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DEMON TALE  作者: 白鬼
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第一話 契約


 冷たい床、岩がむき出した壁、鉄格子・・・。

 訳が分からないまま連れてこられたのはアゾト地区の北に立てられた塔の地下牢だった。

 地下であるのにも関わらずひんやりとした風が駆けていく。


 「入れ」


 背後に立った兵士が無機質な声で命令する。その声は暗闇へと吸い込まれていってもなお、かすかに反響している。

 この様子だとかなり広いらしい。 

 横目で兵士の様子を窺う。

 兵士の顔からは一切の感情が感じられなかった。その無表情な顔が暗闇にぼんやりと浮かび一層不気味さを増していた。


 ”命令”から数秒の沈黙。なかなか一歩を踏み出せないでいた。

 入ってしまえば二度と出られない気がしたからだ。

 それも無理はない。仮にこのような扱いを受けるに値する罪を犯したとしたなら素直に牢に入ったかもしれない。しかし僕にはこのような仕打ちを受ける心当たりが無い。この状況を受け入れられないのも当然のことだった。


 一向に動く気配のないこちらを見て兵士はしびれを切らしたのか僕を力ずくで牢へと押し込もうとする。

 その際も兵士は相変わらず無表情なままだ。焦点の合わない瞳は前を見据えている。

 その異様さに恐怖を覚えながら抵抗を試みるも、あっけなく牢屋へと詰め込まれてしまった。

 兵士は僕が牢に入るや否や機械的な動きで鍵をかけ、そのまま視界から消えていく。


 兵士の足音が遠ざかりやがてシンと静まり返る。

 殺風景な檻の中、深い海の底を思わせる無音の世界。


 ほんの数秒で心細さに押しつぶされた。

 顔の内側で液体がじわじわとこみあげてくる。


 本当に・・・本当にこのまま出られないのか。

 いやでもこれからのことを想像してしまう。

 一生続く孤独。死してなお続く孤独。

 ぞっとした。

 このままここで・・・。



 数分もすると今度は苛立ちが目立ってきた。

 いまだ僕の体の自由を拘束具が奪っていたからだ。

 身動きができないというのは相当堪える。血の巡り悪くなり血管が破裂しそうだ。

 ジタバタと芋虫のように暴れ回るもよほど頑丈らしい、壊れる気配は無い。


 拘束具と格闘していると、かすかに遠くの方で足音が聞こえた。

 カツンカツンと音を響かせこちらに近づいてくる。

 岩肌に映し出された大きな影は音に合わせて上下した。


 息を殺し耳を澄ませる。

 不安に思う一方、無音の世界を破るその存在に内心ホッとした。

 先ほどの・・・制服を着た兵士、そのブーツが鳴らす音とは違うように思える。


 予感は的中した。

 現れたのは白髪の老人。古ぼけたこげ茶色の服をまとっている。近づいてきた大きな影に恐怖したが、その老人は拍子抜けするほど小柄だった。腰が曲がったその姿は老人をより一層小さく見せる。


 老人は牢の前で立ち止まり、こちらを一瞥する。


 「この子か」


 老人はため息でもするようにそう漏らした。


 「あ、あなたは? あの、これとってもらえませんか?」


 すかさず老人に懇願した。

 実際、心の中では言葉ほど真剣味はなかった。ほとんどダメ元での頼みだ。

 拘束されて動かせない手の代わりに、視線で拘束具を示す。

 すると


 「わかっとる、わかっとる、こっちに来なさい。」


 そう言って老人は手招きをした。


 え?


 期待していたのだが、予想外の返答に一瞬動きが停止する。

 じわじわと理解が追いつくと急いで硬直を解いた。

 身をよじって老人のところへ行き、膝立ちで背中を見せる。

 老人は鉄格子越しに手を伸ばすとカチャカチャと拘束具をいじり始めた。

 牢の中には金属同士がぶつかる音だけが響く。


 どうやら本当に外してくれているようだ。


 正直、素直に外してくれるのには驚いた。先ほどの兵士とは大きく様子が異なる。

 思えばここに連れて来られるまで兵士達が口にするのは最低限の指示だけだった。まさに淡々と命令を遂行するロボットのように。それゆえこの老人と会話が成立しているだけで感動してしまっている自分がいる。


 「わしは、あんた達を任されとるムースという者じゃ」


 ムースと名乗る老人は外した拘束具を格子の隙間から回収し話し始める。


 「あんた・・・達?」

 「あぁ、あんたからは見えんだろうが他の牢にも似たような者がおる」


 そう言ってムースは視線を別の方向へと向ける。


 他にも誰かいるのか。

 自分一人だけでないと知って少し胸をなでおろす。

 でも似たようなって何のことだ? 犯罪を犯した者? 

