31
ある日の日常~
「今更だけど、気付いた事があるんだ!」
昼食後のお茶を楽しんでいた時に、突然にリリーが立ち上がって叫んだのだった。
ちなみに今日のリリーの服装は、水色のギンガムチェックのワンピースである。
「なんです、藪から棒に?」
「この世界には、レベルの概念が存在しないのではないのかと!」
「いまごろ気が付いたのですか?」
自信満々に胸を張るリリーに対して、エリカは何を今更と、やや冷めた口調で返したのであった。
「え? エリカは知ってたの?」
「ええ、冒険者ギルドでギルドカードをもらった時に気付きましたけど?」
「ぬあんですと!?」
「ほら、このプレートにはレベルなんて表示されてないでしょ?」
驚くリリーに対して、エリカは首からぶら下げているギルドカードを手に取ってみせた。
「た、確かにそうだけど……」
「クララさんもレベル制の話はしてなかったですしね。 ちなみに、スキルの概念も存在しませんね」
リリーも自分のギルドカードを手に取って確認するのだった。
「やっぱり?」
「はい、スキルと同等のことを使える人は、感覚で使っているだけみたいですね」
「当然、HPやMPの概念もないと」
「そうですね、私たち以外にはステータスすら見えてませんし」
そう言ったエリカは、美味しそうにほうじ茶を一口啜るのであった。
「どうりで中空を虚ろな目で見ている人なんて見掛けなかったわけだ」
「私たちが特別なだけで、この世界も魔法が存在する以外は、いたって普通だと思いますよ?」
「むむむ、私たちだけが神の目視点が使えるってことか」
ゲーム時代の名残り、システム的な要素はリリーとエリカたちペット(召喚獣)のみに与えられた特権なのであった。
「まあ、リリーは神様ですしね」
「神様らしいことなんて、なに一つしてないけどいいのかな?」
「そもそも、こう平和なのに戦の神様に転生ってのが変ですよね? 人里で暮らす神様も変ですけど」
何故、リリーに戦神の称号が付いたのか疑問に思ったエリカは首を捻るのだった。
「その言い方だと、変なフラグが立ったみたいな言い方だよ。 私は、のんびりと暮らしたいのです!」
「まあ、フラグが立ったとしても、降り掛かる火の粉は討ち払うだけですけどね」
「そうなんだけどさ、字が物騒だよ」
「私は敵には容赦しない性分なものですから」
「ズズッ うん、今日も平和でお茶が美味い」
会話の最後に聞こえたエリカの危険な言葉をスルーして、ほうじ茶を啜るリリーなのであった。
「また買い出しに行きましょうね。 お茶の葉は、ここの気候では上手く育ちませんから」
「米は栽培できるのに、お茶の栽培できないのが不思議な気がしないでもない」
「地球の日本でも、お茶が栽培できる土地は限られていたでしょ? そういうことですよ」
「なるほど、静岡に伊勢や宇治とかだっけ?」
イマイチ理解していないながらも、頷いてみせるリリーなのだった。
「そうですね、あとは狭山や九州の一部とかですね」
「エリカの方が詳しく知っているのが、少し悔しいかもです ズズッ」
「ぐーぐる先生は偉大なのです。 おや? ミラさんが来ましたね」
そう言ってエリカは店舗の入り口を見遣ったのである。
ガラッ
「こんにちはー!」
「ミラさんこんにちは、今日はどうされましたか?」
「勤務時間中に、こっちに顔を出すなんて珍しいね」
「悪いんですけど、至急ギルドまで来てくれるかしら?」
挨拶もそこそこに本題を切り出したミラであった。
「まあ、暇を持て余してお茶してただけだからいいよ」
そう言ってリリーは湯呑みに残っていたほうじ茶を飲み干した。
「そう、悪いわね」
「いえ、直ぐに行きますね」
「うむ、どっこいしょっと」
「リリーは、おばさんですか」
「いや、癖というかなんというのか」
エリカの突っ込みに言い訳をするリリーであった。 リリーは元の年齢の35歳というのが抜け切れてないようである。
「ふふ、相変わらず仲が良いですね。 では、一緒に来て下さい」
二人のやり取りを微笑ましく見ながら、ミラは二人を連れ立ってギルドへと急ぐのであった。
「あんたたち、急に呼び出したりして悪かったね。 まあ、座っておくれよ」
ギルドの応接室に通されたリリーとエリカに対して、ロッテが挨拶代わりに謝罪したのであった。
「こんにちは、ロッテさんが宿じゃなくて、ギルドに居るなんて変な感じがするね」
「これでも、ギルド職員で一応は副支部長だからね」
勧められたソファに座りながらリリーは茶化すように言ったのである。 その、リリーの茶化すような疑問に肩を竦めて答えるロッテだった。
「副支部長って、お偉いさんだったんだ」
「呼び出し自体は構わないですけど、なにかありましたか?」
