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ある日の日常~
「ですから、なんども言ってますけれども、この苦味を取り除いたポーションの製造方法は、教えることは出来ません」
エリカは面倒臭そうな顔をしながら男に説明をするのであった。 男は苦くないポーションの噂を聞いて領都から駆け付けて来た商人である。
「そんなの、あんたらリリー商会だけで、独占なんてズルいじゃないか!」
「そんなことを言われましても、ここハージマリの道具屋も調合師も、みんな納得してくれてますよ? それを他の町の、あなたが文句を言うのは筋が違うのではありませんか?」
「ぐぬぬ」
男はしつこくポーションの製造方法を教えろと食い下がるのだったが、エリカは慇懃の中にも嫌味を込めながら応対するのであった。
「それに、逆の立場になって考えてもみて下さいよ? 例えば、あなたが苦味のないポーションを作れたとして、その製造方法を簡単に部外者に教えますか?」
「そ、それは……」
逆に、エリカに問い掛けられた男は声を詰まらすのだった。
「教えないでしょう? 商業ギルド会員には、この店頭で売っている価格の六掛けで販売して あ、げ、て、い、る だけでも感謝して欲しいですね」
「むむむ」
「それを、他の町で幾らの値段で売ろうが、それは私たちの関知することではありませんので、ご自由にどうぞ?」
慇懃な態度が面倒になったエリカは、ぶっちゃけるのであった。
「それはそうなんだが、一度に売ってくれる本数が少ないから、こうして頼んでいるんだよ!」
「頼んでいる割には、随分と高圧的なもの言いでしたね?」
声を荒げる男に対して、エリカは呆れながらも半目で男を睨み返すのだった。
「エリカもさ、回りくどい言い方しなくて、もうポーション作っている所を見せて、他の人には教えても作れないって理解してもらった方が早いんじゃないの?」
「そうなんですけど、それはそれでまた問題があるんですよね……」
二人のやり取りを聞いていたリリーが、いい加減に痺れを切らして口を挟んできたのだが、エリカは言葉を濁すのだった。
「教えても作れないとは!?」
「ん? そのまんまの言葉の通りだけれど? もう、面倒臭いから見せちゃっていいよね?」
「はぁ~、仕方ありませんね」
エリカに許可を求めてきたリリーに対して、エリカも渋々認めるのであった。
「んじゃ、おじさん、よく見ててよ?」
「あ、ああ」
リリーは手のひらを上に向けて両手で水をすくうような形にしてから、スキルを唱えるのだった。
「調合+1 ほい、できた♪」
「なん……だと!?」
リリーの手のひらに突如として現れた小瓶を見て、驚き目を見開く商人であった。
「これはサービスするから、まあ、飲んでみてよ」
「う、うむ」
商人はリリーから渡された小瓶の栓を抜き、恐る恐ると口に運んだ。
「た、確かにこれはポーションだ…… でもどうやって?」
「最近、同じような反応ばかり見ている気がするわ……」
ポーションを一口飲んだ商人の反応に苦笑いするリリーなのであった。
「だから、それが教えても作れないって事なんですよ。 目の前でポーションを作るのを、ちゃんと見ていましたよね?」
「うむ、見ていたぞ」
エリカの言葉に頷く商人であった。
「普通に調合している人は、乳鉢にニガミ草を入れてゴリゴリとすりつぶしてから、水を加えるよね?」
「そうだな」
「それじゃあ、私がいまやったのは?」
「ま、魔法か?」
「まあ、魔法みたいなもんだね」
リリーの説明に対して魔法かと問う商人に、リリーはスキルの事は説明のしようがないので適当に合わせるのだった。
「試しに、こう手のひらで包み込む感じに構えて、調合+1と言ってみて下さい」
「こ、こうか?」
「はい」
「では、調合+1」
エリカに言われて商人はエリカの真似をして調合と言うのであった。
「……」
「……」
「なにも起きないな……」
「それが普通なんですよ」
「そうだね、みんながみんな簡単に調合が出来るのなら、私たちの商売潰れちゃうもんねー」
