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「この調子で、冷やす魔道具や水の出る魔道具なんかも作っちゃう?」
「冷やす魔道具は兎も角、水の出る魔道具は止めておいた方が無難だと思いますけど?」
「なんで? あったら便利だと思うけど?」
エリカに水の出る魔道具を作るのを止められて、それに疑問を返すリリーなのであった。
「確かに、あったら便利ですけれども、水の出る魔道具を世に出した場合の影響が読み切れません」
「というと?」
「そうですね、なんて言えばいいのでしょうか、まずは、なにも無い所から水が湧き出るのって不自然で変じゃないですか?」
眉間に皺を寄せて、言い難そうに説明するエリカなのだった。
「確かにそうだけれど、それを言ったら魔法のウォーターだって一緒でしょ?」
「そうなんですけれども、うーん…… 説明の仕方が難しいですね、ライターの場合は火打石というモノが既に普及しているから安心なんですよ」
「あー なんとなくエリカが言いたいことが、分かってきた気がするよ、つまり、いままでに似たようなモノが存在さえしないトコに、いきなり水が湧き出る道具なんかを世に出したらってことだよね?」
エリカの言葉を自分なりに咀嚼して答えを出すリリーであった。
「はい、それに値段の付けようもありませんし」
「普段、街中で生活している分には必要なくても、砂漠を旅する人には金貨1枚出す価値があるってことか」
「そういうことですね」
水が出る魔道具は、水を求めて砂漠を彷徨う人には、それこそオアシスを見つけたのと同じぐらいの価値があるかも知れないのだ。
「エリカでも考えが纏まらないことがあると分かって、ちょっと嬉しいかも」
「私だって完璧ではありませんよ」
「難しく考えすぎなんだよエリカは」
「そうですかね?」
リリーに難しく考えすぎと言われたエリカは首をコテンと傾げるのだった。
「例えばさ、水の出る魔道具を水筒の形にして、使える回数を表示するとかにしたらどうかな?」
「500mlが入る水筒で中が空になったら、また500mlが補充されるとかですか?」
「うん、そんな感じで100回使ったら使用不能、お終いって感じにするとかさ」
「合計で50リットルですか…… それだと価値が有りすぎる気がしますね」
リリーの提案に対して、顎に手をやりひと思案したエリカであったが、否定的な見解にたどり着くのに時間は掛からなかった。
「50キロ分の荷物を運ばなくてもいいのは、大きすぎるのかな?」
「大きすぎると思いますね、その分で他の荷物を運べますから、金に糸目を付けない人は、それこそ10ゴルド出しても買うかもしれませんよ? この世界にはアイテムボックスなんてモノは、おそらく私たち以外には持ってはいないはずですから」
ロッテとフリッツが空間魔法の存在を知ってはいたのだが、それとアイテムボックスが存在する事は別の問題である。
「それなら、10リットルならどうだろ?」
「それでも、量が多いと思いますよ? 頑張れば庶民でも買えないと意味が無いと思いますから」
「匙加減が難しいね、500mlの容量の水筒に、1リットルだと作る意味が薄いしなー」
「作るのでしたら、最高でも5リットル、できれば2~3リットルが妥当だと思いますね」
「そんなぐらいが丁度いいの?」
「あったら、ほんのちょっと便利な程度の方が、魔道具の価値としては良いかと? あまりにも便利すぎて強力な魔道具は諸刃の剣になりかねません。 あくまでも、旅人の非常用の水筒という感じでいいと思いますね」
水筒を作るのに気乗りしないエリカは、念を押すように言うのであった。
「ふむ、持っていたら便利だけども、持っていなくても別に不便に感じない程度ってことか」
「はい、普通の水筒を5個ぶら下げて持ち歩くか、魔道具の水筒を1個ぶら下げるか、それ以上は価値が大きくなりすぎますね」
「では、最初の500mlと併せて3リットルの魔水筒を作ってみようよ?」
「そうですね、材質はアルミは…… この世界では製錬できてませんから、陶器とかですかね?」
「それか、竹とか?」
「陶器だと落とした時に割れやすいですし、竹の方がいいですね、ちょうど町の北に竹林もありますしね」
「うーん、稲の無い地域に竹があるのが不思議な気がしないでもない」
「地球では竹の原産地の大部分はアジアでしたからね、まあ、異世界ですから植生も多少は違うということだとは思いますけど」
「気にしたら負けってヤツだね」
「そういうことですね。 では、さっそくにでも竹を取りに行きましょうか」
こうしてリリーとエリカは、町の北にある竹林に材料の竹を取りに行って、戻って着てから水筒の試作を試みるのであった。
「錬金、水筒3リットル」
「見ただけでは竹筒の水筒と変わらないね」
「どんな水筒を想像していたのですか?」
「軍用の格好良い感じのかな?」
「そんな形が竹で出来るわけありませんよ」
