29
翌日、農業ギルドにて~
「米の栽培ですか?」
「はい、細々とですが作りたいと思いまして」
片眉を上げて尋ね返す四十絡みのギルド職員に答えるエリカ。
「それは別に構わんけど、米とは珍しいね?」
「私たちの故郷では主食でしたので、ここでも食べたいと思って種もみを持ってきましたので」
「なるほど、でも、収穫した量の四割はギルドに納めてもらうよ?」
「四割も取られるんだ?」
ギルド職員の言葉を聞いて、"四割も"と驚くリリーであった。
「お嬢ちゃん、四割しか取られないって言って欲しいな、土地は基本的に領主様のモノだからな、その土地をロハで借りれるんだよ」
封建制社会では、基本的に領地の全てのモノは、その土地を治める領主のモノなのである。
「なるほど、土地の利用料と税金等で四割ということですね?」
「うむ、四割納めてもらう代わりに、領主様への税の代行など諸々の手続きはギルドが行うから、ちゃんと手元には六割残るから安心しな」
「じゃあ、手元に残った六割は自分で食べたり、余ったら売っていいんだね?」
職員の説明にエリカは納得し、補足されたのを聞いてリリーも納得したのだった。
「そういうこったね」
「単純明快で分かりやすくて良い制度みたいですね」
「んだ、不作の年でも税金が払えないとかにはならないからな、まあ、この制度にも欠点はある事にはあるが、他国みたいに不作の年でも規定量を納めるよりは良心的だとは思うね」
不作の年は規定の税金を納められなくて借金奴隷に落ちる事、自身が奴隷にならずとも、子供を奉公に出すか人買いに売らなければ生活が出来ないなど、この世界ではままあるのだ。 その土地を治める領主が善政を敷いているか否かによって、そこに住んでいる民の暮らしぶりが変わるのである。
「分かりました、では、空いてる土地に作らせてもらいます」
「おう、頑張んな!」
こうして二人は農業ギルドを後にしたのだった。
「ノブヤボ的には四公六民だから、考えてみたら良心的なんだよね」
「リリーの基準はゲームでしたか」
「馬鹿にしたもんじゃないんだよ? 税率が高いと一揆や棄民が起きるし、安すぎると領地経営が上手くいかないしさ」
「そう考えると、ゲームも捨てたものでもありませんね」
ゲーム脳なリリーに少し呆れるエリカなのであった。 そこでエリカがゲーム出身とか、けして口に出してはいけない。
町の外に出て稲作に適しているであろうと思われる場所で、エリカは精霊を召喚するのであった。
「精霊さん、精霊さん睨めっこしましょ、笑うと負けよ、アップップ」
「いつ聞いても酷い儀式だな……」
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」
現れたのは、茶色の帽子を被ったビア樽の小人親父である。
「地の精霊さん、此処に水田を造って欲しいのですけど、お願いできますか?」
「水田というと米じゃな?」
エリカの頼みに顎に手をやり思案しながら確認するビア樽オヤジであった。
「はい、この量の種もみが蒔ける広さが欲しいですね」
「なるほど、種もみ一俵じゃと4haくらいじゃの、それと用水路も必要じゃな、任された!」
種もみの入った米俵を見遣って地の精霊は、素早く計算して作付面積を割り出した。
「任せれました」
「うむ、秋には12トンは収穫できるはずじゃ」
現代の日本では土地にもよるが、1haあたり4トン、豊作の年では6トンの収穫量が見込まれるらしい。
そして、地の精霊がちゃちゃっと荒れた土地をを造成し終えると、そこには、およそこの場所に不釣り合いな二百メートル四方の水田が現れたのだった。
「なんということでしょう、ここに日本の古き良き伝統風景が甦りました!」
「匠の技が光ってますね」
「精霊さんは、いい仕事しましたねー」
「そうじゃろそうじゃろ」
リリーとエリカが有名なナレーションのパクリで褒め称えるのに対して、地の精霊は腕を組み胸を張って頷くのであった。
「ちょうど真ん中に畦道が通っているのがポイントですね」
「うん、上空から見たら、まさしく田んぼの田に見える感じだろうね!」
農業が機械化されていないこの世界で、畦道の間隔が百メートルも離れていたら不便極まりなさそうであるが、そこは流石はチートで楽々としか言いようがない。本来なら、畦道すら必要ないのである。
田の字にしたのは、地の精霊のちょっとした遊び心なのであった。
「収穫できましたら、美味しいご飯を食べさせますので楽しみにしていて下さいね」
「うむうむ、楽しみじゃの! ワシも頑張った甲斐があるってもんだ」
エリカが地の精霊の作業を労うと、秋の収穫に思いを馳せ、嬉しそうに微笑むビア樽オヤジなのだった。
「でも、苗を植えなくて直に種もみを蒔いて良かったの?」
「精霊さんのおかげで、種の間隔も稲に成長した時の向きも害虫駆除もバッチリですので、豊作は間違いなしですよ」
稲作は水田に直接苗を植える、その田植えのイメージしかなかったリリーが心配して問い掛けたのに対して、エリカは太鼓判を押すのであった。 チート万歳である。
「ヤロビ農法も真っ青だね」
「ヤロビ農法って言いたかっただけなんですねわかります」
ヤロビ農法を詳しく知りたいとググってみたら、リリーの言っている事が意味不明だと分かるであろう。 エリカの突っ込みが全てであるのだから。
「ヤロビなんとかは知らんが、戦神さまよ、これからも水田の管理は下位精霊に任せるから大丈夫じゃよ」
「それなら安心だね」
リリーの心配に地の精霊も大丈夫だと言い、それにリリーも頷いたのであった。
「さて、水田の方はこれでいいとして、あとは、ポーション作りとかですかね?」
「うんうん、ポーション作り、これぞファンタジーだね! 苦くないポーションを作れば人気出ること受け合いだね!」
ウェブ小説でお馴染みのポーション作りに憧れていたリリーは目を輝かせるのだった。
「別に金儲けはしなくてもいいのですけども、他の業者との絡みもありますから、値段は高めに設定しないといけませんね」
「付加価値が有るから高めでも売れると思うしね」
エリカは無用なトラブルを予防する為にも高めの価格設定を推奨し、リリーは味が苦くないという付加価値で高めでも売れると言ったのであった。
「そうですね、ホームに戻ってポーション作りに励みましょうか」
「では、帰りしなにニガミ草を取って帰るとしますか♪」
こうして二人は町に帰るついでに薬草を採取しに行くのであった。