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「戦争?」
「ああ、腐ったブタ野郎のマーロ教国が宣戦布告も無しに攻めてきやがった!」
「なるほど、あの普人至上主義のマーロ教国が、ですか」
エリカが疑問符で聞き返したのに、騎士はマーロ教国への怒りを込めて"腐ったブタ野郎"と言うのであった。
「わわわ、せ、戦争ってエリカど、ど、どうしよう?」
「大丈夫だから、落ち着きなさいリリー。 それで騎士団としては、どれぐらいの量のポーションが必要なのですか?」
戦争の単語に平和ボケしていた元日本人が抜けきらないリリーは顔面蒼白で慌てたのに、エリカはリリーの背中を擦りながら宥めすかした。
「有ったら有るだけ欲しいのが事実だな、戦況如何によっては大量に消費されてしまうからな」
「それでは、できうる限りの善処をいたしますので、当商会に割り当てをお願いします」
「この前の魔物騒動の時には、冒険者ギルドにポーション改を500とミドルポーション改とマジックポーション改を100本づつ納入したよな?」
エリカの問い掛けに騎士は前回のケルベロス騒動時に納入した数を確認してきた。
「はい、その通りです」
「今回は最低でも、その倍はお願いしたいのだが、できるか?」
「そうですね、戦争終結まで毎日に亘ってその数を納入するのは、材料の都合で厳しいと言わざるを得ません、が、その半数、週に二千と四百づつなら可能ですので、それで了承して頂きたく存じます」
半分の数で勘弁して欲しいとエリカは頭を下げるのだった。 騎士もそれに納得して、
「相分かった、それで初回の納入だが、明日にでもお願いしたいのだが、大丈夫か?」
「明日まででしたら、千と二百づつなら可能です」
「助かる、それ以降は毎週、月曜日と金曜日に納入してもらいたい」
そう言った騎士の頼みに対して、エリカは申し訳なさそな振りで遠慮がちに騎士に告げる。
「ポーションの製造は可能ですが、なにぶん当商会は人手不足ですので、前線までの納入は製造に支障をきたしますので、できかねます」
「それは了承している、ポーションの受け渡しは、この店頭で構わん」
「ご理解頂けてなによりです、金額は店頭価格でよろしいですね?」
店頭での納入を騎士が了承したのに、エリカは笑顔を返すのであった。
「ああ、緊急だから心情的には割増ししてやりたい所だが、自国の防衛戦争だからそうも言えんのだ」
「分かります。 戦場で兵士が自国の為に戦っているのに、私たち商人が暴利を貪って良い筈がありません」
騎士が気まずそうに言ったのに対して、エリカは模範的解答を口にするのだ。
「そう言ってもらえると助かる。 では、明日の納入を頼んだぞ!」
「はい、お任せ下さい」
その後、書面での契約を結んでから騎士は帰って行った。
「なんだか偉そうな感じの騎士だったね」
騎士とのやり取りをエリカに任せて静観を決め込んでいたリリーが、騎士がいなくなってから、おもむろに口を開いた。
「序列下位といえども貴族ですからね、平民には横柄なもの言いにもなるのでしょう。 でも、あの騎士はまだ紳士的だと思いますよ?」
「なるほど。 それで、ポーションだけどさ、倍の量でも簡単に作れるけど、あれで良かったの?」
「あまりにも大量に作れるのは不自然ですよ? あれでも多いと思いますけどね」
薬草を乳鉢でゴリゴリと擦って一からポーションを作る普通の調合師の場合であれば、一日に作れる数は精々五十個が限度であろう。 それを先ほど騎士団と契約した内容では、一日あたり三種類のポーションを合わせて四百個も作製するのである。 既に十分に不自然ではあるのだが、リリーはそれに気が付いていない。
エリカは一応は気が付いているみたいだが。
「それもそうだね、では、ちゃっちゃと作り置きしますか!」
「はい」
そう言って二人はポーション作りに精を出すのであった。
「調合+1×1000」
「ふぅ~ これで二万個完了っと」
ポーションを作り終えたリリーは、薄っすらとすら汗も滲んでもいないのに、額の汗を拭う真似をした。
「リリーは汗を掻いてませんよ? ベルトコンベアみたいに完成するのを見ているだけですから」
「ふいんきだよ、雰囲気! そんなんじゃエリカは情緒を解さない俗物って言われるよ!」
エリカの突っ込みにリリーは不貞腐れて文句を言うのであった。
