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「最後に署名っと」
「これでよろしいですか?」
「はい、ありがとうございます。 では、このプレートに血を垂らして下さい」
「リリー指を出して下さい」
「注射とか苦手だったから、や、優しくしてね」
「どこの保育園児ですか」
チクっ ポタっ
「血が吸い込まれた?」
「ええ、それで本人確認の証明ができるわけです」
「私も終わりました。 文字が浮かんできましたね」
「うーん、不思議な技術だ。 ファンタジー万歳ってヤツだな」
「完全にオーバーテクノロジーですね」
「一度、確認させて頂きますね。 どれどれ」
名前:リリー・マルレーン
種族:狐人族
年齢:17
性別:女
所属:冒険者ギルド、ハージマリ支部
ランク:F
名前:エリカ・シュタインベルク
種族:普人族
年齢:19
性別:女
所属:冒険者ギルド、ハージマリ支部
ランク:F
「はい、名前、種族、年齢、性別、所属、ランクに間違いないですっていうか、リリーさん17歳だったんですか? どう贔屓目に見ても、12,3歳にしか見えませんね」
「おー 血で名前が分かるなんて凄い! む? 若く見える私って罪な女だわって一応は、花も羨む17歳の乙女だぞ! キャピ」
「科学者もビックリですね。 それと、キャピいうな」
「はい、この証明の魔法を欺くことは出来ませんから、ステータスと併せて、ギルドカードが世界で一番信用できる身分証と言われている訳です」
『17歳の乙女スルーしやがりましたよ、この猫女…… それと、種族隠蔽できちゃったけど……』
『隠蔽できて良かったのですから、気にしないでおきましょう』
「証明の魔法って難しいの?」
「攻撃魔法よりも使える人は少ないですね。 ですから、各ギルドや各国の役所とかから絶えず求人がありますから、仕事に困る事はない魔法ですね」
「特殊な技能を持っていると、それだけで優遇されるということですね」
「そうですね、私とミラちゃんの給料なんて倍も違うんですよー それプラス歩合付きですよ…… ぐすん」
猫耳を伏せて、いじけた振りをするクララ、尻尾も萎れている感じだ。
「こちとら、体張って商売してるんでい! 昨年なんか、一度に8人も押し掛けてきて、ぶっ倒れる寸前だったわよ。 歩合は魔力を使うんだから貰って当然だし、ギルドが証明魔法持ちの私が辞めないように、優遇する必要があるから基本給も多いのよ」
カウンターの奥からミラが説明してきた。 地獄耳には、ちゃんと聞こえていたのである。
「そんな事もあったねー でも、高給取りなんだから、たまにはエールでも奢ってよー」
「はいはい、今晩、一杯奢るわよ。 でも、クララも、私に一杯奢る約束よね?」
「うげ、覚えていやがった」
「証明魔法は魔力消費が多いのですね」
『エリカ、証明魔法なんてゲームには無かったよね?』
『ゲームには必要ないモノでしたから、ありませんでしたね。 私が渡した記憶の中には入ってましたから、魔法一覧をスクロールする感じで検索してみたら見つかるはずですよ?』
『サンクス! あとで、やってみる』
「そうですね、私は魔力が多い方なんですけど、他のギルド支部に居る同僚とかは4,5人が限度って人が多いですね。 私も安全マージンを取って一度に魔力を込めるのは、最高で6人までにしましたから」
「魔石とかに魔力を溜めて置くことは、できないの?」
「一応は、ギルドから支給されていますけど、魔石は値段が高い上に魔力の伝導効率が悪いんですよね。 色々と試しましたけど、込めた魔力の半分しか取り出せない感じですね。 込められる量も少ないですし、私が支給された魔石では証明魔法2人分ですね。 それで50シルバもするみたいですよ」
「ほへー 魔石って、いい商売になるんだな」
「いい商売ですけれども、リリーさんには、まだ無理ですよ? 魔石を持つ魔物は最低でもCランク相当ですから、クエストを受けれませんよ」
「ちなみに、ギルドから支給されて私が持っている、これはBランクの魔物から出た魔石ね」
ミラは机の引き出しから魔石を取り出してみせた。
「アーモンドチョコぐらいの大きさで50シルバもするのか」
「では、この大きさならBBBランク相当ですか?」
エリカは、そう尋ねながら内ポケットからゴルフボールぐらいの魔石を取り出してみせた。
「ぶっ! エ、エリカさん、その魔石は!」
