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女三人姦しく喋りながら、上空から見えた人里へと辿り着いた。
「結論から言ったら杞憂でしたね」
「うむ、コシヒカリかひとめぼれかは知らないけど、まさかジャポニカ米みたいなのがあるとはな」
米問屋を訪れて目の前に数種類の米を提示されたエリカは、品種改良する手間が省けるのに笑みを漏らし、リリーは単純に喜んだのである。
「ははっ、お嬢さんたちが短粒種をご要望とは珍しいね」
「珍しいのですか?」
「そうとも、ここら辺で好んで食されるのは長粒種だからね。 作付面積も七割近くが長粒種なんだよ、短粒種は主に加工用か家畜の餌に使われるから、貧乏人の米なんて言われてるぐらいだしね」
そう言って米問屋の店主が手のひらに長粒種を乗せて、二人に見せて説明するのであった。
「貧乏人の米……」
「家畜の餌ですか……」
「まあ、その分、短粒種の値段は長粒種の半値以下で、お得とも言うのだけどもね」
リリーとエリカがショックを受けているのを見て、店主が気休め程度に言葉を掛けたのだった。
「むむむ、ジャポニカ米の良さが分からないなんて」
「まあ、人気が無くて安く手に入るのですから、貧乏人の米と言われてても、それでいいじゃありませんか」
「そうなんだけど、なんか納得できないな」
ふるさと日本の米が、この世界では家畜の餌と同等なのに不満なリリーに対して、エリカは冷静に割り切るのであった。
「リリーの気持ちは分かりますけどね。 それよりも、この調子でしたら、味噌や醤油、お酢なんかもありそうですね」
「うむ! 味噌や醤油は日本人の心の故郷だからね!」
「ソウルフード、伝統料理の間違いでは?」
「こまけえことはいいんだよ!」
エリカの突っ込みにも、味噌や醤油の言葉に気を取り直したリリーは、意に介さないのであった。
それから三人は、各種商店や問屋を巡って必要な食材等を買い揃えるのであった。
「米が食用に三俵、種もみ用に一俵と味噌二つ、醤油、お酢が一つづつにイグサが百キロと、こんなもんですかね?」
「お土産が400kg以上って行商人も真っ青だね」
エリカが言っている米一俵は六十キロで、味噌等は一つ一斗つまり十八キロである。
「全部持たされているのは我なんだがな」
そう言ったクリンスマンは、自分の背中からはみ出る大きさの背負子に米俵を四つ背負い、手には一斗樽を二つづつ持つのであった。 男装の麗人も形無しである。
「ごめんねー 街中でアイテムBOX使ったら怪しまれちゃうからね。 帰ったら美味しいご飯食べさせてあげるからさ♪」
クリンスマンの格好が既に怪しいとは、露程にも思わないリリーなのであった。
「作るのは私なんですけどね」
「わ、私も作れるよ!」
「元男だったリリーの料理は料理とは呼べる代物ではありません」
「や、野菜炒めとチャーハンぐらい作れたもん ぶーぶー」
「油ギトギト過ぎて胸焼けがするのは遠慮したいですね。 それに、宿とか以外では、リリーが食べる料理を作るのは私の役目ですから」
エリカのダメ出しに反論するリリーなのであるが、元男だった当時のレベルでは、人様に食べてもらえるレベルには至ってないとは気付いていないのであった。
ちなみに、いま現在のリリーが料理を作ったのなら、ゲーム時代の恩恵で宮廷料理長も顔負けの料理を作れるのだが、カンストしているエリカから見ればレベルは低いので、スキルを使ってもエリカ自身よりは下手と、結局は同じ判断を下されるのであろう。
要約すると、私の仕事を奪うな byエリカ である。
「そ、それならカレーなら大丈夫だよ! カレーも作ったことあるぞ」
「カレーとな? 我は一度カレーライスなるモノを食べてみたかったのじゃ」
カレーという単語に反応を示したクリンスマンにエリカが、
「クリンスマン、残念ながらカレーの元になる香辛料が見つかってません」
「そうなのか? 残念じゃのう」
「おそらく、南方大陸に行けば見つかると思いますよ?」
残念がるクリンスマンに、エリカは一度落としてから持ち上げるのだった。
「砂糖も南方大陸って言ってたよね?」
「ええ、そうでしたね。 それでは、南方大陸まで足を伸ばしてみましょうか?」
「そうじゃな! カレーの元が見つかると良いのう」
「食材を求めて三千里だね!」
砂糖は南方大陸で取れると、クララが言っていたのを思い出したリリーだった。 それにエリカも追随して南方行きを提案し、二人も同調するのであった。
「我が本気を出せば、ここから南方大陸まで一時間で行けるぞ」
「寄り道してから帰ろうよ、また足を運ぶのも二度手間だしさ」
「では、クリンスマンお願いしますね」
「了解した」
こうして三人の意見も纏まり、南方大陸にも足を伸ばし無事に香辛料と砂糖を手に入れて、ハージマリへと帰還したのであった。
「ただいまー」
「おかえりなさいリリーさん、そちらの方はどなたですか?」
ギルドの酒場にてクリンスマンを見たリーゼが尋ねた。
「クリスティーナ・ワイズマンじゃ、我の主、リリーの従者をしておる」
「クリスさんですね、リーゼロッテと申します、リーゼと呼んで下さい」
「嘘だと言ってよバーニィー!」
「ミンチよりひでぇや、こうですねわかります」
クリンスマンとリーゼがお互いに名乗り合う中で、リリーの悲鳴が酒場に木霊するのであった。 エリカはいつも通りの平常運転である。
「クリンスマンの本名がクリスティーナだったなんて……」
「主には言っておらなんだか?」
「うん、知らなかった」
ショックを受けるリリーに対して、クリンスマンは事もなげに言うのだった。
「私も知りませんでした。 卵が先か鶏が先か矛盾する気もしますけど、リリーがクリンスマンと名付けた裏には、そういう設定があったのですね」
「まあ、細かいことは気にしたら負けというヤツなのじゃ」
「なんという、ご都合主義」
リリーがクリンスマンと名付けたから、クリスティーナ・ワイズマンが生まれたのが正解なのだが、それもいまでは、せんなきことなのかも知れない。
「では、主よ、カレーライスができたら呼んでくれるかのぅ」
「戻っちゃうの?」
「うむ、尺の都合であまり登場できんのじゃ それまではアルの相手でもしておるのでな」
「メタな発言はいかがなものかと?」
戻る理由をメタるクリンスマンを窘めるエリカであった。
「アルって黒猫のアル?」
「うむ、なぜだかヤツとは気が合うのでな」
「バーナードが不憫でなりませんね」
リリーは自分の青色ペットの黒猫のアルを思い浮かべて、それにクリンスマンがアルとは仲が良いと笑うのだった。 エリカの言葉は、うん、まあ……
「出番が削られる我も不憫なのじゃ バーナードなどいないのじゃ では、またなのじゃー」
そう言ってクリンスマンは酒場から出て行ったのであった。 憐れバーニィー、クリスはアルに取られたのである。
「きゃんとぅみ~もごぅ「それ以上はいけない!」もごっ」
「格好良い女性でしたね」
じゃれ合う二人を横目にリーゼは男装の麗人が出て行った先を見つめるのであった。




