がゆっくりと歩を進めていた。

 顔が隠れるほど長い毛をひきずり、背中から生やした二本の触手をヒュンヒュンと振り回している。

 不気味な口から放たれた悪臭に周囲の小動物は方々へ散っていった。


 ムースに促され外に出てみたのだが、他のメンバーと落ち合う前にこの獣に遭遇してしまったのだ。

 実際、その待ち合わせ場所とやらが森の中だと聞いて嫌な予感はしていた。

 以前立ち入った際にも見慣れない生物と遭遇し、一目散に逃げだしたという苦い経験があったからだ。

 しかし他のメンバーがこの森で依頼があるらしく、新参者の自分のためにわざわざ場所を移してもらうというわけにもいかない。


 草を鳴らす音に、再び獣の魔獣に意識を集中する。

 獣は草食らしく、少し進んでは鞭のような触手で雑草をむしりとり口へと運ぶ。

 見え隠れする歯は一本一本が太く平たい。下あごを左右に振りながら臼のように草をすりつぶす。

 咀嚼するたびに開かれた口が人間のそれを思わせ二の腕の皮膚が粟立った。



 それにしても、どれくらい経っただろう。

 未だに道草を食いながらゆっくり進む獣の魔獣を見て、ふと思う。


 だがすぐに、実際それほど時間が経っていないことを知った。

 目の前を単調なスピードで歩いていた小さな虫がやっと数十センチ進んだところだったからだ。

 時間にしておそらく数十秒ほど。

 しかし今はただの一秒すら長く感じる。時間は水飴のようにねっとりと流れている。

 それと打って変わって胸は早鐘を打った。

 内側からノックする心臓の音が漏れ出てないか心配なほどに。

 

 今、自分にできることといえばおとなしく獣が通り過ぎるのを待つことだけだ。

 もしかしたら危険な生物ではないのでは・・・とも思ったが、いかんせん体格差がありすぎる。

 下手に対峙するよりはこうして隠れてやり過ごしたほうが安全だろう。


 だが、あまりゆっくりもしていられない。目的地に着いたときにメンバーがすでに解散していたとしたらこの不安な気持ちを抱いたまま同じ道を引き返さなければならなくなる。

 

 早く過ぎ去ってくれ。


 祈る様に指を組み合わせる。


 だがそんな祈りをあざ笑うように獣は一層ペースを緩めた。

 今度は赤い花とともに黒みがかった緑の尖った葉を食べ始める。

 先ほどの緑々しい丸みを帯びた葉と違い丁寧に。

 落ちた花びらさえも舌を伸ばしてからめとる。


 草食でもやはり好みがあるのだろうか。

 この調子だとここいらの赤い花は食べつくされてしまいそうだ。


 膝がジンジンと痛みだした。

 しゃがんだままの体勢についに体が悲鳴を上げはじめたのだ。

 血の巡りが悪くなり、足が弾けそうなほどぱんぱんになっている。

 おそらく、今はまだ小さなこの痺れは徐々に足の感覚を奪っていくに違いない。

 少し体勢を変えたいところだが、足が緩い地面に沈んでしまっている。足を上げようものなら土が鳴り、こちらの存在がばれてしまう。


 痺れが爆発しないように格闘していると、ニチャッと土を踏みしめ獣がすぐそばを通る。

 肩がビクンと跳ねたまま硬直した。

 力んだふくらはぎをゾワゾワと痺れがのぼってきたがぐっとこらえる。


 すぐ・・・すぐ後ろにいる!


 足のものとはまた別の、ゾワゾワとした感覚が背中に広がった。

 いっそ、現実逃避でもするように目をつぶってみる。

 しかし、代わりに鋭敏になった耳から無情にも情報が流れ込んだ。

 おかげで・・・というか、耳からでしか気づけない新たな森の表情を知ることができた。


 この・・・アゾトの森は静かな森だと思っていたのだが、存外そうでもないらしい。

 絶え間なくぶつかり合う草木の奥に、遠くで聞こえる川の澄んだ音。

 それに遠くで聞こえる獣の鳴き声や虫の羽音が合わさって、まるで一種の音楽のようだ。


 だが、その余韻に浸る暇はない。

 すぐさま近場の音にピントを合わせる。


 あれ?


