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「あちらの椅子に腰かけて少々お待ち下さい」
「わかりました。 ほら、リリーも座って」
落ち着きなくキョロキョロするリリーの手を引っ張り椅子に腰かけるエリカ。 ほとんど幼稚園児と引率の保護者の関係である。
「ミラちゃーん、新規登録二名入りましたから準備よろしくー」
「ハイジじゃないんだ」
「ペーターはどこですか?」
「りょーかーい」
後ろを振り返り、事務所の奥に向かって声を掛けたクララ、それに軽く答えるミラと呼ばれた普人の女性。
「おー ヘブライ語とギリシャ語を足して割ったような文字だけれども、読める、私にも読めるぞララァ!」
辺りを見回しながら興奮気味に喋るリリー。 恥ずかしいのかエリカは、ほんのりと額に青筋を浮かべて
「どこぞの赤い人ですか、落ち着いて下さい。 怒りますよ?」
「(ヘブライ語にギリシャ語?狐族の文字って大陸文字じゃないんだ知らなかったー あと、ララァって誰? 私? というか、まだ名乗ってないし) お待たせしました。 まずは、冒険者ギルドの仕組みから説明します。 あ、申し遅れました、わたくし冒険者ギルド、ハージマリ支部受付担当のクララと申します。 よろしくお願いします」
「クラもごっ!(ラが立った!)」
「ご丁寧にありがとうございます。 私は、エリカ・シュタインベルクと申します。 この子は「もご リリー・マルレーンだよ! クララもリリーって呼んでね♪」 だそうです」
「は、はい。(リリーさんは私に何を言いたかったのかしら? 家名が有るって事は、完全に貴族か大商人の令嬢ね。 遊びで冒険者やっても、すぐに死ぬだけなんだけどな…… エリカさんがしっかりしている感じだから案外大丈夫かな?) えっと、始めますね。 冒険者ギルド、以下ギルドと言いますが、ギルドには冒険者の技量に合わせて各々にランク付けをしています。 これは、偏に未熟な冒険者を事故から守る為です。
~~中略~~
というように初心者が登録するFランクから、過去に誰も到達していないSSSランクまでの13クラスに分類している訳です。 ここまでは分かりましたか?」
「はい! クララせんせーい!」
「はい、リリーさん、なんでしょうか?」
「なんで、SとAからLまでのランク分けじゃないんですか?」
「なかなか鋭い質問ですね。 例えばですよ? A君の場合『 ふぅ やっとHランクに上がれたぜ! しかし、憧れのBランクまでは、まだまだ先が長いな気が滅入るよママン……』 B君の場合『おまはまだマシだよ。 俺なんて必死こいて漸くIランクだぜ? しかも、自分の実力を過信するほど若くもないしな、このままIランクのままで冒険者引退だなハハッ』 このような会話がLルートでは発生する訳ですよ」
※『』内の台詞のクララは音色を変えています。
「むむ、哀愁を誘う会話ですね」
「なるほど、Bランク以上をトリプル制にすると」
「エリカさん流石です。 トリプル制にするとこうなります。 A君の場合『 ふぅ やっとBランクに上がれたぜ! Bランクと言えば上級ランクだから箔も付いて女にもモテるだろうな! 憧れのSクラスまで、もう少しだし頑張るか!』 B君の場合『俺なんて必死こいて漸くCランクだぜ? しかも、自分の実力を過信するほど若くもないしな、このままCランクのままで冒険者引退だなハハッ でも、Cランクといったら、一人前のベテラン冒険者だから悪くないな。 ふふっ』 このようにトリプルルートでは変わる訳です。 どうですか? この違いの意味は分かりましたか?」
※『』内の台詞のクララは音色を変えています。
「ようするに、男のチンケなプライドを満たしてあげれるのがトリプル制と」
「リリーさん、本当の事でもオブラートに包んで発言して下さい」
「クララさんからリニアの匂いが…… クララだけにアルプス迂回か貫通ですかそうですか」
「で、でも(エリカさんまで…… リニアとかアルプスってなに?) AAAとかBBとかSSSって格好良いでしょ?」
「ヤ○ーとかマイナーリーグとかブルー○ードねぇ、まあまあかな?」
「まあ、G~Lランクよりは格好良いですね」
「では(リリーさんの言ってる意味が分からない……) 次に、ランクの昇級にはFランクからEランクに昇級する時以外は昇級試験があります。 これは、自分のランクのギルド貢献度が貯まった人が、ギルドの指定したクエストを達成して試験クリアとなります。」
「Eランクに上がるのに、試験がないのはなんで?」
「FランクとEランクはギルド的には、まだまだ見習い冒険者の位置づけですから、Dランク昇級クエストを達成して、初めて冒険者と認められると思って下さい」
