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SECT.6 ふたたびの謎

 どうやら周囲の深い森を抜けてきたらしいそのヒトは、聖職者のような真っ白い服をまとっていた。血の匂いはしなかったが、その端正な顔立ちには見覚えがある。

「あ」

 間抜けな声が出た。

 でも、すぐに気づく。

 別人・・だ。

 髪の長さが違う。あのヒトは耳が隠れていたけど、このヒトは耳が半分くらい出ている――切ったかもしれないけど。

 目の開き具合も違う。あのヒトは鋭くてパッチリしてたけどこのヒトは半開きだ――そんなのいくらでも変えられるけど。

 でも、何より雰囲気が違う。纏っているオーラの色が違う。

「おかしいな、いないや」

 低くてよく通る声も似てる。でも微妙に違う。このヒトのほうがほんの少しだけ穏やかで澄んでいる気がする。

 口調も少し違う。

「『音』を探さないとだね」

 でも、同じだった。何もかも――青を一滴溶かし込んだ銀色の髪も、覗き込むことを許さない深い群青の瞳もあのヒトと一緒だった。

 ただこのヒトは耳が半分くらい出ていて、ピアスの色が青色だった。

 しかしながらそのヒトは自分に全く興味がないみたいだ。

 自分の方を見ている様子はなく、でも少しずつこちらに向かってきた。

 近くで見るとすごくよく似ていたが、やっぱりぜんぜん違う。あのヒトが持つオーラが深紅ならこのヒトは深青だ。穏やかで冷ややかな深い水の色。

 痛いのを我慢して起き上がった。

 その動きにさえ気づいていないのか、一度たりとも視線がこちらに向けられることはない。

 じっと見つめる自分とは裏腹に、そのヒトの瞳にはまるで自分など映っておらず背景の一部であるかのように全く認識の範疇にいないようだ。

 だが、ふいに群青の瞳がこちらを向いた。

「んぁれ?」

 でも、目が合わなかった。どうやら自分が首から提げているコインのペンダントを見ているらしい。

 どうも自分と会話したりする気はないみたいだ。

 と、目の前の銀髪のヒトはひょい、と上から自分の首筋を覗き込んだ。

「ああ、印がついてる」

 その瞬間、初めて眼が合った。

「君、僕に会っただろう(・・・・・・・・)」

 返事する暇もなくいきなりそのヒトに押し倒された。

「っ!」

 声にならない痛みが駆け抜けた。首筋の傷口が開いてしまったようだ。

 両肩を地面に押し付けた上に馬乗りになるような形で見下ろされている。

「僕はあんまり考えるのが得意じゃないんだ。『音』とは違うから。」

 昨日のヒトとは違って、目が半分しか開いていない。一見眠そうにも見えるが、押さえつけている力は本物だった。

 身じろぎ一つ出来ない。

 吸い込まれるようにして群青色の瞳を見つめた。

「『音』はどこに行ったのかな?」

 ああ、この瞳だけは二人とも一緒だ。何も映らない、覗いてみるとあまりに何もなくて恐怖を感じるほどに深い色の瞳。

「左手のこれも『音』がやったんだよね」

 ゆっくりと覆いかぶさるように押さえつけられて、銀色の髪が頬にかかる。顔のすぐ横に息遣いの気配がする。

 低くてよく通る声が耳元で囁くように響いた。

「きれいな切り口だ」

「……ぁっ!」

 銀髪のヒトの右手が左肩からするりと左腕をつたった。ぱりり、と乾いた音がして篭手をはがされた。

 体全体が触れそうなくらいに近い。

 よそから見れば、もしかすると抱き合っているようにも見えるかもしれない。

「でも『音』に切られるようなこと、いったい君は何をしたのかな?」

 ぎりっ

「うあああああ!」

 傷口を抉られて、口から悲鳴がほとばしった。

 脳髄を揺さぶるような痛みに意識が飛びそうになる。

 抵抗する気力は残っていない。

 もう何もかも諦めて全身の力を抜いた。

「何だ、もう終わり?」

 力の抜けた首筋に、銀髪のヒトの左手がかかったのがわかった。

 右手はまだ自分の左腕の傷口にある。

「さよなら、レメゲトン」

 昨日のヒトもそんなことを言っていた。

 でも、そんなことどうでもいい。

 とにかくちゃんと伝えなくちゃ。二人ともお互いを探しあっているんだ。声が出なくなっちゃう前に、早く。

「見た……」

 かろうじて喉の奥から声を絞り出した。

 首筋にかかる手が呼吸を妨げていた。

「おまえと同じ……でも違う顔……」

 伝えなくては。

 昨日のヒトが探していた『光』というのがこのヒトなら。

「昨日の夜……だと思う。ここにいた……おまえを探して」

 切れ切れの呼吸。

 銀髪のヒトは喉元に据えていた手をすっとはずした。

「その前に……落ちてたんだ、路地裏に……朝……」

「どこの路地裏かな?」

「本屋の裏、壁の崩れたところ……」

 ちゃんと話せているだろうか。

 朦朧とした意識の中で青銀の髪が風になびいているのを見た。

 とてもきれい。太陽の光を反射してきらきらと輝いて、まるで水底にいるみたいだ。

「それで、『音』はどこへ行ったのかな?」

「わからない……おれはさっき目が覚めたところ……」

「そうか、ありがとう。さよなら」

 水底のような淡いシルバーブルーの煌きの向こうに、銀色のブレイドが鈍く光った。

 ああ、今度こそもう本当に死ぬかも。

 案外冷静にそう判断した瞬間だった。


「『光』!」

 よく通る低い声。

 銀のブレイドは喉元でぴたりと止まった。

 同時に自分を縛っていた圧力は消えた。

 空が目の前に広がる。まぶしさに思わず一瞬目を閉じてから、ゆっくりともう一度開いた。

 もう、いいのかな。

 さっきのは昨日のヒトの声だ。今日の銀髪のヒトとちゃんと出会えたみたいだ。

 ああよかった。

 体がピクリとも動かない。痛みは臨界点を越えた後、嘘のように引いていった。まるでふわふわと体が浮いているようだ。

 誰なのか、何でここにいるのかも知らない二人だけど、とてもきれいなヒトたちだった。

 何で自分が攻撃されて殺されそうになったのかもよくわからないけど、まあそれはどっちでもいいや。

 自分も早くねえちゃんに会いたい……

「『光』、レメゲトンを!」

「分かってる」

 あーやっぱりだめか。

 ここで死んじゃうみたい。

 ねえちゃんにもう一回会いたかったなあ・・・

 何もかも諦めて目を閉じた。

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登場人物紹介ページ・悪魔図鑑もあります。
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