 しかし自分にそのような心当たりはない。


 「あの、なぜ僕はここに? 思い当たる節がないんですけど・・・」

 「何を言っとるんじゃ? ここに連れてこられる理由なんて一つじゃぞ。ちょっと失礼。」


 ムースは躊躇なく服をめくり上げ、背中を見た。


 「あぁ、やっぱり」

 「何です? いったい背中に何が?」


 体をよじってみるものの位置が位置だけにやはり見ることはできない。


 「何って・・・紋章じゃよ」

 「紋・・・章?」

 「知らんのか? 異形の者に記されとる紋章じゃ。じゃからそういった連中を見たら通報するように国内に布告されとる」


 この人は一体何を言ってるんだ。異形の者? 何なんだそれは。


 「ちょっと待って下さい。何なんですか異形の者って。話が突飛すぎて・・・」

 「ん? お前さん本当に何も知らんのじゃな。どこで暮らしっておったんじゃ?」


 そうだ。記憶喪失であることを伝えていなかった。

 僕が人の一挙手一投足にドギマギしているのもそれに理由がある。


 気が付いたのはアゾト地区の森に囲まれた丘の上。今から半日程前の事だ。

 それ以前の記憶は全くと言っていいほど思い出せない。

 自分の名前はおろか、この国、いやこの世界での常識すらわからない。まるで知らない世界に迷い込んでしまったように。


 ムースにその事を説明すると疑問が解消したようだった。


 「なるほど、記憶が・・・」


 あごに手を当て少し考え事をしていたようだがすぐに顔を上げた。


 「まぁ、わしが説明するより分からんことを質問してもらったほうが早いな。何か聞きたいことはあるかの?」

 

 ムースは手繰り寄せた椅子に腰かけ身を乗り出す。


 紋章だとか異形の者だとか聞きたい事は山ほどあるがやはり気になるのはこれからの処遇だろうか。こんな場所に集められていることを考えると明るい展開は望めないが。


 「えっと・・・じゃ、じゃあ僕はこれからどうなるんですか?」


 恐る恐るたずねる。

 怯えた感情が言葉を震わせた。

 強弱入り乱れた情けない声に、言い終わって若干の恥ずかしさを感じる。


 しかし


 「・・・どうにもならんぞ」


 そう答えムースは身構えていた表情を緩めた。


 「・・・どういうことです?」

 「そうじゃな、何から説明したもんか・・・」



 ムースからの話を聞くところによるとこの投獄、実際は保護の役割を担っているらしい。


 ここに集められる異形の者。姿形こそ人間だが、人々の認識では魔獣の類として認識されている。すなわち問答無用で迫害、駆逐の対象となるわけだ。そのため、ここアストン王国ではそういった者達を一か所に収容し管理しているらしい。

 しかしただで保護してくれるほど優しい国ではない。代わりに異形の者の持つ特殊な力をもって国に奉仕することが条件となる。領土拡大に躍起になっている王国としては喉から手が出るほど欲しい戦力、こんな場所での生活を余儀なくされるが功績次第ではいい待遇が受けられるらしい・・・。