「うん、あんたたちが作っているポーション改とミドルポーション改を、有るだけ売ってくれないかい?」
エリカが尋ねたのに対して、ロッテは済まなそうに有るだけ売ってくれと頼むのであった。
「その訳を教えてもらっても、よろしいですか?」
「ああ、さっき領都から早馬が着たんだが、どうやら領都近郊にAAランク相当の魔物が出たらしい」
「AAランクですか、そこそこ強そうですね」
「あんたたち二人の基準では、そこそこなんだろうけどさ、普通の人間では逃げるのが精一杯の災害級の魔物だよ。 もちろん私でも逃げるさね」
事もなげに言うエリカに対して、眉間に皺を寄せて渋面を作るロッテなのであった。
「なるほど」
「お茶をお持ちしました」
「ありがとさん、ミランダも話を聞いときな」
「分かりました」
二人を通した後に下がっていたミラがお茶を持って戻ってきて、ロッテの後ろに控えた。
「それで、領都に居るBランク以上のギルド員には緊急招集が掛かって、騎士団と共に討伐に向かったんだが……」
「もしかして、全滅したとか?」
ロッテの言葉を引き取ってリリーが最悪の予想を言うのだった。
「騎士団の言い方をすれば全滅になるのかね? 三分の一が死亡し三分の一は重傷を負って、逃げ帰ってまともに残ったのは僅かみたいなんだよ」
「エリカがフラグを立てるから……」
「私の所為じゃありませんよ」
討伐が失敗したのをエリカの所為にするリリーに対して、エリカは半分不貞腐れるのであった。
「副支部長、今回の招集ではC、Dランクの招集は行われなかったのですか?」
「おそらく、招集してもC、Dランクでは足手まといになると、踏んだんだろうね」
ミラがギルド規約を思い出しながら質問をするのに、ロッテが足手まといに云々と説明した。
「なるほど、それで魔物は討伐できてないし、今後はポーションも不足するということですか」
「うん、そういうこったさね、もう既に不足しているからギルドが直に買い付けるんだよ」
ここまでの説明に納得するエリカに対して、補足するロッテであった。
「有るだけといいましても、最低限どれだけの数を確保したいのか数字を示せますか?」
「ウチだけでもポーションを五百本、ミドルポーションを百本は確保したいね。 緊急の用件だから、店売りの二割増しで買い取らせてもらうよ」
納入数を提示して欲しいとエリカが言って、それにロッテが答えたのだが、その数が五百本と、かなり多かった。 ハンスの店に卸している数の五十日分である。
「ふむ、ロッテさん、まだ領都まではウチのポーションは出回ってないよね?」
「ああ、開店してまだ一週間くらいだろ? まだ出回ってないはずだが、気になるのは製造方法の秘匿のことかい?」
「はい、いずれウチが製造したとは分かると思いますけど、有象無象の輩に押し掛けられるのも困りますので」
リリーとエリカはポーション改の秘密が漏れるのを危惧するのであった。
「ギルドからは情報は漏らさないけど、残念ながら、ポーションの出所は直ぐにでもバレるだろうね」
「やっぱ直ぐにバレるか」
「仕方ありませんね、それは諦めましょうか、強引に押し掛けてきた連中は無視すればいいのですし。 それでは、リリー商会として、冒険者ギルド、ハージマリ支部に対しまして、ポーション改五百本、ミドルポーション改を百本提供します」
苦味のないポーションみたいな特別な物を、この世に送り出したのは自分たちなのだと諦めたエリカは、真面目な顔に戻ってロッテに告げたのだった。
「すまないね、助かるよ。 どのくらいの日数で準備できるかい?」
「一時間もあれば十分です」
「在庫があったのかい? 助かったよ」
助かったと頭を下げながら、日にちを確認してくるロッテに対して、エリカは直ぐに準備できると返答するのであった。
「ええ、一度、店に戻ってポーションを取ってきますけども、マジックポーションは必要なかったのですか?」
「マジックポーションもあるの「ですか」かい!?」
「ハージマリでは市場価格が分かりませんでしたから、店頭には置いてませんでしたけど、一応は作ってあることにはありますよ?」
マジックポーションの単語に、有るのかと言葉を重ねるロッテとミラに対して、事もなげに有ると言ったエリカなのだった。
「ここでは売ってませんからね。 エリカさんが作ったのなら、下手なマジックポーションより効くし苦くないから、最低でも5シルバは取れますね」
「今回は6シルバ出すよ、それで、マジックポーションはどれだけ用意できるんだい?」
マジックポーションの価値をミラが5シルバと言い、ロッテは緊急の為に割増しの6シルバと言うのだった。
「そうですね、百本は提供できますね」
「ああ、それでお願いするよ」
「では、後ほど」
そう言ってギルドを後にしてリリーホームに戻る二人であった。