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「ちょっと暴論じゃないの?」
「イグザクトリー、そうですね、暴論だとは私も思いますけど、憎しみは憎しみしか生みませんよ?」
「それは頭では解っているんだけれども、非戦闘員まで殺すという事に対しての感情というか理性がね?」
憎しみは憎しみしか生まない。 リリーは眉間の皺を指の腹で解しながら、その言葉を反芻するのであった。
「リリーが至極真っ当な理性の持ち主で従者としては誇らしいです、が、暴力の連鎖を断つのにはジェノサイドが一番です」
「民族浄化だっけ?」
「民族浄化や大量虐殺の意味合いで使われる事がほとんどですけれども、なにも全ての敵国民を殺戮しろと言っているわけでは無いのです」
「ジェノサイドってそういう意味じゃなかったの?」
ジェノサイドをしろと勧めるのに、全ては殺さなくても良いと言うエリカに、リリーは疑問を感じて聞き返した。
「そういう意味ですよ? それ以外にも有るということです。 この場合は国家の抹消、宗教の強制的な改宗とかですね」
「ということは、マーロ教国を滅亡させて、マーロ教の教義を抹消させるってことだよね?」
「はい、それで暴力と憎しみの連鎖は、ある程度は防げるかと愚考します。 あくまでも、ある程度ではありますけれども」
「それでも、ある程度なのか……」
エリカの意見具申に対して、リリーは内心で面倒臭いことになりそうだと思い、ため息交じりに呟いた。
「そりゃそうですよ。 本気で防ごうと思うなら、マーロ教国人は一人残らず皆殺しにしなければ防げません。 禍根は断つ、これ常識です」
「そこまでは気力が持たないね」
「本気になれば上級魔法で一発ですけどね。 まあ、面倒ですけど今回は国家と宗教の抹消で許してあげましょうかね?」
サラッと皆殺しを口にするエリカに、リリーは呆れて返す言葉も少なくなるのだった。
「ふむ、具体的には、どういった具合に?」
「上は教皇から枢機卿、大司教と順番に、下は神官、熱心な信者まで殺します。 他には、もちろん貴族は全貴族、役人は上級役人は全員を殺します」
「うへー 殺しのリストが膨大になりそう」
リリーは自分の目の前に山のように積まれる書類の束を想像して、苦虫を噛み潰したような顔をするのであった。 実際には書類など一枚も出てはこないのだが。
「リストは十倍ぐらいには膨れ上がりますよ?」
「まさか!?」
「まさかではなくて、常識の範囲内ですよ? 一族郎党皆殺しまでですから」
「禍根を断つ為か……」
エリカの言葉を聞いたリリーは、神妙な面持ちで独り言ちた。
「そうです。 リリーが相手を慮ってあげる必要など無いのですよ? 戦争を仕掛けてきたのは向こうなのですから」
「……最終的な人数の概算は、どのぐらいになるの?」
色々と諦めたリリーはエリカに対して数を尋ねた。
「三十万くらいですかね?」
「案外少ないんだね?」
事もなげに言うエリカに、リリーも三十万が路傍の石とでも言うように、少ないと返すのだった。
「この時代というか、この世界にしては結構な人数ですけどね」
「三十万人から恨まれる神さまっているのかな?」
「地球の神さまなんて、何億人って連中から恨まれていると思いますよ? それと、別にリリーが恨まれるわけでは無いので安心して下さい」
「でも、寝覚めが悪くなりそうだよ」
一神教の場合、狂信者にとっては他宗教の神は悪魔と同等の存在なのである。 そこには他宗教を認め共存共栄しようとする概念は存在しない。
「大丈夫ですよ。 ちゃんと精神耐性が付いてますし、いまでも三十万という数字を聞いても、案外少ないって反応したでしょ? 普通の人は、三十万も!?って反応になりますから」
「なるほど、驚かなかったのは精神異常無効のおかげだったんだ」
自分の神経がイカレてしまったのでは?と心配したリリーであったが、エリカのフォローで、その心配が杞憂だと分かったリリーは、ホッと胸をなでおろした。