商人の手のひらに小瓶が現れないのを見て、リリーは楽しそうに笑うのであった。
「これで、教えても作れいないと言った意味は、理解して頂けましたか?」
「ああ……」
スキル調合に失敗した商人はガックリと肩を落として、エリカが言わんとした事を理解したのである。
「当然、魔法の価値、魔力使用の価値も理解して頂けたかと存じます」
「作れる本数に限りがあるから、販売する本数に制限があるということだな?」
「その通りですし、価格も高めに設定してあります」
エリカの説明に納得して、常識的な答えを返す商人なのであった。
「これでも、既存のポーションが売れなくならないように、考えてはいるんだよ?」
「なるほど理解した。 いろいろと言い掛かりを付けてすまなかった」
リリーの言葉に商人は頷いてから、二人に謝罪し頭を下げるのだった。
「ご理解して頂けたようでなによりです。 それで、ご注文はポーション改が十本と、ミドルポーション改とマジックポーション改が二本づつで、よろしかったですね?」
「ああ、それでお願いする」
こうして、ひと悶着はあったが、商人はポーションを手にして帰って行ったのであった。
「あー 鬱陶しかったー」
「塩でも撒いときましょうか?」
商人が帰った後、リリーは気疲れして肩を揉み、エリカも追随して毒を吐くのであった。
「それよりも、貼り紙しとけばいいんじゃない?」
「貼り紙ですか?」
「うん、製造方法を聞いてくる客にはポーションを売らないとかなんとか書いてさ」
リリーは人差し指で虚空に四角を描いてから、中に文字を書く真似をしながら言うのだった。
「ついでに、害意がある人間は店にも入れないように、結界を張っておきましょうかね?」
「そうだね、そうしたら、さっきみたいな煩わしい事態は回避できそうだね!」
「最初から、そうしておけば良かったですね」
「うん、人付き合いは苦手だから、そうしておけば良かったかな」
エリカの言葉に対して、最初から結界を張っておけばと、少し後悔を滲ませるリリーなのであった。
「いっその事、人里から離れた森の中にでも引き籠もりますか?」
「ネットに繋がるなら、引き籠もってもいいかもねー」
引き籠もり、その甘美な誘惑に流されるリリーであった。
「それでは、元の世界のリリーと同じではありませんか」
「う゛……」
エリカにダメ人間と言われた気がしてリリーは声を詰まらせたのだった。
「せっかく、ロッテさんやクララとミラさんやリーゼと仲良くなれたんですから、引き籠もるのはもったいないですよ?」
「引き籠もろうかって言ってきたのは、エリカの方からだよ!」
「私は選択肢を提示してあげただけですよ」
上げてから落とす、梯子を外された格好のリリーは声を荒げるのであったが、エリカは意に介さず暖簾に腕押しでリリーを躱すのであった。
「うー エリカのいけずー ぶーぶー」
「ぶーぶーって言葉に出しても、可愛く、可愛いですね……」
可愛くないと言おうとしたエリカであったが、頬を膨らまして文句を言う子供っぽいリリーを見て完敗したのだった。
「でもさ、エリカもよく、あのおじさんに対して切れずに応対したよね? 途中で魅了や改竄を使って、追い返すと思ってたよ」
「キレそうにはなりましたけどね、あの人からは、悪意や敵意までは感じませんでしたからね、精々嫉妬と羨望ぐらいでしたしね」
人の機敏に鈍感なリリーには感じることが出来ない僅かな心の動きまで、エリカには察知することが出来るのである。
「嫉妬と敵意は紙一重の気がする」
「人付き合いというのは、思いのほか面倒な事だと身をもって実感中です」
「引き籠もりになる人の気持ちが理解できるでしょ?」
電子の知識だけでは体験できない出来事に、エリカは若干疲れた表情をしながら言ったのに対して、リリーは自分の前世を思い出して同意を求めるのだった。
「そうですね、なんとなくですけど分かりますね。 さて、お茶にでもしましょうか?」
「うん、私はレモンティーをお願い!」
「はい、承りました」
そう言ってエリカは微笑みながら台所へと足を向けたのであった。