第26話 言葉紡ぐ勇気
「早見君…。頑張れよ。応援しとるぞ」
彼を見送りながらワシは一言そうつぶやいた。
あの時こうしていたら…。
人が皆誰もが一度は思うことだろう。
かく言うワシもその一人だが…。
「マスターありがとう」
後ろでそんな声が聞こえる。
「おぉ、桜倉君か。隠れてなくていいのか?」
「隠れるだなんて。彼はもういないじゃないの」
「イギリスに帰る件、自分の口からは言わんのか?」
「恥ずかしいから」
「ふむふむ。そうか。なんとも君らしい」
そう言いながらワシはタバコを一本吹かす。
マイルドスター。
これがワシが好む銘柄だ。
これを吸うのが人生の生きがいと言っても決して過言ではない。
相次ぐタバコの増税で昔に比べるとあまり吸う数は減ったがこれだけは止めれない。
「早見君、そろそろ君に電話をかけるぞ」
一服しながらワシは一言そう言う。
これは大人の「勘」というやつだ。
「まだかけてはこないでしょう。彼も私と同じで恥ずかしがりやだから。いや、言葉を変えると鈍い男かしら。でも私の大切な人でもあるの」
「そうか。なら、君から告白してもいいんじゃないのか?」
ワシは二本目のタバコを吹かし始めた。
「そうね。でも私、聞きたいの。哲雄君の口から。だから待とうと思うの。時間はあまりないけど」
「待ち人待つか…。ワシは二人のこと、応援しとるぞ」
「ありがとう。マスター。それじゃあ私もそろそろ帰るわね。裏で飲んだコーヒーおいしかったわ」
「待たいつでも来なさい。ワシはどこへも行きはせんからの」
***
桜倉君が帰って数分ほど立つ。
やっぱり若い人と話すのは楽しい。
こうして喫茶店をしている甲斐があったというものだ。
それにしても彼女の行動力は凄い。
高校卒業後、英語を勉強したいと言いお婆ちゃんがいるイギリスへの大学に留学。
お父さんが外交官だから、そういう世界に憧れをもっておったんじゃろう。
そして、たまたま親戚の家があるここ緒海市に遊びに来てた矢先、早見君と知り合うことになった。
二人がこの先、どうなるかはワシは知らん。
でも、もうすぐ聖夜の夜クリスマス。
とても心が暖まる日じゃ。
きっとこの日、早見君は勝負に出るじゃろう。
「皆が幸せになれるように」
そう言いながらワシはイスに座りまた一本のタバコを吹かし始めた。
窓の外を見るとさっきまでパラパラ降っていた粉雪がやんでいた。
この世界はとても冷たくて悲しい出来事ばかり。
時として生きているのが辛くなる。
でも…。
いや、だからこそ人と人との触れ合いを大切にしていきたい。
そこにはたしかな温もりがあると思うから。