 とは言われても・・・はい、そうですかと簡単に納得はできなかった。

 それもそうだ。変なマーク一つで異形の者なんて決めつけられても受け入れられるはずがない。

 しかし現状を考えると異論を唱えているのは自分一人。

 間違っているのは自分の方だと錯覚してしまいそうになる。


 「・・・わかりました。はなから選択肢は無さそうですし」


 渋々だが了承せざるを得なかった。


 「ほほ、そうか。まぁ、間違っても逃げようなどと思わんことじゃな」


 ムースは蝋燭の火をじっと見つめる。


 「前に・・・スキを突いて街に戻った子がおったんじゃがの。わしが探しに行った時にはもう手遅れじゃったよ。磔にされとってな、それはムゴイもんじゃった」


 ムースの目の中の火が揺らいだ。


 「でも、異形の者ってその・・・特殊な力? を持っているんですよね。人間に殺されるなんてことがあるんですか?」

 「さぁ、それはわしにも分からん。不意打ちを受けたか、はたまた共に暮らしていた街の者たちに情でもわいたか」

 「そんな・・・」


 一方的に痛めつけられる姿が目に浮かぶ。

 きっと必死に弁明したに違いない。こんな牢から逃げ出してきたと。皆のもとへ帰って来たんだと。

 しかし、ここに連れてこられたということはおそらく通報したのは街の者だ。彼らからしてみれば厄介事が舞い戻ってきてしまったとしか思わなかっただろう。


 確かに得体の知れない存在を恐れるのは生物の本能だ。だからといって生まれた時から疎まれるだけの存在なんて。まるで生きることを自体を否定されているようだ。

 言葉が通じるならば互いに歩み寄ることだってできるだろうに。


 沈んだ気持ちが顔に出ていたのかムースは口調を明らめた。


 「じゃが、まだお主は運がいい方じゃ。そういった者に対して潔癖な国じゃ、即極刑じゃからな。人に紛れて暮らしておる者もおるがリスクが大きすぎる。」

 「人と暮らしている者もいるんですね」

 「本当に器用な者だけじゃ。現に・・・あの子は受け入れてもらえんかったようじゃからの」


 ムースはまた目を伏せた。

 未だ後悔の念に苛まれているのかブツブツと懺悔の言葉を繰り返す。


 しばらくしてハッと我に返ったムースは慌てて話題を変えた。


 「そうじゃ、後々聞かされることになるとは思うが三大怪異のことは知っておいたほうがいいな」

 「三大怪異・・・ですか」

 「あぁ、いわゆる不可侵の存在ってやつじゃ。えぇと、北の洞窟のハウル、ノア島のアスナロにーー」


 そこまで言ってムースはクックっと笑いを挟み、続ける。


 「そして神出鬼没で各地を放浪しているらしい、ラーじゃ。」

 「それらもつまり異形の者であると?」

 「そうじゃ。こやつらは本当の化け物。まぁ、テリトリーに近づかなければ大丈夫じゃと思うが。ん?あぁ、お前さんにとっちゃルーラーの方が問題か」


 また新たな存在が・・・。今度はどんな化け物なんだ?


 「ルーラーは・・・三大怪異とはまた違うんですか?」


 するとムースは一度目を見開き、ホッホッホと笑いだす。


 「何かおかしなこと言いました?」

 「いや、すまんすまん。ルーラーはな、人間じゃ。つまり・・・組織のことじゃな。さっき潔癖な国があるといったじゃろ? そこで発祥した異形の者を駆逐するプロどもの集まりでな、うちの国にもあちこち支部がおいてある」


 そこまで説明してムースはやれやれと頭を抱えた。


 「じゃから、こんな風にお前さんたちを匿っているうちの国としては非常に煙たい存在なんじゃがの。いかんせん正義の名のもとに各国に配置されとるから断りきれんらしい。下手すれば世界各国とルーラーを敵に回すことになるからの」


 正直、まだ現実味を感じられなかった。

 しかし、それらの情報が脳になじんでくると同時に理解する。

 自分の生を否定するように多い敵を。

 正義の名のもと? それじゃ、僕は生まれながらに悪者ってことじゃないか。


 おそらく、この世の終わりのような顔をしているであろう僕を見てムースはしまったという顔をした。


 「まぁ・・・詳しく知りたかったら書物庫で調べてみるといい。ほらこれが鍵じゃ。見回りと鉢合わせせんようにな」


 そう言って腰につけていた鍵束のうち一つを外しこちらへ放り投げる。


 「はぁ・・・ありがとうございます・・・」

 「ま、まぁ、まずは上に契約しに行かんとな。」


 ムースが案内をするというので一度牢から出してもらい、亡霊のように後に続いた。




「さぁ、この中じゃ」


 ムースが足を止める。

 目の前には細かい彫刻が施された豪華な扉がそびえたっていた。


 舞踏会にでも来ていたのならさぞ心は高鳴っただろう。

 しかし状況が状況だけに、それは怪しさを増長させるだけだった。


 重厚感ある扉をムースはやすやすと押し開ける。


 中に入ると部屋の中央にポツンと机と椅子が置いてあるだけあった。

 多少年季が入っているように見えたが、扉同様に装飾が施されている。

 机の上には包められていたのか端がカールした契約書と羽ペンだけが置かれていた。


 ムースが席に着くように促し、契約の際の注意事項や生活の指南の説明を始めた。

 しかし依然として抜け殻のような状態。

 相槌のように生返事をし、契約書にサインをする。


 実際、なんと名前を書いたものかと思案したが手はひとりでにペンを走らせる。

 書き終えて見てみると、ひどいものだった。ミミズが這ったような、到底解読不可能な文字が並ぶ。


 ムースはその様子を見ていたが直筆であればいいのだと契約書を丸め筒にしまった。


 とりあえず、これで契約とやらは完了らしい。

 席を立つと、今度は胸に抱えるほどの大きさの袋を渡された。

 その中のものについてムースがまた説明を始める。

 はい、はい・・・と頭を上下するがムースの声は頭に留まらず抜けていく。


 再び意識がハッキリした時にはもう説明が終わっていた。


 少し間をおいて、さっそくじゃが・・・という切り出したムースに外へと続く道を示され、初の任務に向かうことになった。

 

 

 

 



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