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商業ギルドにて~
「商業ギルドへようこそ、ご用件はなんでしょうか?」
カウンター越しに声を掛けてきたのは、三十半ばぐらいの普人の男性だった。
「すみません、冒険者ギルドの斜向かいの元雑貨屋だった空き家がありますよね? あれを見せてもらいたいのです」
「ああ、あの物件ね。 少々お待ちください」
「やっぱり冒険者ギルドと雰囲気が違うね」
リリーが建物の中をキョロキョロと見回して感想を漏らす。
「そうですね、こちらも方がお役所って感じがしますね」
「お待たせしました、こちらのブースへどうぞ」
そう言って先ほどのギルド職員が衝立で区切られたスペースに二人を誘導したのであった。
「それでは、最初に身分証を拝見させて下さい」
「どうぞ」
「はい…… 家名持ちでしたか、失礼しました。 エリカ・シュタインベルクさんですね。 この物件をどうされますか?」
エリカのギルドカードを見た職員は姿勢を正して問い掛けてきたのだった。
「どうとは? 買い取りたいと思い、こちらに伺いましたのですけど?」
「し、失礼しました。 買い取りは現金一括でよろしゅうございますか?」
「はい、だいたいの相場は調べてきましたので、現金は持参しております」
「では、現金一括での購入価格は15ゴルドになりますが、よろしゅうございますか?」
「そうですね、14ゴルドと言いたいところですけどれども、ついでに、その元雑貨屋の南側の空き地の値段も教えてもらえますか?」
「そ、そちらもご購入の予定でございますか?」
「そちらは、金額次第ですね」
「上司と相談いたしますので、少々お待ちください」
そう言って職員は上司のいる方へと小走りに向かって行った。
「私の出番がないんですけど……」
「リリーは子供に見えますから仕方ありませんよ」
頬を膨らませて愚痴るリリーを宥めるエリカであった。
リリーの態度自体が子供なのだが、それに本人は気付いてないらしい。 中身は元35歳のおっさんなのだが……
「それを言ったらエリカはメイドの格好だよ? メイドが家を買うのってあるの?」
「私が家名持ちと分かって態度が変わったでしょ? それだけ家名は重いのよ」
「なるほど」
上司と部下のやり取り~
「現金なら、あんな売れない土地を買ってくれるなんて貴重なんだから、叩き売っても構わん、ただし、セットで売れよ?」
「セットでいくらにしましょう?」
「セットなら20ゴルドで許可する。 それなら、こっちも損しないし向こうも儲かる。万々歳ってわけだ」
「分かりました、その線で纏めてきます」
「うむ、頼んだよ」
~~~~
「お待たせしました、上司に確認を取りましたところ、南側の土地を纏めてご購入して頂くという、条件付ではございますが」
「20ゴルドですね?」
「は、はい、聞かれていましたか、お恥ずかしい限りです。 では、セットで20ゴルドでよろしゅうございますか?」
「それで構いませんが、一度物件を見せて頂けますか?」
「承りました。 いまからでも、よろしゅうございますか?」
「はい、お願いします」
こうして二人はギルド職員を伴って空き家を見に出掛けたのであった。
元雑貨屋前~
「リリーさんエリカさんおはよー、家を見学してるの?」
冒険者ギルド直営の酒場の前からリーゼが声を掛けてきた。
「おはよーリーゼ、うん、多分ここで決まりみたい」
「それは良かったですね!」
「早くお風呂を作って入りたいよ」
「私もーって仕事中だからまたね」
リーゼは手を振って酒場の中へと入っていった。
「あいよー」
「こちらになりますが、中は少々埃っぽいかもしれませんのでお気を付け下さい」
「はい」
「ふむふむ、カウンターとか棚が残っているのね」
店内を見回して独り言ちるリリー、それに職員が付け足すように、
「左様でございます、すぐにでも商売は始められます」
「店舗部分は大丈夫そうね、住居空間も見せて頂けますか?」
「はい、こちらの一階の奥と、階段を上がった二階が住居スペースになります」
三人は階段を上って二階へと向かった。
「半年前まで人が住んでいたから、ほぼ傷みはないわね」
「住んでいた方も老夫婦でしたので、使われ方も丁寧でした」
各部屋を見て回り納得したエリカに職員が阿諛追従するのであった。
「そうみたいですね、では、この土地建物と南側の空き地の、購入手続きをお願いします」
「ありがとうございます。 では、ギルドに戻ってから手続きをさせて頂きます」
「うーん、庭が広くなるのはいいね~ 家庭菜園とかもいいかもね~」
エリカと職員が口頭で物件のやり取りをしている傍で、リリーは我関せず庭を眺めて明後日の方へと思いを馳せていたのだった。
商業ギルドにて~
「リリー・マルレーンさ……ま……?」
「リリーでいいよ」
「はい、契約者は我が主になります」
「これはとんだ、ご無礼を」
職員はリリーが家名持ちであるのとエリカの使用者と分かって、深々と頭を下げたのであった。
「別にいいですよ、おじさん、エリカも私も若いからといって横着しないで、懇切丁寧な応対してくれたしね」
「お心遣い痛み入ります」
~~~~
「以上で契約は完了となります。 ありがとうございました」
「こちらこそ、好条件の物件を安く買えて良かったです」
「ところで、商売を始めるのにはどうしたらいいのかな?」
「契約して頂きました店舗型での商売でしたら、商業ギルドに加盟するのがベストでございます。 もちろん、非加盟でも商売自体は出来ますが……」
リリーの質問に対して職員は、説明しながらも最後の言葉は濁したのだった。
「有形無形の嫌がらせがあると」
「ギルド自体は中立のつもりですが、どうしてもギルド員の店を贔屓にせざるを得ませんものですから、なんともはや、如何ともし難いとしか言いようが」
「大人の事情ってヤツだねー」
「面目ありませんが、全く持ってその通りでございます」
エリカが断言したのに職員は曖昧に肯定し、それをリリーがしたり顔でもの言いをして、職員は降参するのであった。
「此方としても、商売を始めるのであれば無用な軋轢は避けたいので、ギルドに加盟する事になるでしょう。 もっとも、現時点で商売を始めるかはどうかは未定ですけれども」
「その折には、是非に加盟をお願いいたします」
大人の対応をするエリカに対して職員は安堵して深々と頭を下げるのであった。
「はい、その折にはこちらこそ、お世話になります」
「では、私たちはこれで失礼します」
「はい、本日の契約は誠にありがとうございました」
「おじさん、ありがとうねー」
こうして、契約と世話話を済ませて商業ギルドを出て行く二人だった。
「思ったよりもスムーズに契約できたね」
「そうですね、金額も想定よりも5ゴルド安く済みましたしね。 お昼まで時間がありますから、お店巡りでもして市場調査でもしますか?」
スキップしてご機嫌のリリーにエリカも微笑みながら答えた。
「らじゃ! ギルドで教えてもらった情報では、この町に武器屋が二つ、防具屋が一つ、皮専門が一つに布が衣料品混合で三つと道具屋が二つか?」
リリーは首を傾げながら、指を折って教えられた店の記憶を辿るのであった。
「町の規模からいえば、そんなものなのでしょうね。 取り敢えず、あそこの道具屋を覗いてみましょう」
そう言ってエリカが指を差した先には、小瓶と袋の絵が描かれた看板が掛かった店があった。