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「そろそろリリーにも、覚悟というモノを覚えてもらいますね?」
「覚悟というと、あの、殺すKAKUGOの覚悟だよね?」
ゴクっと唾を飲み込んでリリーは聞き返した。
「はい、生緩い現代日本人の感覚で魔物を殺すのはヒャッハーだけれども、人を殺すのには罪悪感を覚えるなんて、臍が茶を沸かすような事はよもや言わないですよね?」
「覚悟完了。 というか、そんな脳味噌お花畑みたいなことは言わないよ。 エリカは私の記憶を共有しているのだから、私がどんな人間だったのか知っているでしょ?」
エリカは、人を殺すのことは無条件で悪であると教えてきた、戦後日本の教育を馬鹿にするように言うのであった。 それに対してリリーは、エリカに自分という人間を確かめるように語るのだった。
「昔のままみたいで、それなら大丈夫そうですね」
「大丈夫だよ。 昔も今も私という人間は、いや、元人間かな? 自分が好意を持った以外の人間には頓着しないから。 神としては狭量で失格なのかも知れないけれど」
「自分が好意を持った人間には愛情を示せるのですから、それで十分ではありませんか? 私はそんなリリーが好きですよ」
少し寂しそうに言いながら自嘲気味に笑うリリーに対して、エリカは慈愛の眼差しでリリーを見つめた。
「いま一つ愛ってモノは理解してないけどね。 愛なんて粘膜が作り出した幻想の気がするから」
「だからリリーには鉄の処女が必要だったのですね。 おいたわしや……」
「いや、鉄の処女なんて持ってないし! それ拷問器具だし! それを言うなら、鋼鉄の子宮だし!」
手で顔を覆い泣き真似をするエリカに、リリーは盛大に突っ込みを入れるのであった。
「シローは青臭かったですよね。 シローのことではなくて、現実ですけれども、よく、やらない善よりやる偽善とか言いますけど、自分の周囲の事象には目を瞑って、自分がより良く見られる為に、外の事象に手を差し伸べる人間が多々見受けられますけど、正直言って反吐が出ますね」
「それって、個人だけではなくて国家や企業団体にも当て嵌まるよね? 発展途上国に国民の税金をアホみたいにバラ撒く政治家や、自社の社員を酷使させて儲けた利益で外国に学校を建てる経営者とか、国民には自助努力とか言って餓死させたりしているのに、アフリカで飢えている子供には愛の手をとさ……」
二人は、ノブレス・オブリージュも国家の社会的責任もCSRも、その大多数が外に向けてのみ行われている現状を憂いているのだ。
「有償のODA、円借款だったら、債務免除や相手国がデフォルトしない限り税金は利子が付いて戻ってきますけどね。 日本は自国民には厳しい国ですから、特にサイレントマジョリティには厳しいですね。 声を大きくして税金を貪っているクセに自国を貶めている連中はみんな死ねばいいのですよ。 ブラック企業経営の偽善者も死ねばいいのですよ。 そんな矮小な人間たちなんかよりも、狭量なリリーの方が百万倍は好いと思いますよ?」
「目くそ鼻くそみたいで、なんだか褒められてるのか貶されているのか分かんないけど、ありがとうね。 まあ、ここは日本じゃなくて異世界なんだから、この話はここまでにしようか?」
リリーは苦笑いしながら脱線した話しを軌道修正しようとした。
「私の基準では、ちゃんと褒めてますよ? リリーは不器用で損な役回りばかりしてきたのですから、此処では少しばかり傲慢に振る舞ってもいいのです。 他の誰かがリリーを非難しようと、たとえ神が敵になろうとも私だけは何があってもリリーの味方ですから」
「う、うん、エリカの愛が重いです。 それに神は私だし」
「本当の愛、真実の愛って重くて鬱陶しいモノなんですよ? それに、この愛を望んだのは他でもないリリーなのですから」
「なんとなくだけれども、それは分かってるよ」
若干ヤンデレ化したエリカに対して、頬を引き攣らせながらもリリーは頷くのであった。
「それでは、この世に地獄を作りましょうかね?」
「それ、なんか違うし! ヤバいし!」
「間違えました、てへぺろ
では、仕切り直して、
誠意を示す者には敬愛を、好意を示す者には愛情を、悪意を示す者には怒りを、敵意を示す者には憎しみを、害意を示す者には死を捧げようではないか!」