「なるほど」
「また、受注できるクエストはギルドが特別に認める場合以外は、自分と同ランクのクエストと、下位ランクのクエストはランク-2までしか受注できません」
「上位ランクのクエストを受注できないのは分かりますけど、下位のクエストが自分のランクより-2ランクまでなのは、どうしてですか?」
「それは、Eランクで薬草採取やホーンラビット狩りを専門にして生活している、冒険者とも言えない一般の人を保護する為です」
「分かりました。 上級者に楽して稼がせない仕組みになっているのですね」
「そうなりますね。 中には、そこそこ実力があっても、あえて昇級試験を受けずにEランク、Dランクに留まっている人も、いるのですけど」
「そこは、個人の自由ってヤツだね」
「そうですね。 危険な事は避けて、そこそこの暮らしが出来れば満足って人が、薬草採取やホーンラビット狩り等を専門にして生活しています」
「あれ? でも、薬草採取やホーンラビット狩りは常設クエストって所に張り出されているけど、上級者は受けれないの?」
リリーは掲示板の左側の別枠に貼ってある紙を見ながら疑問を呈した。
「こっからあれが読めるとは目がいいですね。 リリーさんの疑問ももっともですね。 ギルド貢献度は入りませんけど上位ランク者でも、常時受注可能クエストは受けれます。 これは、力が衰えてきたり引退した上級者への救済措置にもなっている訳です」
「ふーん、冒険者ギルドって、もっとドライかと思っていたけど、ちゃんとアフターケアしているんだね」
「ギルドには互助会的な側面もありますから。 これでも、世界中に支部があり、国家でさえ関与出来ない公的な機関ですからね。 下手な小国なんかがギルドに喧嘩を吹っ掛けてきたら、逆に潰されますよ」
「過去に潰された国があるのですか?」
「ええ、ギルドは支部の規模に応じて各国に寄付金の名目で税金を払っているのですけど、100年ほど前でしたか、王族が放蕩三昧で財政難に陥っていた小国が、馬鹿げた金額の税金を要求してきたのですけど、滅亡しました。 現在は冒険者ギルドの直轄地になって、王都だった所にギルド本部が置かれています」
「知りませんでした。 勉強になります」
「直轄地を持つ冒険者ギルド…… アンタッチャブルだ」
「自由都市フライブルクの話は、わりと有名な話なんですよ?」
「フライブルクにそんな逸話があったのですね」
「フライブルクはホイホイのイメージがあるなー」
「ゲームが違いますし、分かる人いるんですかね?」
「ホイホイ?」
「いえ、里での遊びの話です」
「なるほど。 話を戻しますが、滅亡した小国のおかげで冒険者ギルドに圧力を掛ける事は、各国の間でタブーとなったのです。 その為、ギルドが発行するギルドカードは各国で身分証として通用しますし、ランクによってギルドカードが変わりますので、ギルドカードの価値がそのままステータスに繋がります」
「お待たせー」
ミラと呼ばれた普人女性が手に鉄のプレートを持ってやってきた。
「ちょうどいいタイミングでしたね。 このギルドカードに個人情報を登録しますと、お二人の冒険者ギルド所属を示す身分証になります。 紛失した場合は、再発行手数料として1シルバ50ベニー掛かりますので、注意して下さい」
「登録料の5倍ですか、結構なお値段ですね」
「はい、最初の登録はサービス価格にしてありますので」
「貧乏人でも冒険者になれるってわけだ」
「リリー、オブラートに包んで下さい」
「ビブラートなら得意だぞ♪」
「ビブラートじゃなくて、リリーのはただ単に声が裏返っただけです」
「う゛ で、でも、もっと貧乏で30ベニーも持ってない人は登録できないの?」
「素材の買取り自体は、ギルド未登録の人でも可能ですから、常設クエストの薬草10株採取するだけで登録料は賄えますので、手元不如意な方でも大丈夫です」
「なんという安心設計」
「無一文が100人いても大丈夫」
「えー ごほん、話を続けさせてもらいますね。 このギルドカード自体が本人確認の為の簡単な魔道具みたいな物ですから、紛失しても他人に悪用される心配はありませんが、無くさないに越したことはありません」
「魔道具だから高かったのですか」
「魔道具キタ! ファンタジー万歳!」
「は、はい、魔道具といいますても、契約の魔法をプレートに定着させているだけですけどね。 それで、最後にギルドの規約に同意していただけたのなら、このプレートに血を一滴垂らしてもらって登録は完了となります。 規約と言っても、この通り簡単な事だけですから」
そう言って、クララは二人の前に一枚の紙を差し出した。