 するべきはずの音がしないことに違和感を感じた。

 すぐ後ろを歩いていたはずの獣の足音が一向に感じられない。

 あれほどの重量なら聞き取れるはずだ。何よりぬかるんだ地面を音も立てずに歩けるわけがない。

 不思議に思い恐る恐るのぞき込む。


 獣はすぐ近くで静止していた。


 一気に体が強張る。

 中途半端に吸いかけた息が詰まって咽そうになった。


 なんで? なんで止まった? 気づかれた?

 いや、それよりすぐにでも逃げるべきか? それとも、もう少し様子を見たほうが?


 頭の中で原因と対策とが居場所を巡り喧嘩していると、この二人きり? 一人と一匹? の空間への闖入者に気が付いた。


 獣の魔獣の正面。跳ねるように近づいてきたのは、小型の魔獣の群れだった。

 群れと言ってもたった三体。

 獣の魔獣と並ぶと小型に見えるが体長は自分とさほど変わらないように見える。

 森に溶け込むような天鵞絨の鱗をまとい、頭にあるトサカは重力に負けしな垂れている。シャープな体にくっついた細い腕の先では鋭い爪が睨みを利かせていた。


 鋭利な爪や牙を見ると肉食っぽいけど・・・。しかも多対一であるとはいえ、自身の倍はある敵を相手にするとは。かなり好戦的な生物みたいだ。


 食事を邪魔されたからか、獣の魔獣が怒っているのが分かる。

 二本の触手は蛇のように小型の魔獣に標準を定め、ユラユラと揺れている。


 小型の魔獣達は十分に近づくと分散し、獣の魔獣を取り囲んだ。

 一頭は真正面、二頭は背後だ。


 しばしのにらみ合い。

 小型の魔獣は獣の周囲をグルグルと回りながら徐々にその輪を小さくしていく。

 まさに一触即発の状態だ。


 しかしこちらとしては好都合だ。

 この争いに乗じて逃げることができるかもしれない。


 堰を切ったように一匹の小型の魔獣がとびかかり、残りの二頭もそれに続いた。


 よし! 今だ!


 すばやく立ち上がると、しびれた足に鞭を打ち一歩を踏み出す。

 よろめいて倒れそうになるのをなんとか堪える。


 するとすぐに後方でパンッと破裂音が響いた。

 気になって一度振り返ろうとしたが、そうする前に答えの方からこちらにやってきた。

 音に続いて目の前に転がってきた物体。

 危うく踏みそうになったそれを見ると、先ほどの小型の魔獣の上半身だった。

 すでに光を宿していない目と視線がぶつかる。


 ・・・そっと踏み出した足を引いてうずくまった。


 え?


 体格差から不利なことは薄々感じていた。しかし三対一。拮抗とまではいかないまでも時間稼ぎにはなるだろうとふんでいた。

 結果はごらんのとおり。

 なぜ小型の魔獣は立ち向かっていったのか疑問になるほどその戦力差は圧倒的なものだった。


 すっかり静けさを取り戻した道の方をのぞき込む。

 地面には真っ二つに引き裂かれた小型の魔獣の死骸が散らばっていた。

 その凄惨な光景に思わず喉を鳴らし唾液を飲み込む。

 見つかれば僕がアレになる。


 状況は振りだしにもどる。


 いや・・・どうやら悪化してしまったようだ。


 獣の魔獣はこちらに向かって歩。ゆっくり、けれど着実に。

 やはりよろめいたとき思い切り音を立ててしまったのがいけなかった。

 

 どうする? どうする?


 迷っている間にも獣は近づいてくる。


 もはや建設的な思考ができない頭にふとムースの言葉が蘇った。

 紋章がある者はその特別な力を以て戦う・・・と。

 異形の者。僕もその一人であるという。

 というか、そうでなければそもそもこんな目に遭うことはないだろう。


 もう迷っていても仕方がない。

 その力がどんなものかは分からないが、ただこの状況を切り抜けられるものであることを祈るしかない。

 一か八か拳を握りしめ獣に向かって行く。


 「うぉぉおおおお・・・ぅあっ!」


 拳が到達する前に脇腹に触手がめり込んだ。

 一度、宙に浮いた体は草むらに着地する。


 脳裏に真っ二つになった小型の魔獣がよみがえる。


 少しの間、草むらに体を預けたままでいた。

 恐怖からどうしても体に目を向けられない。

 ハッハッと乾いた呼吸だけが響く。

 

 少しだけ落ち着きを取り戻し、ゆっくりと胸のあたりから手を撫で下ろしていく。


 下半身が・・・あ、ある!