「大きいですね、その大きさならもしかしてAランクかもしれませんね。 やたらめったに人には見せない方がいいですよ。 それ、100ゴルドの価値はあるはずですから。 ちなみに、どこで手に入れましたか?」
ついに、ミラも仕事の手を止めてカウンターを超え、にじり寄り魔石を見つめて尋ねてきた。 物欲センサー搭載型ミラ。
「我が家の家宝みたいだったので、家を出る時に拝借してきました」
「そうきたか」
「そ、それはよろしいのですか?」
冷静沈着だったミラも、流石に落ち着きをなくしたみたいだ。
「書き置きしてきましたから、大丈夫でしょう」
「だ、大丈夫じゃないと思いますよ? はぁ~ 二人とも家名は有るし世間知らずですから、やっぱりお嬢様だったんですね」
溜め息を吐きながら、しみじみと答え合わせを終わらせたクララであった。
「家出してきましたから、もうお嬢様ではありませんよ? 登録も完了しましたし、見習い冒険者です」
「まるで、どっかの半島人を見ているようだ。 息をするようにもごぅふがっ」
「けちょんなよもーまんたい」
「?」
「?? 流石にギルドは関知しませんので、連れ戻されないように気を付けて下さいね。」
「お気遣いありがとうございます。 こうみえても多分、クララさんが思っているよりも強いですから、なんとかなるでしょう」
「は、はぁ」
「いい物を見せてもらいました。 私が見た中で三番目の大きさです」
「やはり、このクラスの魔石は、あまり出回らないのですね?」
「そうですね、精々それの一回り小振りのBBBランク相当の魔石が、月に一度買取りに入れば御の字ですね」
「もっとも、魔石はウチのギルドを通さず売買されている量も多いですから、魔石自体はもう少し取れていますね」
ミラが答えたのに付随してクララが説明した。
「なるほど、商業ギルドや貴族に直接持ち込むのですね」
「ウチを通すと、手数料分どうしても卸値が割高になりますし、魔石確保のクエスト以外で採取した魔石は本人の自由ですから」
「金額が大きくなるから、少しでも高く売りたいのが冒険者で、ギルド卸しより安く買いたいの貴族や商人ってことか」
「そうなりますね、しかし、ギルドを通してない分、トラブルも発生しやすいですけどね。 さて、冒険者登録は完了しましたが分からない事がありましたら、その都度言って頂けましたら説明しますので、安心して下さいね」
「私は持ち場に戻らないっと」
手をひらひらさせながらミラはカウンターの奥に引っ込んで行った。
「はい!」
「早速ですかリリーさん、なんでしょうか?」
「クララ先生、宿を教えて下さい!」
「この建屋の隣がギルド直営の宿で、宿泊料もギルド員割引料金で一人部屋で24ベニーとお手頃料金になってます。 食事は別料金で朝食は5ベニー夕食は値段で色々と頼めますね。 一階が食堂兼酒場ですので、夜遅くまで五月蝿いのが欠点と言えば欠点ですけどね。 他にも数件の宿はありますけど、料金は最低でも50ベニーからでしたね」
「宿にお風呂は付いてますか?」
「お、お風呂って貴族ぐらいしか、入りませんし入れませんよ!? って貴族の家出娘でしたね…… 残念ながら、この町にはお風呂の付いてる宿はありません」
「うーん、流石は中世暗黒時代だ」
「ペストが流行りそうですね」
「意味は分かりませんけど、なんか庶民に対して、失礼な事を言ってませんか?」
「まさかとは思うけど、窓から糞尿を投げ捨てたりする文化じゃないよね?」
「流石にそれは失礼ですよ! そんな汚い事は百年前までです!」
「百年前までやってたんだ……」
「そうみたいですね」
「ちゃんと水浴びは、三日に一回はしていますよ」
「毎日、いや、せめて二日に一回はしようよ。 臭くなるよ?」
「香水が発達したのが分かる気がします」
「むむむ」
「クララが理解している…だと…?」
「むむむくらい何処でも言いますよ」
「もうこうなったら、二日に一回は浴びますよ! 浴びりゃあいいんでしょ浴びりゃあ!」
「えびふりゃあ」
「りゃあしか合ってにゃーがね」
「真面目な話し、風呂がないのには困ったな」
「そうですね、家でも買って増築しますか?」
「エリカさん家を買うって簡単に言いますけど、ボロくても5ゴルドとかしますよ?」
「大丈夫です。 お金も実家から拝借してきましたし、最悪さっきの魔石をギルドに売ればいいのですから」
「はぁ、お金持ちの思考回路は理解不能ですよ。 ゾロゾロと報告が来る前に私は一旦休憩に入りますから、宿でも家でも買って下さい」
「はい、いろいろとありがとうございました」
「クララ、ありがとね! また明日ー」