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「ん? それってもしかして?」
「おそらく、ケルベロスですね」
「あんたたち知ってるのかい!?」
ケルベロスと言ったエリカに対して、驚いて説明を求めるロッテなのだった。
「実際に見たことがある訳ではないですが、神話の世界では冥界の番犬、地獄の番犬といわれている魔物です。 魔物に分類されるのかは知りませんが」
「そんな神話は聞いたことが無いな」
「あたしも初めて聞いたよ」
「神話なんて、お伽噺の類いですからね」
エリカの説明に、聞いたことが無いと首を捻るフリッツとロッテなのであった。 それに対してエリカは、お伽噺だと半分笑って言った。
「けど、なんでケルベロスが地上にいるんだろうね?」
「主よ、もしかしたら魔界の扉が開いたのでは?」
「それか召喚ですかね?」
リリーが素朴な疑問を呟き尋ねたのに、クリスは魔界、エリカは召喚と答えるのであった。
「魔界だと!?」
「魔界もそうだけど、もし、召喚ならAAランク相当の魔物を召喚できるって事は……」
「AAランクよりも強い召喚術師か召喚魔法使いが居るということになりますね」
魔界の単語に青ざめるフリッツであった。 ロッテは眉間に皺を寄せながら召喚の場合を想像した。その最後の言葉を引き取ったエリカが答えるのだった。
「人が今回の魔物を召喚した可能性もあるということか……」
「可能性はあるけれども、それは低いと思いますね」
「そうじゃな、魔物は基本的に自分よりも強い者にしか従わんからのう」
エリカの言葉が自分の想像と同じで、皺を更に深くしたロッテだったが、そのエリカ自身は否定的な見解を示し、クリスも、それを補足するのであった。
「AAランク以上で且つ召喚が出来る人間なんて、世界中を探しても限られているから、直ぐに身元が割れそうって事だね?」
「そういうことですね。 けれども、低くても可能性を排除することは危険ですね」
「狂ったヤツが召喚した可能性もあるからね!」
ロッテが納得しかけた所にリリーが茶々を入れるのだった。
「主は不謹慎にも楽しそうじゃな」
「一応はリリーも、真面目にしてくれるかねぇ?」
「ごめんなさい…… 」
ロッテに叱られてシュンとなるリリーであった。
「なるほど、では、魔界の扉とは?」
「文字通りに魔界の扉、ゲートですね。 神話の世界みたいに魔界と地上とが扉によって繋がったということです」
フリッツの質問に説明するエリカ。 魔界の扉、異次元空間にある魔界と現在リリーたちが暮らす地上とを結ぶ、ポータルゲートとでもいうべき代物である。
「そ、そんな馬鹿な!」
「まだ、確認したわけではありませんので、落ち着いて下さい」
「う、うむ、ごほん、失礼した」
エリカの言葉に、顔を青ざめさせ慌てるフリッツなのであった。
「魔界と地上とが繋がったという前提で話を進めた場合だけれども、これから先に、なにが起こるのか分かるかい?」
「私の想像でも構いませんか?」
「ああ、それで構わないさね」
ロッテはエリカに対して話の続きを促すのだった。
「では……
ラグナロク。 神々の運命とも、神々の黄昏とも言われる終末の災厄です」
「ラグナロク……」
「終末の災厄……」
ロッテとフリッツは一言呟いた後に押し黙るのであった。
「北欧神話とギリシャ神話のごった煮だね」
「ワーグナーですね、しかし、あながち間違ってもいないと思いますよ?」
リリーが、ごった煮と称したラグナロク、北欧神話における世界の終末の日のことである。
「ワーグナーのワルキューレの騎行は名曲だよね!」
「リリーは少し黙りましょうか?」
「主は空気が読めない子なのじゃ」
「いい曲なのに……」
黙れと言われて落ち込むリリーであった。
「まあ、絶対にラグナロクが起きると決まったわけではありませんので、ロッテさんもフリッツさんも、そう気落ちしないで下さい」
「あ、あたしゃ気落ちなんてしてないよ、ただ、壮大過ぎてピンとこないというか、なんというのかねぇ」
「俺は気落ちしているぞ、思い返してみれば、ここ最近は魔物の数が増加傾向にあったし、強さもワンランク上がっている気がする」
強がってみせるロッテとは対照的に、フリッツは正直に思い当たる節を述べるのだった。
「ハージマリは平穏だったから、実感が湧かなかったねぇ」
「魔物の強さが上がっているとは?」
「ああ、最近ケガをして帰ってくるギルド員が増えていたんだよ、幸いにもヤツが現れるまでは、死亡するケースがなかったもんで失念していた。 つまり、いままでDランク相当だった魔物が、Cランク近くの実力を持ちはじめたってことだ」
エリカが尋ねたのに対して説明をするフリッツであった。
「それで、冒険者が安全策で予備のポーションを増やしたから、ポーションが品薄状態になっていた所にケルベロスが出現したと」
「これは、フリッツの怠慢だねぇ」
「怠慢と言われても仕方ないな、平和ボケしすぎていたみたいだ」
ロッテに非難めいた視線を向けられ、フリッツは素直に自分の非を認めるのだった。
「そのようですね、では、私たちはギルド倉庫にポーションを納めてから、ハージマリに帰るとしますか」
「帰ってもいいけどさ、ヨークの残存戦力でワンちゃん倒せるの?」
帰ると言ったエリカに対して、リリーはヨークの今後を心配して問い掛けるのであった。
「ギルドは各支部に緊急の応援を呼んでいるし、公爵閣下も王国に救援を求めたところだから、二度と同じ轍は踏まないだろうさ」
「なんか死亡フラグの気がしないでもないけど、どっちみちEランクの私たちには緊急招集は関係ない話だね」
リリーの心配にフリッツは大丈夫だと言うのだが、その答えにリリーは一抹の不安を覚えるが、無関係を装うのであった。
「そうですね、ポーションを作ることぐらいでしか役に立てませんが、健闘を祈ります」
「ああ、ポーションは助かったよ、感謝する」
「いえ、仕事ですから、それでは、ご武運を」
「頑張ってねー」
そう挨拶を済まして立ち去ろうとする二人に対して、ロッテが、
「あんたたちは、それでいいのかい? あんたたちなら」
「ロッテさんは、私たちを買い被り過ぎですよ? 取り敢えず倉庫に行きませんか? 続きはそれからでも」
「分かったよ」
ロッテの言葉にエリカが被せたのに、ロッテも続きがあるならと了承するのであった。