「ハマーンネタはスルーしときますね。 とりあえず十週分は作り終えたので、これで暫らくの間はサボれますね」
「いくら私たちがチートといっても、数が多いと時間が掛かるね」
「そうですね、二時間ぐらい掛かりましたかね? さて、お茶にしましょうか」
「うん、お願い」
エリカは壁に掛かった自作の時計を見遣って答え、お茶を淹れに台所へと向かった。
「ズズッ うむ、今日から平和じゃないけど、お茶は相も変わらず美味い」
「茶葉には戦争も平和も関係ありませんからね」
エリカが淹れた紅茶を美味しそうに啜りながら、リリーは一息ついた。
「それで戦争だけどさ、どうするの?」
「リリーは、どうしたいのですか?」
「うーん、マーロ教国には勝って欲しくないね、むしろ負けろ」
リリーは眉間に皺を寄せた渋い表情で、マーロ教国の敗戦を念じるのであった。
「そうですよね、マーロ教国が勝った場合は迫害だけならまだしも、敗戦国となったウィンザー王国の獣人は奴隷に落とされる可能性の方が高いですから」
「クララやリーゼが奴隷にされるなんて私が許さないよ!」
奴隷という言葉を聞いたリリーは、握りしめた拳をダンッとテーブルに叩きつけて叫んだ。 カップの中の紅茶が波を立てて溢れそうになっていた。
「では、ウィンザー王国が負けそうになった場合は介入しますか?」
「そうなったら介入するしかないね。 だけどさ、私って一応は神な訳じゃん?」
「一応ではなくて、神ですね」
「神さまって、人の争いに関与していいのかな?」
少しは冷静さを取り戻したリリーは、自分の立場を思い返してエリカに問うのであった。
「良いも悪いも、此処に家を買った時点で係わっていますし、既にポーション作りで片方だけに思いっ切り関与してますよ?」
「それもそうか、聞いただけ野暮だったみたいだね」
エリカの指摘にリリーは、首を竦めて自嘲気味に笑うのだった。
「ええ、リリーがクララやリーゼを守りたいって私情で関与するのも、私は悪いとは思いませんよ? 神さまも一応は人なのですから」
「神を人と肯定する場合は一応が付くのね…… それで、関与するにしても、どこまでは傍観するのか、どこからは関与するのかを考えないとね」
「それも結局の所は曖昧な線引きになるとは思いますけれども、面倒ですからいっその事、私たちでマーロ教国を滅ぼしますか?」
「それはまた過激だね。 なるべくなら人の争いには係わらない方がいいみたいなことを、エリカは前に言ってなかったっけ?」
面倒だから滅ぼすと言うエリカの言葉に対して、リリーは驚きながらも過去にエリカが指摘してくれた事を思い返し、二律背反では?と問い返したのだ。
「それはいまも、そう思っていますよ? ただし、私たちに害が及ばない限りという前提が付きますけれども」
「この戦争は、その前提が崩れる可能性があるということだね?」
「もう既に崩れていますね、大量のポーションを作らなければならないなんて、普通の人なら平穏な日常を奪われていますよ? 私たちでさえ、二時間も貴重な時間が奪われたのですから、狂った普人至上主義者なんて、神の放ったメギドの火に焼かれてしまえばいいのです」
「お、おう。 というか、コロニー落としじゃないんだから……」
ヒートアップして暴言を吐くエリカに、リリーは若干後ずさって頬を引き攣らせた。
「ギレンの演説ではなくて、旧約聖書のメギドの火ですよ? それより、リリーは神さまなんですから、リリーには"わがまま"を言う権利が有ります」
「わがままかどうかは分かんないけど、この町は守りたいよね」
「ハージマリを守りたい、それにはウィンザー王国が負けるわけにはいかない、だからマーロ教国は滅ぼす。 最終的には此処に行き着くのですよ」
「極論みたいだけど、結局は、それしかないのかな……」
暴論とも極論とも取れるが、エリカの言っている事が間違いではないと思うリリーは、溜め息を吐きながらも自分の中で消化しようと思いを巡らせるのだった。
「そうですよ、下賤な輩など木端微塵に吹き飛ばして、塵一つ残さずにこの地上から消し去りましょう」
「なんだかエリカさんが怖いんですけど」
「そろそろリリーにも、覚悟というモノを覚えてもらいますね?」
絶賛ドン引き中のリリーに対して、追い討ちを掛けるようにエリカが悪魔のような微笑みで問い掛けてきたのであった。