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SECT.8 たびだちの朝

 どうやら銀髪のヒトは自分を殺さなかったらしい。隣町へ行く途中の森の中、もう使われていない教会に倒れているところをねえちゃんが拾ってきてくれたのだと知った。

 これで、ねえちゃんに拾ってもらったのは二回目だ。


 戻ってきてからずっとねえちゃんの店の奥、いつも上客が寝泊りする部屋で天井といくつか絵画のかかった壁だけを見ながら寝暮らした。

 左腕は相変わらず痛かったし、疲れきった体は動いてくれなかった。

 ねえちゃんは一日何回かご飯を運んでくれて、起き上がれない自分に食べさせてくれた。

 そんな風に看病してもらうのが嬉しかった。

 ねえちゃんが出来る限り傍にいてくれるのが何より幸せだった。


 そして何日か経って、やっとベッドの上に起き上がれるまでに回復した。首の後ろは相変わらず突っ張ったけれど、動けないほどの痛みはもうなかった。

 そうやって体を起こして、ベッドに並べた椅子に座っているねえちゃんにずっと銀髪のヒトの話を繰り返していた。

「それでね、銀髪のヒトの声がね、湖が静かな時に聞こえる音に似てたよ。低くてすごく澄んでた」

「そう。もう一度聞いたら分かるかしら?」

「うん、忘れてないよ!」

 同じ話を何度もしていたと思うが、ねえちゃんは笑って聞いてくれた。

「あのヒトたちにもう一回会いたいんだ」

 これもここ何日かの間ねえちゃんに向かって繰り返したセリフだ。

「本当に? あなた、その二人に殺されかけたんでしょう?」

「んーでも会いたい」

 それは理屈じゃなかった。

 最初に見たときからもうあの銀色のヒトの虜だった。ひどい怪我を負わされても、訳の分からない尋問を受けても、たとえ殺されかけてもそれは揺るがなかった。

 あの吸い込まれそうな群青の瞳に魅せられていた。

「また狙われるわよ?」

「それでも」

 よく分からない信念のようなものが自分を後押ししていた。

 それは、赤いオーラの銀髪のヒトを見て今までにない強烈なフラッシュバックを体験したせいだったのかもしれない。あれを辿っていくと、過去の自分に起きた出来事を思い出しそうな気がした。そして、自分のやるべきことをちゃんと見つけられそうな気がした。

「もしかすると、あの銀色のヒトはおれの過去とつながっているかもしれないんだ」

 すると、ねえちゃんの表情が変わった。何かを決意した顔。少しこわばった表情の裏に見え隠れする感情は哀れみと……微かな絶望だった。

 ねえちゃんの口がゆっくりと動く。

「あなたは、自分の過去を知りたいの?」

 気まぐれ猫の金目が何もかもを統べる王様の黄金の煌きに変わった。黄金の中に強い意志の光が灯っている。

 でも、迷うことなく真直ぐに見つめ返す。

 迷う理由なんてどこにもないのだから。

「知りたい!」

「本当の名前も? どこから来て、どんな人生を歩んでいたのかも?」

「うん、もちろん。それから、家族のことも生まれたところも、どんなものが好きで毎日何をしてたのかも」

「それじゃあ」

 ねえちゃんはそこでいったん言葉を切った。

 躊躇しているみたいに見えた。

「……そのコインの意味も?」

「それが一番知りたい」

 ねえちゃんの瞳の中に灯っている意思の光が一瞬揺らいだ。

「銀髪のヒトがこれを破壊するって言った。ロストコインって呼んだ。いったいこれは何?」

 またねえちゃんは泣きそうな顔になって、王様の瞳はもとの猫に戻った。

「それを知ったら、もう戻れないのよ?」

「いい。おれは、ねえちゃんがここにいてくれればそれでいい」

 本心からそう思った。

 ねえちゃんさえいればいい。そうしたら、他に何がなくとも生きていける気がする。

「ばかね」

 ねえちゃんは顔をくしゃりと崩して自分を抱きしめた。

「大丈夫、あなたは私が守ってあげるわ」

「ねえちゃん?」

 押し当てられたねえちゃんの肩が少しだけ震えていて、きっと自分は初めてねえちゃんが泣くところを見た。

 でもその日ねえちゃんはもう自分のところに来なかった。



 次の日の朝、ねえちゃんに起こされて寝ぼけ眼をこすりながら体を起こした。

 だいぶ調子がいい。今日は何とかベッドから出られそうだ。

「ラック、朝ごはんを食べたら出発するわよ」

「どこに?」

 ねえちゃんの瞳がまた王様の光を灯した。

 ゆっくりと、でもはっきりとねえちゃんは行き先を告げた。

「王都よ」


 昼になる前に、ねえちゃんが服を持ってきてくれた。

 淡いオレンジの短衣に黒のスパッツ、グレーの半袖パーカー。それと、

「ごめんね、左腕の分も洗ってはみたんだけどもう使える状態じゃなかったわ」

 いつもの篭手を、右手の分だけ。

 それと水色のバンダナはやっぱりもうなかった。どこかで落としてしまったらしい。

「ありがとう」

 もうかなり回復した体でベッドの縁に腰掛けてみるけれど、左腕だけはまだ動かない――もしかすると、一生動かないのかもしれない。

 ねえちゃんに着替えを手伝ってもらって、何とか服をまとうことができた。

「あまり無理しないのよ?」

「だいじょうぶ!」

 何日かぶりに地面に足を下ろしてゆっくり体重をかける。

 さすがに一瞬揺らいだが、すぐに体勢を立て直すことが出来た。自分の足でしっかり支えた。

「じゃあ、行くわよ。店の前に馬車を待たせているの」

「わかった」

 一歩ずつ足を踏み出した。

「王都まで馬車で5日ほどよ。長い旅になるわ」

 ねえちゃんは自分の左腕に少し目をやった。

 痛々しいくらいに包帯が巻かれていて、だらりと力なく体の横に下がっている。何針も縫ったのだとあとでねえちゃんが教えてくれた。

「辛くなったらすぐ言うのよ」

「分かった」

 もう傷は痛まなかったし、倦怠感もかなり消えていた。

 外に出ると数日前よりさらに夏に近づいた太陽が迎えてくれた。

「まぶしい!」

「久しぶりの太陽だものね」

 今日は体のラインを押し出さない白いふんわりとしたワンピースを着たねえちゃんがくすくすと笑って自分の右手を引いた。

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