第8話 提案
カチャ…。カチャ…。
コーヒーカップを置く音がよく聞こえる。
客は相変わらず俺と優紀さんだけだ。
店内はがらがらなので、こういった音がきこえるのも当たり前といえば当たり前だ。
「はい、これで私の話は終わり。だから北山先生は私の命の恩人なの」
優紀さんは胸を張ってそう言った。
「要するに優紀さんは学生時代、自分のことを誰も理解してくれなくて、とても悩んでた。それを北山先生が救ったってことですか?」
「まぁ、そんなとこね。さっき話したように、父さんも母さんも誰も私のことわかってなかったのよ。クラスのみんなもそう。私が素直で優しい優等生なんだって思ってた。それが本当に嫌でね…。本当の私はそんなんじゃないのよって大声で言いたかった。でも…。言えなかった」
優紀さんは悲しげな表情を浮かべながらそう言った。
「その気持ち…。わかりますよ。なんだか自分一人が違う世界に取り残されたっていう感じですよね」
「あぁ、そんな感じかも。そんな状況の中で先生だけだったの。私の話を親身になって聞いてくれたのは」
「じゃあ北山先生が言ってた誤解しててすまなかったというのはどういう意味なんです?」
「逆に聞くけどなんであなたに教えないといけないの?」
「えっっ!?そこは教えてくれないんですか?」
「あなたと私がもう少し仲良くなったら教えてあげるわ」
「そ、そんな…」
もう少しってどのくらいなのだろうか。
でも、優紀さんともう少し仲良くなりたい。
そんなことを考えながら。俺はすっかり冷めてしまったホットコーヒーを一気に飲んだ。
「よし、私決めたわ!」
客が二人だけの店内で優紀さんの声が響きわたる。
「早見君、あなた私の相談相手になりなさい」
「へっ!?そ、相談相手…ですか?」
予想してなかった言葉に俺はどう答えていいかわからなかった。
「なによ。もしかして嫌なの?いいじゃない、べつに減るもんじゃないんだし」
「い、いや…。そういうことではなくて…。相談相手って何をするんですか?」
「わ、た、し、の相談を聞く相手よ!この歳にもなるとね。悩み事も多いのよ!もし断ったらコーヒーの代金払ってもらうわよ」
「そ、そんな…。わ、わかりました。喜んでお引き受けします」
「その言葉を待ってたわ!よろしくね、早見君。そうだ!これからは哲雄君って呼ぶわね。いい?」
「は、はい。もちろんいいですよ」
もし、断ったらどうなるか…。考えるだけでも怖い。
「じゃ、決まりね。よろしくね、哲雄君。あっ!もし良かったらチーズケーキ食べる?ここのチーズケーキおいしいのよ。あとね…」
なんだか、優紀さん…。嬉しそうだ!
優紀さんの笑顔を守りたい。
ニコニコしながら、メニュー表を見つめる彼女を見て、俺は心からそう思った。