「それもそうか」
出来上がった水筒を見たリリーは少し残念そうな感想を漏らしたのだった。
竹の魔水筒 製作者エリカ・シュタインベルク
水の魔法が込められている魔道具、普通の水筒としても使える
使用方法:ボタンを押している間は水筒内に水が湧き出る、満タンでは自動的に止まる。合計3リットルまで
※目盛りが付いており残量が1リットルを切ると黄色に、500mlを切ると赤色に変色する
残量が無くなったら魔石が壊れて使用不可、普通の水筒としては使える
「ん? 最初は中身が入ってないのね」
「そうですね、最初の一杯分も魔石から出すともったいないですし、なにより、空の水筒に水が溜まるのが分かって嬉しいじゃないですか?」
水筒を手に取って軽く振ってみたリリーが呟いたのに対して、エリカの後者の答えはイマイチ要領を得ない答えであった。
「そういうもんかな?」
「そういうもんですよ、ものは試しにポチっとな」
そう言ってエリカは、リリーが手に持っている竹筒の上部に設置したボタンを押したのである。
「おー 確かに、わずかながらの重みでも感じられるのが嬉しいかも」
「そうでしょ?」
「では、飲んでみますか」
魔石によって水が入った重みに顔を綻ばせながら、リリーは竹筒を口へと運ぶのであった。
ゴクッ
「うん、多分だけど普通の水と味は変わらないみたいだね」
「まあ、空気中の水蒸気を集めただけみたいですからね、この水筒は幾らで売りに出しましょうかね?」
水蒸気を魔石に集めて、魔石を通して水に変換されるのである。 ファンタジーは万能である。
「魔石はライターのと同じ大きさだよね?」
「そうですね、これも10シルバで売りますか?」
「六掛けで卸した場合で6シルバだもんね それ以下にするわけにはいかないみたいだね」
「転売を防ぐには、10シルバ以下にはできそうにないですね」
「3リットルで10シルバの水とは贅沢な水だな」
リリーは竹筒を見遣りながら独り言ちるのであったが、そこでエリカが、
「ヘネシーを五万円で開けていたリリーに言う資格があるのかと、問いたい、問い詰めたい、小一時間問い詰めたい」
「あ、あれはですネ? その場のふいんきも併せて楽しむのも含めた価格設定なんですヨ? エリカサン?」
エリカの剣幕に押されて、慌てて言い訳をするリリーなのだった。
「ふーん、へー、ほー それで?」
「ヘ、ヘネシーでもVSOPだし、水じゃなくて、お酒だし」
「あ゛!?」
腕を組んでジト目で睨むエリカに対して、墓穴を掘るリリーであった。 その言葉にエリカの目が、カッと見開くのは必然であろう。
「は、反省しています!」
「分かればいいのですよ? わ、か、れ、ば。 だいたいリリーはですね、いつもいつも散財しているだけで女を落とせた試しもなかったじゃないですか、奈緒って子も「わーわーなんでエリカがそのことを!?」リリーはちょっと黙ってなさい! 香織って子も皐月って子も同伴だけでリリーは喜んじゃって鴨が葱を背負って貢ぐだけで、さ、せ、て、もらえないなんて、そんなにしたかったのなら風俗、いや、私が…… ぶつぶつぶつ……」
謝り慌てるリリーに対して、エリカの言葉は嫌味も混じってぐちぐちと愚痴に変わって行くのである。 嫉妬に駆られた女房か小姑みたいなエリカなのであった。
「そんな過去もあったね…… というか、エリカさんは本当に私の過去を知っているのね」
スイッチの入ってしまったエリカによって、その場に五分間正座をさせられて説教を聞かされていたリリーは、遠い目をしながら呟くのであった。
「知っているって、ちゃんと前に言いましたよね?」
「うん、それは聞いたけど、記憶の共有が謎だなって思ってさ」
「それは私にも一心同体としか説明できないですね。 それはそうと、この水筒も取り敢えずは10シルバで売って、様子をみましょうか」
さっきまでの機嫌の悪さはどこ吹く風とばかりに切り替わるエリカなのだった。
「ライターは売れると思うけど、これは半信半疑だなー」
「売れなければ、この世界の冒険者、旅人は水には困ってないということで、それはそれで良いではありませんか」
売るのに気乗りしないエリカは、売れない方が良いと匂わせるのであった。
「それもそうだね」
「さてと、これも量産しておきますかっと、錬金、水筒3リットル×100」
そう言ってエリカは、竹に手をかざしてスキルを唱えるのであった。
「竹の太さや節と節の間隔が、まちまちだったのに、均一になるとは……」
「錬金術の不思議の一つですよね」
次々に完成していく水筒を眺めながらリリーが呟いたのに対して、エリカも錬金術の仕様を疑問に思うのであった。
「まあ、ポーションのビン以上の驚きは、そうそうはないと思うけどね」
「疑問だらけですけれども、あれは、もう仕様と割り切るモノですよ」
薬草と水にスキル調合を使うと陶器の小瓶に入ったポーションが完成する。 そのことに対してエリカは前言を翻して、考える事を放棄するのであった。