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建屋の裏側、庭に面した場所でエリカが確認した。
「増築する場所は此処でいいですよね?」
「そうだね」
「それでは、精霊さん、精霊さん睨めっこしましょ、笑うと負けよ、アップップ」
「酷い召喚の仕方だな……」
エリカが本当に睨めっこしている訳ではないと、彼女の名誉の為にも付け加えておこう。 詠唱自体が必要かは、さておき……
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」
現れたのはオレンジ色のとんがり帽子を被った身長30センチほどの小人だった。
「軽いなおい」
「ワシを呼びだしたのはどっちじゃ?」
「私ですよ火の精霊さん、こちらの方は一応ですけれども神様ですよ?」
「確かに自覚もないし、一応なんだけどさぁ、もう少し言い方ってもんがあるでしょ……」
「神とな!? これは失礼しました。 で、ご用件はなんでしょうか?」
リリーを神と認識した火の精霊は、執事よろしく右腕を折って恭しくお辞儀したのだった。 けして、似合わないと言ってはいけない。
「此処に温泉を掘りたいのだけれども、できる?」
「温泉でしたら地の精霊と水の精霊の力も借りたい所です」
「なるほど、呼び出しましょう。 精霊さん、精霊さん睨めっこしましょ……」
「「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」」
現れたのは茶色と水色のとんがり帽子を被った小人だった。 茶色の方はビア樽体型で、水色の方は少女をミニチュアにした感じだ。
「おまえ達もか」
「精霊さん、此処に温泉でお風呂を作りたいの、お願いできるかしら?」
「お安い御用で」
「任してよ!」
呆れるリリーを横目にエリカが精霊に頼み、それに精霊は胸を張って答えたのであった。
「湯量は、1分間に60リットルで、温度は43℃に設定できる?」
「うむ、造作もないことじゃわい。 風呂の形はどうするんじゃ?」
「内風呂は檜風呂で外は岩の露天風呂でお願いするわ」
「岩はワシで出来るが、檜は木の精霊じゃないと無理だな、ワシは地の精霊じゃからの」
「そうでしたね、失念してました。 では、精霊さん、精霊さん睨めっこしましょ……」
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」
「みんな、同じことしか言わないのか……」
目を覆い首を垂れるリリーだったのである。 そんなリリーを尻目に精霊達は、
「では、始めるぞ皆の衆」
「あいよ!」
「了解しました」
「エマージェンシーエマージェンシー」「ウォーニングウォーニング」「デンジャーデンジャー」「アラートアラート」「メイデーメイデー」「タリホーさっさっと♪」
地の精霊と水の精霊と木の精霊が同時に詠唱し始めたのだった。 なぜ、英語かは聞いてはいけない。
「これに突っ込んだら負けだよね……」
「そうですね、これは私の召喚の詠唱より酷いですね」
「酷いって自覚はあったんだ」
こうして精霊の力により、見事な檜の内風呂と外には岩の露天風呂が完成したのであった。
ちなみに、木の精霊は緑色の帽子だったとさ。
「目隠しの垣根と東屋が、いい感じを醸し出してるね」
「匠の技が光ってますね」
「臭いもきつくなくて、僅かに硫黄の臭いが漂うだけなのがいいね」
「正確には硫黄泉ではないのですけどね」
「硫黄じゃないの?」
エリカの言葉に首を傾げたリリーだったのである。
「微量ですけど硫黄も含まれてはいるみたいですけど、アルカリ性単純泉ですね」
「そうなんだ」
「ええ、あと炭酸も少し含まれていますね。 俗に美人の湯とか美肌の湯ってヤツですね」
「美人の湯というと、榊原とか有馬だっけ?」
「諸説ありますけど、和歌山の龍神と群馬の川中、島根の湯の川と言われてますね。 榊原や有馬は枕草子の三大名泉で有名ですね」
「なるほど、でも、この露天風呂だけは老舗温泉旅館にも負けない感じだよね」
「そうですね、こうなると畳敷きの和室も欲しくなりますよね」
「そうだね、近いうちにイグサか、それに似たモノを手に入れたいね」
「植物とかを見ますと植生は地球に似ていますので、手に入れるのにも難儀はしないと思います」
完成した露天風呂を眺めながら、二人は感想を言い合うのだった。
「ところで、火の精霊だけ仕事してないよね?」
「そういえばそうですね、地熱でも探査していたと思っておきましょう。 さて、お昼にしましょうか?」
「うむ、ランチタイムなのじゃ」
「のじゃ言ってますよ」
こうして、一段落ついた二人はリーゼが働く、ギルド直営の酒場兼食堂へと足を運ぶのであった。
本日の日替わりランチ
スパゲッチィミートソース、サラダ、スープ付:6ベニー、大盛り+1ベニー
「日替わりランチはミートソースか」
「美味しそうですね」
「お二人さん、いらしゃーい」
「リーゼ、日替わりランチ大盛りでお願い」
「私も同じで」
「はーい、分かりましたー ランチ大盛りで二つ入りましたー」
注文を受けたリーゼは、テーブルに水を置いて厨房の方へと戻って行った。
「お待たせしましたー」
「早いね」
「日替わりランチは、そこそこ数が出ますから下拵えは済んでますしね」
「そっか、そうそう、早速にでも今日からお風呂に入れるよ」
リリーがお風呂が完成したことを告げる。
「もう入れるんですか?」
「うん、エリカが精霊召喚して、ちゃちゃっと工事しちゃったからね」
「ほへー 精霊を召喚できるなんて、エリカさん凄いんですね」
「うふふ、リーゼちゃん、もっと褒めてくれてもいいのよ?」
微笑みながらエリカはリーゼの言葉に乗るのであった。
「私なんかと次元が違いすぎて、どれだけ褒めていいのか分かりませんけど、凄いです!」
「ありがとう、仕事が終わったら声掛けて下さいね」
「もちろんです、お風呂頂きに行きますから。 それでは、また夕方に」
そう言ってリーゼは仕事に戻ったのだった。
「もぐもぐ、うん、普通に美味いよねミートソースは」
「あらあら、ソースが付いてますよ?」
ぺろっ
「誰です? いやらしい想像をした人は? 残念! 指で拭き取って舐めただけですから!」
「もぐもぐ、エリカは誰と戦っているんだ?」
リスのように頬を膨らませながらリリーが尋ねた。 そんなに急いで食べなくても、誰も奪いはしないのであるが……
「いえ、言わなければいけない気がしまして」
「そうなんだ、それはそうと、午後からはクエストでも受けてみる?」
「そうですね。 短時間で終わるクエストがあれば、受けてみるのもいいですね」
「じゃあ、食べ終わったらギルドに顔を出すとするか」
「はい」
話はここまでと、二人は食べるのに集中するのだった。
そして、昼食を食べ終わった二人は、隣の建屋の冒険者ギルドへと足を向けたのであった。