 どうやら僕の体はあの小型の魔獣よりは頑丈みたいだ。

 ホッと胸をなでおろすも状況は一向に変わらず不利なまま。

 あの獣の攻撃で即死することはないと分かってもこちらの攻撃は届きそうもない。


 さて、どうしたものか・・・。


 そのとき獣のものと思われる断末魔の叫びが響いた。

 喉を掻きむしったような金切り声だ。

 すばやく体を起こすと、道の真ん中にはローブを羽織り仮面をつけた者が一人立っていた。

 抜き身の刀からはポトリポトリと血が滴り落ちる。


 足元には小型の魔獣のように真っ二つになった獣の魔獣が転がっている。死んでなお、触手だけは地面の上で跳ねていた。


 「ふぅ、なんとか間に合ったみたいだね。」


 その・・・男はこちらに顔を向けそう言った。

 血を飛ばすとくるりと刀を持ち直し鞘に納める。


 「いや、間に合っては・・・ないです」


 思わず、本音が漏れてしまった。

 だが、男は嫌な顔をせず笑って流す。


 「あはは、ごめんごめん。でも助かったでしょ?」

 「え、あ、ありがとうございます・・・」


 男は仮面をずらし、じろじろとこちらを見てくる。


 顔から察するに年の頃は自分と同じくらい。端正な顔立ちだが細めた目に上がった口角とでしわができている。


 「きみ、なかなかかわいい顔してるね。新入り君。」

 「へ?」


 意図の読めない発言に素っ頓狂な声が漏れ出てしまった。

 その声が届かなかったのか、男は続ける。


 「でもダメだよー、ちゃんと仮面とフードつけなきゃ。夜の活動が多いとは言え人に見られたりしたらどうするのさ。」


 指を立てて注意するも相変わらず笑顔は崩さない。


 そういえば契約の時、ムースから大きな袋を渡されていたっけ。

 荷物になると思い中身を確認せずに置いてきてしまったが、まずかったか・・・。

 今さらながら説明をしっかり聞かなかったことを後悔した。


 「あ、あのすみません。置いてきちゃって・・・」

 「え、そうなの?」


 男が驚きの表情を見せる。

 ここで初めて男はにやけ顔をくずした。今度は目じりの代わりに額にしわができる。

 しかしすぐさま男は表情を整える。

 整えるといってもやはりにやけ顔なのだが。


 「まぁとりあえず皆のところに行こうか。待ってるから。」


 男は張り付いたような笑顔でそう言った。




 男に続いて森の中を歩くこと数分、魔獣のものと思われる眼光が暗闇でいくつも光っていた。

 しかし襲ってくる様子はない。遠巻きにこちらの様子をうかがっているだけのようだ。


 この人・・・何者なんだろう?