「ええ、ですから、一人の人間の死は悲劇だが三十万人の死は統計上の数字に過ぎない、といった感覚になれるわけですね」
「その言葉を言ったのって、確かスターリンだったよね?」
リリーは記憶を掘り起こしてエリカに尋ねたのに対して、エリカは補足するように、ある一人の名前を付け足した。
「あと、ゲシュタポのアイヒマンも言ってましたね。 両人とも同じような言葉を残しているみたいですね」
スターリンとアイヒマン。 第二次世界大戦前後において大量虐殺を指示したことで有名な二人である。 アイヒマンは、いち課長の立場に過ぎなかったので、命令を遂行しただけとも言えるのかも知れないが。
「F12、freedomでなんとかできないもんかね」
「分かる人いませんし、それをやるなら、make_puppet which(傀儡)か、coup_nation which(併合)です。 というか出来ませんから」
freedomも、make_puppetや、coup_nationも、あるゲームのチートコマンドであるのだが、これは完全に蛇足であろう。
「ですねよー それで、殺るとして方法は? デスナイトでも使おうか?」
「それでもいいですけど、私の精霊を使った方が面白いですよ? マーロ教の教義には精霊は神の使徒となっていますから、文字通りに神の死徒になってもらいましょうかね」
そう言ってエリカはニヤリと口角を上げて、悪魔のような笑みを浮かべるのであった。 可愛い天使はどこへ行ったのか……
「それ文字違うし、エリカが邪悪だし」
「邪な神もいるということですよ」
「それ邪神だし! 私は戦神だもん!」
エリカに暗に邪神と言われたリリーは、必死の形相で否定するのであったが、
「戦は破壊、破壊は破壊神=邪神ってことで」
「論理の飛躍だ……」
エリカの無茶苦茶な三段論法に、ガックリと肩を落として項垂れるリリーの後ろ姿には哀愁が漂っていた。
「自分たちが崇拝する神の使徒から命を脅かされ攻撃される気分は、どんな気分なんでしょうかね? 想像するとゾクゾクしちゃいますね」
「前から思ってたけど、エリカって絶対にドSだよね」
蟻の行列を弄るかのように気軽に言うエリカの言葉に、リリーは引き気味にサディストと言ったのだった。
「弱いものイジメをしているつもりはありませんよ? 死のリストに載せた人間は社会的には強者ですしね」
「それなら、一族郎党皆殺しから、郎党は除外してあげてもいいんじゃないの?」
「それもそうですね、線引きが難しいですけど、熱心な信徒でなければ下男下女くらいは、お目こぼしをしてあげましょうかね」
ただの使用人等は殺すには忍びないと思ったリリーは、エリカに対してリストから外すように要請したのに、エリカもそれを肯定したのであった。
「うん、それなら私も罪悪感に苛まされることも無く、思う存分に相手を殺せるかな?」
「さっきも言いましたけど、精霊たちに任せておけば大丈夫ですから、リリーが直接手を下す必要はありませんよ?」
「うーん、それはそうなんだけどさ…… 命令だけしておいて、自分だけ呑気にお茶でも飲んでいるというのも、なんだかなーって気もするしね」
自分から積極的に敵を殺すような発言をしたリリーに、エリカはやや驚きながらも窘めるのだが、リリーはモヤッとした曖昧な返事をしたのである。
「ダメですよ。 リリーは大将なのですから、デンと構えておけばいいのです。 前線に出て敵の首を取るなんて匹夫の勇がすることです」
「大将になったつもりは無いけど、ほら、私って一応は主人公なわけじゃない? 主役が活躍しないと物語が盛り上がらないかなー?って思ってさ?」
エリカにダメと言われたリリーは、言い訳がましく取って付けたような話で、エリカを納得させようとするのだが、
「そんなメタな理由で殺される相手に同情しますね…… というか、ダメですってば!」
「どうしてもダメ……?」
エリカに再度、出陣?を拒否されたリリーは、両手を組み上目づかいでお願いのポーズをしたのであった。