「さっきより酷くなってない?」
エリカの言い放った大言壮語に、リリーは半ば呆れてジト目で睨むのだった。
「そんなことはありませんよ? 死は1/5ですから」
「ロシアンルーレットより確率悪いし! そうじゃなくて、えっと、なんていうのかな、厨二病……?」
「真実を奏でる者が厨二なら、それすなわち、永遠の愛!」
「黄色の救急車って呼べるのかな?」
日本の都市部では日夜、黄色の救急車が駆け回っているらしい。 特に春先になると出動回数が跳ね上がるのだ。 まあ、都市伝説の類いではあるのだが。
「少し誇大して表現してみました、反省はしていない」
「ジャロも真っ青じゃろ……」
「だれうまって言って欲しいんですか?欲しいんですね!」
「その前にジャロを知っている人がいるのか、その方が心配だよ」
「中立性が担pもごっoされない第三者kふがっi」
「それ以上はいけない」
暴走するエリカを止めようとして、リリーはエリカの口を塞ぐのである。
「ハァハァ、表現の自由の侵害です!」
「大人になるということは、自由を捨てることなんだよパトラッシュ……」
「なんだか、過去に話した事とループしそうなので自嘲しときますね?」
「自嘲かい!」
「河本次長は、いかがお過ごしでしょうね?」
「そろそろ自重しようか?」
エリカに振り回されるリリーは、疲れた顔をして軽くため息を吐きながら言った。
「そうですね、もう変換もできませんしね」
「変換できたらするんかい……」
「よろしい、ならば戦争だ!」
「かかってこい相手になってやる! こうですねわかります」
「そうきたか。 閣下、腐ったブタ野郎のマーロ教国が宣戦布告をしてきました! 直ぐに迎撃の準備を整えねば」
「今回の戦争は宣戦布告無しの戦争だし、言葉が微妙に違う気もするし」
リリーは、一部マニアには有名な戦争ゲームの名ゼリフを懐かしそうに思い出して、ニヤけそうになるのを我慢するのであった。
「そういえば、あの騎士もマーロ教国のことを腐ったブタ野郎と言ってましたね。 というか、このネタ分かる人いるんですかね?」
「一人ぐらいは居ると信じたい…… まあ、マーロ教国が、ろくでなしで罰当たりのブタ野郎ってのは、我々からすれば事実だな」
戦争を吹っ掛けられた方とすれば、どんな罵詈雑言を吐いても吐き足りないものなのであろう。
「それで、真面目な話ですけど、明確に敵と認定したマーロ教国を、どのように蹂躙しましょうかね?」
「蹂躙が前提なのね、流石に非戦闘員の女子供まで殺したいとは思わないから、戦場の後方で後詰を叩くとかかな?」
腕を組み首を捻ってリリーは、思案した内容をエリカに返答した。
「甘いですね」
「そうかな?」
「ええ、砂糖に蜂蜜とメイプルシロップを入れてかき混ぜた後に練乳を一本入れくらいに激甘ですよ?」
「イメージしただけでも胸焼けしそうになるね」
口の中に広がる甘ったるさを想像をしたリリーは、への字に眉を下げて慎ましやかな胸を撫でるのだった。
「いいですか、現代における戦争では銃後も戦場なのですよ?」
「現代じゃないし、精々十六世紀ぐらいじゃないの?」
「チッチッチッ、甘いですね。 銃後の市井では、ナニが作られていますか?」
人差し指をピンと立て左右に振りながら、エリカは得意げな顔でリリーに問い掛けた。
「そんなの答えは簡単だよ、武器や食糧とかでしょ?」
「30点ですね、それもありますけど、ポーションです。 リリーも自分で作っているのに、なんで忘れるのかな?かな?」
「すみません……」
自信満々に答えたリリーなのであったが、エリカに指摘されて自信も砕け散り、シュンと縮こまってしまった。
「それと、人です」
「ヒト? 人って人間の人?」
「はい、子供はやがて大人になりますよね? そしたら何に成りますかね?」
「この場合の答えは、騎士とか兵士ってことだよね?」
ゴブリンやオークが人間の若い女性を犯して孕ませ、産ませている繁殖牧場を想像したリリーは眉間に皺を寄せて答えた。
この場面で、人間がコブリンにすり替わる発想をしてしまうリリーの神経も大概、ファンタジー小説に毒されているのであろう。
「イグザクトリー」
「だから、子供も殺せと?」
「イグザクトリー」
「ちょっと暴論じゃないの?」
無関係な子供まで殺せと言うエリカに対して、リリーは多少の嫌悪感を滲ませるのであった。