 「あの・・・さっきはありがとうございます。えと・・・」

 「あぁ、名乗るのが遅れたね。僕はカルマ。カルマ・ジョクラトル。君と同じシャドウナイトのメンバーだよ。」

 「シャドウナイト?」


 そう聞き返すとカルマと名乗った青年はローブにつけられたバッジをみせた。


 「そ。非公開だけど一応軍に所属してるからね。仮ではあるけどナイトの称号が与えられてる。ま、お偉方にゃ化け物なんて呼ばれているけどね」

 「化け物・・・」


 カルマは困ったように肩をすくめる。


 「そそ、まぁ心外だけどあながち間違ってるわけじゃないんだよ。現に化け物を狩るのが仕事だしねぇ。化け物狩りが化け物に・・・ってやつ?」

 「化け物ってさっきの毛むくじゃらの?」


 すでにその姿は見えないがはるか後方に目を向ける。


 「あーっと、ダムールのことかな? あれは別に化け物ってほどでもないけど。っていうかダムール知らないの?」

 「はい・・・。何も思い出せないんです。わけが分からないまま連れてこられて何が何だか・・・」


 簡単にだが、カルマにも事情を説明する。

 するとカルマはムース同様、興味深そうにこちらを見た。


 「ふーーん。それは大変だねぇ。なるほど・・・。」


 カルマはあごに手を当て黙る。

 しばし考え事をした後、パッと思いついたように指を立てる。


 「そうだな、帰ったら書物庫で調べてみるといいよ。何か思い出せるかもしれない。」


 書物庫・・・。

 ムースにも同じことを言われたな。


 「ここで生きていくんだったら魔獣の習性は知ってて損はないからね。それと・・・戦い方は彼らから学んでいくしかないね。ほら、いたいた」


 カルマは前方へと視線を向け、大きく手を振る。


 「みんなおまたせー! 新人君見つけてきたよー」


 カルマが手を振った先には同じく面をつけフードを着た者たちが立っていた。


 「・・・遅い」


 ひときわ図体のでかい者から地を這うような声が響く。


 「こちらはもう終わっているぞ。それよりそいつはなぜ面をつけていない?」


 声から察するにこちらは女性だ。

 背後には上半身の筋肉が異常に発達した牛頭の怪物が横たわっている。

 強そうな魔獣だがこの人が倒したのだろうか。


 「いやぁー、実はかくかくしかじかでねー、どうやら記憶が無いみたいなんだ。」

 「記憶喪失ですか・・・それは心配ですね。」


 そう言って今度やや小柄な者が顔を覗き込む。

 こちらも女性のようだ。しかし先ほどの者より体の線はさらに細い。

 こんなか弱そうな人も異形の者なのか。


 「おい、何をしておる! 腹が減ったぞ! 早くせぬか!」


 どこからか甲高い声がした。しかしカルマや目の前の三人のそれではない。


 不思議に思って辺りを見渡す。

 ここでようやくその声の主が見下げた先にあることに気づいた。


 ・・・こども? 


 その華奢な体格は大人のそれではない。

 小さい見た目に反して態度はでかく、腕を組み仁王立ちしている。


 「こーら、まだ自己紹介もしてないんだよー。あーごめんねぇ。えっとこの子はアニスっていって・・・ってなんで僕が! みんな自分でやってよ!」


 カルマはアニスの隣で同じように腕を組みプンスカと怒りだした。


 それを見てふぅと一つため息をつき、先ほどの大柄な者が近づいてきて面を外す。

 近くで見ると改めてその大きさを実感した。見下ろす眼光は鋭く、それだけで圧力を感じる。粗相をしたら命はないだろう。


 「・・・ヴラド・ネフィリムだ。」


 頭上から低い音が降ってくる。


 「もーだめだよヴラドくん。第一印象は大事なんだから。」


 そういって先ほどの小柄な少女がヴラドの背中をバシッと叩いた。


 なんてことを!


 わなわなと震え怯えるこちらを気にすることなく少女は続ける。


 「はじめまして、私はシルヴィア・ファン・カーティス。みんなからはシルって呼ばれてるわ。」


 桃花色の髪の少女は柔らかな笑顔を見せる。

 その天使のような笑顔の向こうで、ヴラドが悪魔のような表情をしていた。


 あ、殺される・・・。


 一人アワアワとしていると


 「シリウス・アドルフスだ。シリウスでいい。」


 頭に浸透するような、女性にしては低くしかし凛とした声が割って入った。

 その声の主は白色の・・・いや、銀色の髪をなびかせ近づいてくる。

 先ほどの牛頭の魔獣を倒したであろう女性だ。


 「それと、誤解しているようだがヴラドはもともとこんな顔だ。怖がらないでやってくれ。」

 「え?」


 再度ヴラドの顔を見る。

 なるほど、確かによく見ると怖がられていると知って少し伏し目がちだ。ただ一見したところでは終始表情は変わらず、恐ろしいままなのだが。


 「むー、なーにをやっておるか!」


 再び甲高い声が響く。

 えっとアニス・・・だったかな? 空腹による怒りがピークに達したようだ。地団駄を踏んで喚きだした。


 「もうよいじゃろ? のう?」

 「はいはい。まぁ、今日はもう皆依頼終わってるみだいだし結果的に顔合わせだけになっちゃったね。詳しいことは後々でいいとして・・・今日はもう帰ろうか。」


 カルマの一声を皮切りに誰ともなく歩き始めた。


 その背中を眺めているとポンとカルマに背中を押される。

 そのままカルマは肩に手を乗せ話し始めた。


 「まぁ、結構我が強かったりする人もいるけど皆根は優しいから。よろしくね?」


 カルマはご機嫌でも取るように肩をもむ。


 「は、はい!」


 自分でも驚くほどはつらつとした声が出た。

 もしかしたらこれからの生活に少し期待しているのかもしれない。

 なにか、自分を満たしてくれる充実した日々を。


 こうして良くも悪くも個性豊かなメンバーとの生活が幕を開けた。



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